記録8:ショータイム
歴史(フィクション)解説:平壌攻防戦
西暦二〇四七年、第三次世界大戦後期、朝鮮半島西部の重要拠点である平壌を日本・韓国・一部のインド軍による連合軍で制圧することを目標にした作戦である。当初の計画では無差別爆撃に寄る敵軍の壊滅を狙っていたが、韓国軍の大反対により、地道に攻める作戦に切り替わった。
戦闘が始まるとすぐに中国・北朝鮮軍は防衛戦を設置し、地雷原を敷いた。短い補給線を生かした中国軍の激しい物量攻撃に一時撤退を余儀なくされたが、日本軍による万歳突撃が敢行され、多数の死者こそ出たものの、戦線を押し戻すことができた。地雷原手前で拠点を建築し、作戦を立案していた所、地下の下水道に設置されていた大型爆弾により指揮所が壊滅。
しかし天菊 桜による独断作戦立案により一大反攻作戦が決行された。これが平壌の反抗である。
ここで、窮地に陥った連合軍を叩く予定だった中国軍は予想外の攻撃に怯み、撤退を開始した。
核ミサイルを打とうとした北朝鮮軍は、米軍のCIA率いる特殊部隊に制圧され、ミサイル発射は食い止められたのであった。
そして一ヶ月後、ついに平壌が制圧され、攻防戦は幕を閉じたのであった。
❖
電気がついた。
さっきのEMP攻撃は無意味だったのか?そんな考えが頭をよぎり、僕の銃を握る手に力が入った。死体はそのまま置いていき、負傷者はあとから来るということだ。
僕達が走っていると、一瞬停電し、すぐに復旧した。
僕達が向かっていた出口までの道に、一人の女性が立っていた。
以上に口角を持ち上げて、こういった。
「ショータイム、ですね」
「全員、どこでも良い!走れ!」
僕が声をかけながら走った。しかし、もう遅く部隊の大半は一瞬にして壊滅しまった。
何も見えなかった。それなのに壊滅した。全員胴体と足が真っ二つになって床に転がっている。
数秒してから、残っていた隊員が錯乱状態で逃げ回った。
僕は女の方を見ると、彼女の脚部はスライム状になっていて、そのスライム状の肉体から、ムチのようにうなり、人間の体を弾き飛ばしているのだ。
僕は立ち尽くしてしまったが、ムルが僕の手を引いて、急いで引き返した。今は更に最深部に向かって、別の出口を探す他無い。
僕が彼女に向かって発砲を続けながら交代していると、一瞬スライムが揺れ動くのが見えて、すぐに地面に顔をつけるくらい伏せた。
僕のちょうど真上を何かが超スピードで通り過ぎて壁に叩きつけられた。
壁には戦車砲で破壊されたかのような穴ができていて、ゾッとした。
銃を持ったまま、僕はムルと一緒に走り出した。恐らく他の隊員は全滅しただろうと思いながらも、後ろは振り返らなかった。
何故か女は追ってこなかった。しかし、ここで歩みを止めるわけにもいかず、僕達はただただ二人で敗走するしか無いのであった。
先ほど戦闘のあった部屋から更に地下に潜り、暫く階段を下っていると、上り階段が目に入った。
これで脱出できると思ったその時、アナウンスが流れた。
「じゃあ、今から追いかけますね〜。ショータイムですね〜」
優しい声には狂気が込められていた。
僕達は半ば慌てながら階段を登っていった。後ろから何かが猛スピードで接近している。
ふと、ムルが後ろを見てしまった。その瞬間にムルの前に赤いスライムが飛んでいた。
僕がとっさに手を前に出してスライムを弾き飛ばした。
僕の腕が宙に舞った。
痛いと思う間もなく、僕はそのまま階段を登った。
ムルが何かを言っていたが、何も聞こえない。
痛い、怖い、苦しい。色んな思いが僕の頭の中を錯綜する。
一気に出血したせいで意識が朦朧とし始めた。ムルが僕の手を引きながら外に向かっていた。
前を見ると、外の景色が見え始めていた。扉は破壊されていたので、中峰の計算だろう。僕はだんだん重くなり始める足を一歩一歩と外の景色に向かって踏み出していた、その時だった。
僕の足が吹き飛び、腹部に大穴が空いた。幸い貫通したスライムを軍用ナイフで切って体内に残すことができたので、大量出血で即死することはなかった。
しかし、胃が破れていたようで一気に大量の血液を吐き出して倒れ込んだ。ムルが必死に呼びかけてくれているが、もう動かない。その時、ムルも一緒に倒れた。
その時だけは、意識がはっきりした。
女の方向から、ハルが歩いてきた。
声にもならない声でハルの名を呼んだ。
信じたくなかった。
裏切られた?
それも、長年の友人だと思ってたやつに?
