記録10:サイボーグ②

歴史(フィクション)解説 大冷戦


第三次世界大戦後、ロシア、中国、アメリカの三カ国で冷戦を行うと見られていたが、そこに政府を打倒し、絶対的な忠誠心と人命も厭わない産業の開発推進により大国に再び成り上がった日本(三カ国の権威の低下という理由もある)と、(米国の支援した)イスラエルにより破壊された中東から脱出した、イスラム教シーア派のテロ組織団がアフリカに拠点を置き、戦時中だったので誰も手を出すこともできず、重要鉱産資源地帯を制圧して大国と取引をするという形を取ったため、一刻以上の力を持って強大化したイスラム組織『アル・ハラーソ』の参入により、実質的に米、露、中、日、或の五カ国冷戦のような体制になり、未だ現在も続いている。


ちなみに、勢力圏としては東南アジアと、EUとの関係性を争うため、特に大規模な戦闘には発達していない。しかし、サイボーグ同士の散発的な戦闘は発生しているため、被害はかなり大きい。



「じゃあ、Mr.山原...じゃなかったな。Ms.山雁、あんたがこうなった経緯を頼む」


病室にはいるなり、急に男が説明を求めてきた。

僕はその男の名前すら知らなかったが、とりあえず、未登録軍事基地であったことを話した。途中で中峰が止めなかったので、多分仲間だということは分かるのだが、さっき聞いた話からして、純粋な人間じゃなくて、確実にサイボーグだ。それもほぼ全身を改造してる。


よく死ななかったなと思っていると、話し終わった僕が黙っていることに気まずくなったのか、男は急に自己紹介を始めた。


「俺はハインリヒ・アレクサンダーだ。ヨーロッパ防衛軍(EV)のサイボーグ分隊の隊長だ。今は訳あってニッポンに派遣されてるんだが、まあ、長くなりそうだから、よろしく」

「私は―――」

「別に女言葉を使わなくたって良いんだぜ。誰もお前を女と認識してねえだろ?」


アレクサンダーの言った言葉に少し違和感を覚えた。が、そういえばドイツ語には女性名詞と男性名詞があるから、そのへんはまだ色々あるのだと気づいた。僕は何か言い訳になるような言葉を探して言った。


「この体の持ち主に悪いからね。私は女として生きてるんだ」

「そうか。ま、ニッポンだもんな。色々あるんだな」


僕の思っているのと、ちょっと違う感じで納得されてしまったが、妥協した。屋上の少女やアレクサンダーと話したおかげか、ある程度落ち着いた私は、中峰にハルのことを聞いた。


「彼については現在、大久保長官が血眼になって行方を追っているわ。自分が見込んだ隊員を傷つけられて心底頭にきているみたいね。でも、こんなときにこそ、山雁...さん。貴女が彼を宥めに行ってあげるべきよ。貴女をそんな見た目にした私が命令するのもおこがましいけれど、これは命令です。大至急、行ってあげて下さい。退院許可はもう貰っていますし、着替えは移動中のトラックで行って下さい」


彼女の命令には素直に頷くことができず、僕は黙って部屋を出てしまった。

一応任務だから、やるにはやる。だが、暫くは彼女との溝は埋まりそうにない。


「おや、もう任務を貰ったのですね。山雁さん」

「...っ!桜姉さ...じゃない。天菊群長殿、お久しぶりですね」


病室を出たすぐそこに天菊が居た。実は、幼馴染ということもあってか、今でも少し僕を気にかけてくれている内の一人だ。昔は結構一緒に遊んでもらったが、彼女が防衛大学校に行ってからは、会うことも少なくなり、自然と疎遠になっていたが、僕が近衛隊にはいると、何故か若くして戦闘群長の肩書を保持していた。


中峰さんに彼女の戦績を聞いたが、もし負けていたら軍法裁判で即刻死刑が言い渡されるようなやらかし具合で、それにはかなり驚いたものだ。


彼女は僕のとなりで歩き、一緒に病院を出た。病院の駐車場にはひときわ頑丈そうなトラックが止まっていて、運転手が天菊を見るなり急いで降りてきて挨拶をした。

彼女らが話している間に僕は荷台に乗り込んで、ササッと着替えた。初めて身につける女性用の物品には少々手を焼かされたが、途中参入してきた天菊の協力によって、なんとか着替えることができた。


