記録5:アリの巣

「じゃあ、今回の任務について話すね。まあ、ムルちゃんは寝たままでいいよね。じゃ、聞いておくんだよ」

「はい」


中峰は僕の前に大台ヶ原周辺の航空写真を何枚か見せた。


「今回のミッションは大台ヶ原周辺にある、未登録の軍事基地の調査及び制圧ね。今回は近衛隊だけじゃなくて軍や警察も一緒に行動してくれるから、戦力については心配しなくていいと思うわ。それで、どんなふうに入っていくのかだけど、私達諜報部がまず輸送機で大台ヶ原山頂に下ろすの。あそこは少し開けているから、多分大丈夫だと思う」

「敵の地上部隊は?」

「残念ながら一部隊も確認できてないの。あくまでも向こう側は防衛に徹するみたいね」

「そうですか。なら、装備は?」


中身値は別の資料を僕の前に出してきた。資料には次のように書かれていた。


【戦闘装備一覧】


今回の任務において、以下の装備の無償使用を近衛隊大将から許可する。


・ACU及びセラミックプレート

・P90及びVP9

・ファイティングナイフ


「随分と休止期の武器ですね。P90なんてもう骨董品じゃないですか?」

「日本は今中国とロシアを同時に相手しなければならないかもしれない立ち位置だからね、値段の高い主要装備なんてこっちには割けないの。それに、この時代くらいから、もうそんなに銃の性能自体は変わってないでしょ。ICチップも後付するから、使いやすさは申し分ないはずよ」

「...分かりました。少し心もとないですが。それで、我々二人の他にどれくらいの人数が?」


中峰は、更に別の紙束を僕の前に出してきた。人間の名前が五十個ほど書いてある。僕はそうですかと言って、任務の正確な日時を聞くことにした。


「今回の任務では、ほぼ確実に銃撃戦に発展すると考えていいでしょう。だから、敵の警戒の緩いであろう夜中に攻め入る。敵がサーチライト等の可視光線で索敵しないことは分かっているから多分赤外線カメラね。それはEMP爆弾で停止させるから、その隙に素早く輸送機から降下、直ちに同地の制圧に乗り出す。日程は来週の木曜日ね。午前十時にここに集合でいいわね?」

「はい。では、失礼しま―――」

「あ、ちょっと待って。探偵なら、一つ依頼を聞いてほしいのだけれど、いいかしら?」


これを言われて僕は探偵としてのプライドから、(公序良俗に反していない限り)絶対に断ることができないのだ。僕が座り直して話を聞いた。


中峰の話によると、ここ最近群馬県内で武器の運び屋が頻発しているようで、その調査を依頼したいとのことだった。もうすっかりテロ犯罪の常套手段とかしてしまった運び屋だが、今になって探偵に頼むことかと思いつつ新しい機械の動作テストも行いたかったので、僕はさっさと報酬の話に移った。

すると中峰は、一週間以内に方を付けたら十万円をあげると言ってくれたので、喜んでやらせてもらうことにした。


「じゃ、行こうか。起きろ〜ムル」


僕が彼女の頬を何度か小突くと、彼女は目を何度かパチパチとさせた後、中峰と目が合って赤面した。それから、僕をソファから引き剥がすように引っ張って部屋から出た。中峰は終始ニヤニヤ笑っていて、僕達が退出する瞬間にこう言った。


「お幸せに」


扉が閉まると同時に、僕はため息を付いて呟いた。


「あの三十路独身准佐め...」



翌日、僕達は早くも群馬県に向かっていた。


バイクだから感じることのできる風と、後ろに居るムルの温かみを体に刻みながらさらにスピードを上げた。隣を見ると、まだ復興中の線路で工事をしているのが見えた。


戦争の影響でまだ電車などは止まっていて一部の人間しか使えないから、残った高速道路を使って大型バイクで移動しているのだ。


ちなみに、今現在は東海地方のとある道路を爆走中だ。地方の道路は臨時政府の拠点の近くだったから大体は爆撃されてなくなってしまったのだ。まあ、海が見えるから損をした感情はない。


高速道路には車の影は無く、僕達のバイクだけが走っていた。

暫く走っていると、前方に警察の車両が見えた。行き先はどうやら僕達と同じようだ。

バイクを車の隣につけると、車とBluetoothが繋がって、車の中の人物の声がヘルメットに装着されたスピーカーに流れ込んできた。


「あんたも、群馬か?」


随分と聞き覚えのある声だったので、驚いて隣を見てみた。


「あ!水原さん!お久しぶりですね!」


向こうも驚いて窓を開けてこっちを見た。

無精髭を生やし、ニカッと笑ってヤニの付いた歯を見せる姿は、昔と変わっていない。


とりあえず一旦休憩するために、二人ともパーキングエリアに駐車した。

水原が下車すると同時に、僕もバイクから降りて二人で固い握手を交わした。


「久しぶりだな。少年」

「はい。あの時はどうもありがとうございました」

「良いってことよ。それより、あの嬢ちゃんは誰だ?彼女かい?」


意地悪そうな顔でにかっと笑う水原に、僕は否定したが、彼は更に笑って僕と肩を組んだ。きついタバコの匂いが墨の鼻をつき、急いで離れた。

彼は少し悲しそうな顔をしていた。


「なんで俺から離れるんだよ〜」

「タバコの匂いですよ。一日に何本吸ってるんですか?一メートルは離れてくれないとさすがの命の恩人と言えど、離れたくなります」

「まあ、慣れてるから良いんだけどよ。銃弾も人も俺を避けやがる。そのくせに金と運は俺によってたかってくるんだ...まあ、グチグチ言っててもしゃーないな」


水原はそう言うと胸元のポケットからタバコを取り出して吸おうとしたが、僕と目が会い、暫く考えた後にそのタバコを道に捨てた。


その後、彼は先に行ってるぞと言って車で走り去ってしまった。


取り残された僕とムルは、SAの自販機で飲み物を買った。ムルはココア、僕はコーヒーを買ってその近くのベンチに座った。ムルがココアを一口すすって僕に聞いた。


「さっきの...臭い男の人って...知り合い?」


僕は本当のことを言おうか迷ったが、彼女に嘘は通用しないと判断したので、本当のことを言った。


「実は、あの人は僕の乗ったパトカーが襲われた時、僕を逃がしてくれた人なんだ。銃弾と人は俺を避けるとか言って車から飛び出して、死んだと思ったんだけど、生きていると知った時はさすがの僕でも驚いたよ。で、どう思った?あのおじさん」

「臭い...」


俯いてムルはそう言った。まあ、第一印象は大体そうだ。臭いから始まって動くことなんてほとんど無い。だから四十五になっても彼女すらできない。まあ、運命だろう。


僕は飲み干した間をゴミ箱に捨てて再びムルを後ろに乗せて走り出した。



国民身分証

名前:水原鉄平

職業:警視庁公安部刑事

身長・体重:170・69

経歴:広島大学卒後、公安部で一時革命隊と交戦

年齢:45


お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!


次回『グンマー・グンマー』

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