ははは、もう...
「クソが...」
僕は最後の力を振り絞ってハルの頭に向かって拳銃弾を何発も打ち込んだ。しかし当たったのは一発のみで、致命傷にすら至らないかすり傷だった。
ハルは何も言わず僕とムルを見下して、そのまま女と一緒に基地深くに潜っていってしまった。
残った左足で這いずり回り、ついに外に出ることができた。僕はもう半分死んでいる。惰性で生きている感触だ。ぶつぶつと自分を励ます言葉を吐き続け、数センチずつ、ムルを引きずりながら草の上で彼女と仰向けになって寝っ転がった。
ムルはまだ息がある。僕も彼女も、全くしぶといものだ。潔くは死なない。
彼女の目にはもう光が宿っておらず、呼吸も止まりかけだ。僕のように傷口を無理に塞ぐことができなかったのだろう。
そして彼女は、肺を撃たれていたようで、口からダラダラ血を垂らしながら、か細い声で言った。
「ムル...ね?ホントの名前...ムニカル・アスカって...言うの...まだ、ハルにも...言ってない...だから、恭明が...初めて...へへ...どう?嬉しい?」
「ああ...そうだな。嬉しいとも...でも、もうちょっと...早く聞きたかったな」
僕の言葉が届いていたのか分からないがムルはこう言った。
「ムル...恭明のことが...好きだった...結婚して...幸せになりたかった...」
「そんな水臭いこと...言うなよ...あの世で―――」
「違うよ...」
「?」
「地獄で...ね?」
「はは、そうだな」
僕はため息と血を吐き出した。痛みと視界がなくなってゆく。体の末端の感覚が薄れ、すぐそこまで迫っている死に恐怖した。まだ、死にたくない。そう思った時、ムルが言った。
「ねえ、恭明。どこに居るの?見えないよ...私を...探し...てよ。あの時...みたい...に」
僕は彼女の手をできる限り強く握った。彼女の口角が上がり、最後に言った。
「そこに...いたんだね...」
ムルの手から魂が抜けた。僕は泣くこともできずにまだ生にしがみついていた。空を見上げても、もう何も見えない。意識がほどける寸前、ヘリコプターと人の声が聞こえた。
誰の声かも分からなかったが、もう良いやという気持ちになり、すべてを虚空に委ね、僕の意識は遠のいた。
◆
手術室のランプは、もう丸二日間灯ったままだ。私は山原とムルが生還することを願って、手を合わせていた。二人共、どうしようもない傷だった。山原は何故あの瞬間まで心臓が動いていたのかわからない怪我で、ムルは心臓が止まっていたのだ。病院搬送中に山原の鼓動が停止したことは明白だ。
それでも、最後に『あの方法』なら何とか復活させることができるかもしれないという望みに賭けて、私の貯金から莫大な資金を投入して手術をしてもらっている。これで復活すれば、世界では公式に三番目の成功症例だ。
私が椅子に座ってウトウトしていると、廊下の向こう側から、近衛隊第一戦闘群長の天菊(アマギク) 桜(サクラ)がやって来て、私の隣りに座った。
「おや、これは中峰少佐。ひどい顔をしていますね。私が変わりましょうか?」
「...桜戦闘群長殿。それは、もちろん眠れませんよ」
「その戦闘群長殿という言い方、同級生に言われるのは不思議な言い方ですね。まあ、それは置いておいて、中峰少佐は、一旦寝ようとはしたらどうです?貴方は国家の重要な歯車です。それも、換えの効かない特注品ですから」
まるで人をモノのように扱うこの女性は、第三次世界大戦で激戦区だった平壌攻防戦を指揮して、大勝利を収めた人物だ。当時まだ陸上自衛隊二尉だった彼女が、ミサイルが着弾し、壊滅した指揮所を勝手に作り直し、自分があたかも本部から司令を受けた伝令兵のように振る舞い、全権を実質的に握った。
現地の地理を完全に把握していた彼女は烈火の如く猛進し、あっという間に平壌全土を制圧するに至ったのだ。全く、同じ学年だったとは思えない。
私は、桜の提案に乗り一旦仮眠を取ることにした。仮眠室に向かい、ベッドに倒れ込むと同時に彼らのことを考える間もなく眠りについてしまった。
❖
国民身分証
名前:天菊 桜
身長・体重:166cm・55kg
職業:国家近衛隊第一戦闘群群長
経歴:防衛大卒後、平壌攻防戦に配属。指揮権を奪取し、ほとんど単独判断で同地の制圧に貢献。近衛隊ではその成果を見込まれて日本軍から引き抜かれた。(性格は日本版ハイドリヒ。つまりヤヴァい女)
昇進一名:中峰 准佐→少佐 理由:未登録軍事基地の調査により内情の把握に成功した。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『サイボーグ』
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