服は近衛隊幹部、それも佐官級の服を着させてもらって、少しばかり重かった。

荷台には他にシートベルトと座席がいくつか設置されていて、私と天菊は隣同士に座った。それからすぐにトラックは出発し、私達を近衛隊本部まで輸送してくれた。



彼が居なくなった病室のベッドに腰掛けて、俺は中峰に聞いた。


「なあ、アンタ、山雁(アイツ)となんかあったみたいだが、そんなに深く落ち込むなよ。思い詰め過ぎは良くないからな」

「分かってるわ。でも、それでも。私は私のしたことが正しいかが、分からないの」


そういう彼女に、俺はニヤッと笑って言った。


「そんなの、歴史が証明するだろ?」

「どういう事?」


俺の言葉に眉をひそめる彼女に、俺はさらに言った。


「感じないか?アイツからは、将来ビッグになるオーラが溢れてんだ。そんな奴をみすみす殺さなかったお前は、なんだ...ヨーロッパで言ったらナチ野郎のアレだが、ニッポンでいう所の、なんだ...清盛の親族か何かが、源の何とかを逃がしたみたいな感じだ。そいつが勝てばお前が正しくなるし、もしもアイツが死ねばお前が間違ってることになる」

「結局何が言いたいの?」

「はぁ、ここまで言ったら分かってくれよ。善悪なんて存在しない。全部歴史が証明するんだ。お前が今思ってるのはお前のエゴ!それで周りに迷惑かけんなってことだ。いいか?」


彼女は俯いて、くすっと笑った。俺も鼻で笑ってベッドから見える外の景色を眺めた。


「...ニッポンも、人の国だな」


俺の独り言は年明け前の冷たい外の空気に流されていった。



「はい。それじゃあ今からは敬語抜きで話そう」


手をぱちんと叩いて、急に天菊が言った。彼女は僕の方を向いて少し微笑んでから、口を開いた。


「恭明...じゃないね。今は、明日香だっけ?」


僕が頷くと、彼女はウキウキしながら聞いてきた。


「女の子の体って、どう?」

「どうって聞かれても、まだなったばかりだからよく分からないわ」


彼女は僕が話している途中もずっと微笑んでいて、僕が話し終わると同時に、彼女は次の質問を投げかけてきた。


「どうして、近衛隊なんかに?明日香なら、もっと別の職場もあっただろうに」

「まあ、縁ね。運命に流されてここに来たってことだよ」

「...」


急に天菊が押し黙ったかと思うと、直ぐに口を開いて言った。


「どうして、女の子っぽく喋るの?」

「この体の持ち主に悪いからっていうのが一番の理由だね。それに、この体で生活するんだったら、女言葉のほうが普通でしょ?」

「まあ、確かに...それで、どんな人だったの?その体の持ち主」


僕はムルのことを思い出して色々考えた。優しくもない、可愛げも対してなかったな。それと言って優美な感じでもない。だが、どうしてか引き込まれる。どう表せばいいか悩み、最終的に出た答えを僕は口から吐き出した。


「とんでも無い人だったね。私が乗っ取らなかったら、多分ビッグになってたと思う」

「なら、貴女と一緒ね」

「へ?どういう事?」


僕の問いかけをフフッと笑って流した後、彼女は思いついたように言った。


「久しぶりに、昔のことについて話さない?私達が何も知らない、無垢な子供の頃のお話。時々こう言うので抜いてないと、やっていけないんだよ。ね、明日香。良いでしょ?」

「まあ、いい...けど」


僕は、ニッコリと笑う彼女と昔のことについて話し始めた。

まずは、僕達の馴れ初めから、そして別れるまで。十年程度のことだったが、僕にはありえないくらい短く感じられたのだった。それは、多分彼女にとっても同じだっただろう。



国賓身分証

名前:ハインリッヒ・アレクサンダー

身長・体重:185/90

年齢:25

職業:EV(Europäische Verteidigungskräfte)※電気自動車ではありませんよ。

経歴:テレジア陸軍士官学校卒後、ジュネーブ国連ビル占拠事件により重傷を負った。全身をサイボーグ化して生きている化け物。パワーで言えばM134(俗に言うミニガン(100kg))を片手持ちで連射できるくらい。


お読み頂きありがとう御座いました。早いものでもう十話ですね、次回もこうご期待!

次回は過去編。


次回『無垢故子供か、子供故無垢か。』

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