記録13:探偵とカフェとサーボーグ

暖房の効いた事務所の中、僕と依頼人は向かい合って座っていた。

依頼者は男性。四、五十代の中年のおじさんで、僕が山原だということには気づいておらず、僕を助手だと思っているようだ。

彼は僕の前の机に一つの封筒を出してきて言った。


「これが依頼料だ。十五万ある」

「依頼内容を言われないと、私でも対応できませんよ」

「なら、探偵を呼んでくれ。近衛隊の助手なんて当てにならん」


吐き捨てるように彼は言った。確かに、この人は常連だったな。色んな人にお金をだまし取られてたっけ。しかも毎回巧妙な手口だから、警察も当てにならない。いっつも僕が取り返してたはずだ。

まあ、しかも内容も内容だしな。パブとかキャバとか風俗とか、女の人には話せないような内容だ。

...早く破産しないのかなこのおっさん。


「そうですか。ちなみに、恭明さんが帰ってくるのは数年後ですよ。それまでに強面のお兄さんからお金を取り返せると良いですけどね」

「なんでその事を知ってるんだ!?」


本人だから、と言いたかったが、一応言ってはいけない決まりになっているので、ファイルを勝手に覗いたとだけ言うと、彼はすべて諦めたようで、ため息をついて言った。


「はぁ...そうだ。あんなとこに行く俺が悪いんだがなぁ...」

「まぁまぁ、私達が取り返してきますから。で、今回はどこのお店ですか?」


男の情報によると、場所は名古屋のとあるキャバクラ。入店料とお通し料として十万円異常ぼったくられたらしい。さらに飲み物を強制され、会計二十万円超え。講義したら怖いお兄さんにしばかれたそうな。

まあ、自業自得だが、一応依頼は依頼だし、ヤクザに金が流れるのは近衛隊としても感化できないだろう。


「では、近いうちに行きますので、今日はもうお帰り下さい」

「あ、ああ。分かった」


おじさんはそう言って帰っていった。彼が出ていくのを窓から見送り、そして見えなくなった瞬間、アレックスが嫌そうな顔をして言った。


「あのクソ野郎、アッシュを見て鼻の下を伸ばしてやがったな」

「え?そうなの?」

「お前は気づいてないだろうが、これから、いつ追いかけ回されてもおかしくない。俺が秘密裏に殺しておこうか?」

「いや、大丈夫だよ。暫く居候するんなら、私の護衛ぐらいできるでしょ?」


僕がそう言うと、彼はため息をついて、できるとだけ言った。


私は近衛隊の服を見た。


やっぱ、探偵には似合わないよな...


僕は一旦近衛隊の服を脱いで、シャツとズボンだけになった。

それから、この前ムルと一緒に買った服を漁った。幸い、下着系は中峰が用意してくれていたので、外の服だけを変えるだけで済んだ。

彼女の買った服を見ていると、アレクサンダーが横から顔を出してきて、いくつか服を掴んで僕に渡した。


ミニスカートとタイツ、それからベストだ。半分アレックスの趣味だろうが、女性の趣味嗜好など知ったことではないので、とりあえず彼に渡された服を着てみた。

足元が随分冷えるが、それはまあ、動きやすいということで割り切った。


しかし、下半身の寒さはどうにかなるが、上半身が寒い。殺し屋だから、無駄な肉などついてない。本当に殺しのための体だ。それだから少しばかり元の体よりも動きやすい。

僕はなにか着れる上着がないか探した。ロッカーを開けてみると、僕のコートがハンガーで吊るされていた。僕は一瞬その服を着るか迷ったが、探偵をするならば、絶対に必要だと思い、コートを身に着けた。


