記録11:無垢故子供か、子供故無垢か。
私達が初めてあったのは、私が十一歳、恭明が六歳の時だった。隣の家に越してきた私に、まず真っ先に話しかけてくれたのが彼だった。
まだ年相応に赤ん坊を卒業したての子供という感じではなく、もう随分大人びていた。話せば話すほど、彼が子どもの皮を被った大人かのように見えた。
それが私の好奇心に火を着けて、どうして彼がそこまで知的に、大人っぽくなっているのかを探るきっかけになった。
原因はどうやら彼の父親にあるようだと思ったとき、私は彼の父のもとに出向いて、何度も話を聞いた。
だが、特に何の変哲もない父親で、得られたものはなかった。
ただ、私の思い違いもあったのだろう。恭明は段々と年相応の話し方をするようになっていった。
そして、いつしか私達は友人のようになり、ずっと一緒に居ることが多くなった。
そんなある日だった。私が高二、彼が中一の時だった。私の家族と彼の家族、両方とも数日間家を空ける期間があったのだ。私はその間彼の家に入り浸り、一緒に遊んだりした。
けっしてエッチな展開になどはならなかったが、少なくとも、当時の私が彼に小さじ一杯程度の恋心をいだいていたのは確かだ。顔も良く、スタイルもよい。おまけに文武両道。最強じゃない?
しかし、彼は全く私に興味を示さず、かと言って避けている訳でもないような関係を望んだ。決して私も悪くないスペックをしている方だとは思っている。それなりの見た目もあるし、スタイルは...この際どうでもいい。勉強も運動も人に自慢できる程度にはできる。
変に接近すると文句を言われるし、結構離れれば向こうから近寄ってくる。
そして、それは二人でゲームをしているときに起こった。
ピンポーン
ドアのチャイムが鳴った。ゲームの音にぎりぎりかき消されないような音だったので、何とか二人共気づくことができた。
ゲームを一旦止めて、恭明がドアの方に向かった。どうやら配達員らしく、何やら荷物を受け取って帰ってきた。
私が荷物の中身を聞いても一向に教えてもらえず、ゲームを続行した。
彼がトイレに行っている間に、段ボールの宛名が恭明であることを確認し、中身を見てみた。
中には世界地図と、チェスで使うような駒がいくつか入っていた。
「何やってるんだ?」
私は急いで取り繕ったが、全然駄目で、結局彼に怒られてしまった。そして、別に恥ずかしいものを買ったわけでもないのにどうしてそこまで隠すようなことがあるのかと彼に聞いてみると、彼はその地図と駒の使い方を教えてくれた。
「これは、戦争用の局所地図と、どういう師団編成かを示す駒なんだ。僕は昔から父さんにこれを教わっていて、まあ、半分趣味なんだ。どう?この際だからやってみる?場所は朝鮮半島の平壌近郊だね」
私が戦争というものに触れたのは、それが初めてだった。
圧倒的に少ない兵力で平壌を制圧する想定で、最初は私が防衛側に回っていて、楽勝だろうと思っていると、間を突かれて一瞬で陥落させられた。これを何度も繰り返すうちに次第に守り方が分かっていった。
そしてある程度慣れてからは私が攻める側をやった。
しかし、これが防衛側よりもすこぶる難しい。補給線に装備の問題、兵士の士気に、地形理解度によるデバフ...などなど。普通のシュミレーションゲームでは絶対にありえないような実戦的な遊びだった。
暫く遊んでいると、私も上達してきて、ついには彼に時々勝てるくらいには強くなった。
もしかすれば私も戦争で指揮官として活躍できるかもしれないと思い、彼にその事を伝えた時、彼は私の見落としていたことを言った。
「これには、作戦立案者、つまり参謀長が一人しか居ないだろ?実際はもっとぐちゃぐちゃしてるから、他の指揮官が全滅するとかじゃないと、これは活かせないよ」
私が肩を落としていると、恭明は笑いながら言った。
「まあ、戦争なんて、早々おきないさ」
私も頷いて、二人でもう一度ゲームに戻った。
◆
私が大学に行ってしばらくすると、銀行強盗犯全滅事件と、警察官襲撃事件と共に、彼が失踪した。彼の親は、彼が怒るはずがないと言っていた戦争で亡くなっていたので、いつの間にか彼の家も取り壊されていた。大学で暇を見つけては彼の手がかりがないかを探したが、一切見つからず、もう彼は生きてはいないのだと、心の何処かで思い始めていた。
そして数年後、大学を卒業し、幹部候補生学校も卒業し、指揮官不足を理由に早速戦争に派遣された。場所は朝鮮半島で、私は一個小隊の指揮をとった。ここで小隊の指揮官が私一人だけなことを理由に、私は規律を乱さない程度に、好き勝手作戦を立てては実行し、その全てを成功させた。
敵が思った通りに動くような感触で、段々心地よくなってきた。
しかし、時々味方との軋轢もあった。
投降してきた兵士を捕虜として後方に輸送するか、その場で即刻処刑して進軍するかで、軍曹と喧嘩になった。結局上官命令で兵士を処刑させようとしたが、軍曹が貴女がやればいいと言ってきたので、私が全員殺した。
特に何も感情はわかず、それ以来、軍曹は私の言葉に従うようになった。
そして、ある日、好機が訪れた。指揮所がミサイルの飽和攻撃で全滅してしまったのだ。私は即座に指揮所から本土に連絡を入れたが、あいにく、EMPか何かで通信が阻害されていたため、ほとんど瀕死の大佐を使ってほとんど私が独断で司令を出した。適当に大佐命令だと言っておけば黙るような人達だったので、幸いそこは上手く行った。
そして、戦争終結後、新首都となった日乃本に、第一戦闘群長の肩書を貰って凱旋した時、探偵事務所の窓から、恭明が見ているに気づき、パレード終了直後に彼の事務所に走り込んだ。
彼も私を見て驚いて、何をしているんだと聞いた。私も驚いたが、一番驚いたのは、彼の住む探偵事務所と、私の住むアパートが隣だということだ。
まあ、私の勤務時間のせいで、ろくに彼に会いに行けていないから全然話す機会もないのだけれど...
そんな事を思っていると、私のもとに一報が来た。
恭明が重傷を負って瀕死の状態だという。
仕事をすべて終わらせてから、急いで彼のいる病院まで見舞いに行ったが、そこには中峰少佐がいて、私は自分の焦りをさとられないように、落ち着いて振る舞った。
彼が女の子になって戻ってきたときも、正直腰を抜かしそうになったものだが、それでも冷静を装った。
◆
「で、これが私達ってことだね」
私が明日香にそう言って微笑みかけた。
よくそこまで覚えているなと言われ少々引かれた。しかし、彼も彼で大概、詳しいところまで話していたのだ。私の一挙手一投足すべてを見られていたようで、少し怖かった。
お互いそんな事を言い合って笑っていると、ついに日乃本の近衛隊本部に到着した。
トラックの荷台から降りると、そこには皇居前のような大きな門があり、門が開かれれば、更に大きな屋敷が見えた。屋敷までは石畳が敷かれ、脇には真っ白な砂利と品種改良されて、年中ずっと咲いている桜があった。
静かに奥まで歩いていき、玄関の戸を開けて靴を脱いで中に入った。
次回『国家に忠誠を』
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