「おっ、随分様になってるな。アッシュ」


外で待機していたアレックスが僕に言って姿見を持ってきてくれた。


「おぉ...」


ムルとアレックスのお陰で結構可愛い。すごい、これならムルだとも分からないだろう。

僕が暫く鏡の前で立っていると、アレックスが僕に言った。


「すまんが、少し腹がっ減たな。アッシュ、この辺で食べに行ける場所はないのか?」


アレックスの提案に乗って、僕達は近場にあるカフェに行った。



「いらっしゃいま...せ...なんで来たの?」


カフェに入ると、そこには中峰がいた。彼女の業務は諜報部の幹部で、近衛隊ビルにいるはずだ。

しかし、ここに居るということは、きっと天菊のせいだろう。

僕がどうしたのかを聞くと、彼女は少し悲しそうな顔をして言った。


「実は...ちょっと頭を冷やす時間を貰ったの。別に左遷されたわけじゃないから、気にしないで。ま、まあ、今は店員だから、上下関係はなしね。さ、席に座って!」


彼女に押し込まれてテーブル席に座った。メニュー表を開いて、とりあえず私はパフェとコーヒーを、アレックスはオムライスとコーヒーを頼んだ。


そして注文を一旦終えると、アレックスが僕に聞いてきた。


「なあ、さっきからこっちを見てるあのガキは何だ?知り合いか?」

「私に知り合いなんて...あ!」


僕が振り返った先には病院の屋上で出会った少女、境時 杏子がいた。

僕は彼女に手招きをすると、伝票と料理とパソコンを持ってきて、僕の隣に座った。そして、小さくため息をついて言った。


「お姉さん、カレシいたんだ」


相変わらずのジト目は、どこか悲しさと嫉妬心をむき出しにしていた。僕が急いでこいつは彼氏じゃないよと言うと、彼女はそっか、とだけ言って、パソコンを開いた。


「何調べてるの?」


僕がそう言って彼女のパソコンの画面を覗き込むと、そこには大量のアルファベットと、CIAの文字、それから摩訶不思議な数列が連ねられていた。

詳しいことはよくわからないが、どうやら、CIAと結構激しい情報線を繰り広げているようだ。

彼女はそんな現場を見られても特に動じず、そのままキーボードを叩き続けていた。


「見られて大丈夫なの?」


我慢できずに僕がそう聞くと、彼女は悪びれる様子もなく、こう呟いた。


「趣味だからね。結構楽しいよ。お姉さんもやってみる?」

「いや、結構」


僕が即答すると、彼女は少し悲しそうな顔をして手を止めた。そして、もう一度作業を始め、数秒してから、パソコンを閉じた。


「何したの?」


僕が聞くと、彼女は一言呟いた。


「撤退」


そして、残っていた料理をすぐに平らげて、レジに立っている中峰で会計を済ませて出ていってしまった。


「アッシュ、あのガキは誰なんだよ」

「うーん...私にもよく分からないね。病院でちょっと喋ったくらいだからさ」

「そうか。でも、怪しいやつにはあんまり近づきすぎるなよ」

「はいはい」


そうこうしている内に、料理が運ばれてきた。

僕のパフェには紙が挟まっていて、開いてみると、そこにはまた暗号が書かれていた。僕はため息をついてパフェをこれまでにないスピードで平らげた。

アレックスは僕よりも早く食べ終わっていて、二人共さん分もかからず食べきってしまった。


まだ熱いコーヒーを一気に飲み干し、二人共少しむせてから会計を済ませた。

急いで外に出て、指定された場所まで向かった。


「どうやらおんなじ場所を指定されたんだな。多分物品だが、何だと思う?」


向かう途中、アレックスが言った。僕はしばし考えた後、答えた。


「多分、武器じゃない?アレックスも、私も、武器がないし。しかも、私なんて武器が部屋からなくなってたからね。近衛隊じゃ、皆何かしらの武器を持ってるんだよ」

「そうか。なら、楽しみだな。俺の要求が届いてたら良いが」


意味深なことを言ったアレックスは鼻で笑い、僕の前を歩いた。

年明けの昼間なので、人も疎らで、店もまだ開いている所は少ない。僕は足の寒さに悶絶しながら足早に歩いた。



「ここか...」


指定されたのは小さなコンビニ。しかも大手チェーン店だ。なんでこんな所に武器を置いてるんだと思ったが、まあ、店長に暗号を伝えれば分かる話だ。


僕達は店内に入って、レジにいた若い青年に、近衛隊の隊員手帳を見せて、店長を呼んでくれと言った。彼は急いで店長を呼んできて、店長は僕達を見るなり、すぐに店の裏に通してくれた。

彼はタバコを一本取り出し、僕達に勧めてきた。

二人共断ると、彼はそのタバコを咥え、火を着けて言った。


「何の用だ?」


僕は、暗号を伝えた。


「ブルーライトカットのゴーグルが欲しいのですが、あります?」


彼は、鼻で笑って倉庫の扉を開け、僕には一本の杖と取扱説明書、アレックスには大きな箱を渡した。アレックスの箱は重いそうで、店長は持ち上げられず、結局アレックスが片手で持ち上げた。

店長は呆けた顔でアレックスを見つめ、僕はその顔を見て、鼻で笑った。


「じゃ、帰りますね」


僕は杖を突きながら、アレックスは背中に箱を抱えたまま事務所まで帰った。



(ちなみにアレックスの渡された箱は五十キログラムだった。)


お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!


次回『ショータイム再び』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る