革命家

つつみやきミカ

 

革命家


 恵利と出会ったのは、二年前の春だった。

 地球が二つあるという事実が明らかになったのが二十年ほど前のことで、それからゆっくりと地球間での戦争が始まった。くだらない争いだと思う。戦争の最中でも、まったく同じ惑星が二つあるというのは世紀の大発見には違いなくて、僕はその研究に携わることになった。ある時、その研究の関係で、向こうの地球に赴くことになった。

 僕が生まれた時にはまだ地球はお互いの存在を知らなかったのだから、当然僕は向こうの地球にも同じ存在がいるはずだった。自分なら友好的な関係を築けるという自信もあったし、どうしても自分と知り合いたかった理由もあった。

 しかし、向こうの地球に僕はいなかった。

 存在していなかったわけではなく、殺されていたのだ。すでに命を落としていた。調べるとすぐに死因は分かった。少年兵による射殺だった。死んだのはずいぶんと前のようで、当時少年兵だった子どもも大人になるくらいの年月が経っていた。しかしその少年兵も大人にはなれなかったようで、子どものうちに死んでいたらしかった。

「芥恵利」

 僕を殺した少年の名前だけを知った。この地球には僕も、その芥もいない。期待していた成果が得られず、残念な気持ちで僕は地球に帰った。

 いつも通りの日常だ。僕が死なずにこの歳まで生きてこられたことを感謝するべきなのか、そうぼんやり考えて毎日を過ごしていた。

 その時にふと立ち寄った店で、芥恵利と会った。

 写真に見たよりも精悍な容貌で、目元が少々やつれていた。見た写真よりもずっと大人になっていたが、不思議と彼だという確信があった。

 僕が彼に話しかけるまで、そう時間はかからなかった。

 芥君、と呼んでも彼は返事をしなかった。僕が出会った彼は違う名前だったからだ。幼い頃に記憶をなくしてから自分の本当の名前がわからないのだという。使っていた名前はわりかし勝ち気な名前で、浮ついていてあまり好きではないのだ、と言って僕の伝えた名前の方を使いたがった。会ったばかりの僕を信用してくれるのはいいが、もしも適当なことを告げていたらどうする気だ、と伝えると、それはそうでも前の名前よりはマシだと眉を下げた。

 今はアルバイトをして暮らしているらしい。学も無いので働ける場所もわからないのだと言った。どうやら年齢も定かではないらしかった。身分証明書に間に合わせで書いてはあるのだが、実際のところがどうなのかはわからないそうだ。見せてもらうと、僕が記憶している年齢よりもいくつか幼く設定されているようだった。年齢は若い方が都合がいいだろうと考えて、僕は彼に本当の年齢を教えなかった。ただ間違っていた出生日は教えた。僕はそういった記念日が好きだったからだ。恵利はひとしきり日付を呟いた後、日付なんてどうでもいいな、と言った。

 随分と仲良くなった時、僕に異動の辞令が届いた。僕も職場で働いて長かったため、昇進と同時のことだった。

 それを機に、恵利にも話をした。非正規雇用ではなく、正規雇用にならないかと。定職についていた方が給与も上がるし今後の人生では楽になるんじゃないか、職種は君次第だが、僕と同じ研究所で働くことになるから、ある程度は融通を聞かせられるとも伝えた。

 これは僕のわがままだった。恵利はアルバイトが特に楽しそうでもなかったし、僕と同じ環境に置いて、共通の話題を増やしたかった。自分が恵利の人生に関わりすぎていることはすでにわかっていて、罪悪感もあった。恨みなんてまるでなかったが、恵利が向こうの地球で僕を殺していることを免罪符のようにも思っていた。

 恵利は一度言い淀んで、それから頷いた。それからはすぐだ。出勤場所が同じだから一緒に住まないかと提案した。金銭面が心配だという恵利を言いくるめて同居を押し切った。僕が知らないだけで君に恋人がいたら話は別だけど、と言ったら、いつもに増して鋭い声で「いるわけないだろ」と一蹴された。

「彼方もそんなこと言うんだな」

 呆れたような恵利の顔を見て、僕は今の今まで恵利を困らせてばかりだったことに気付いた。


 要彼方、と僕の名前が書かれた契約書に恵利が目を通す。

「本当にいいのか」

「僕が誘ったんだよ。今更だめだとか言うわけない」

 恵利はいつも自分がどうだと、何がやりたいとは言わなかった。物件探しの時に、キッチンが広いところがいい、と言ったのが彼が自分で要望を言った初めてのことだと思ったくらいだった。

「んだよ、二人いたら広い方がいーだろ」

 僕はそんなに妙な顔をしていただろうか。


 恵利は新しい職場でも上手くやっているらしかった。しばらく働いていたら先輩も後輩も同僚もでき、楽しそうだった。

 家ではそんなに会話は多くなかった。友人同士の同居がどのようなものなのかは知らないが、さして不都合はなかったので、僕たちには良い距離感だったのだろう。

 恵利が仲良くしていたのは兵士が多いようだった。当初その話を聞いた時は、かつての僕らが辿った死のことを思い出し少々の不安を抱いた。しかし毎日けろりとした顔で帰ってくる恵利を見ていると、杞憂だったと感じた。

 ある時、彼が慕っていた先輩の兵士が死んだ。

 その日は随分と堪えたようで、帰ってくるなり自室にこもって、朝早い時間に出ていった。そのまま遅くまで帰ってこず、翌日も早く出て行って、という日々がしばらく続いた。夜更けと明け方に鳴り響く通勤用のバイクの音が少し騒々しかった。


「芥さん、大丈夫ですか?」

 僕が働いている研究所には大学のときの後輩がいた。数年ぶりに再会して驚いたものだが、今では数少ない知り合いとしてよく話している。

「乾さんが芥の心配をするとは意外だね。接点があったのかい?」

「共通の友人がいるので。暁先輩、相当ひどかったみたいじゃないですか。芥さんはよく懐いてたのに、それを見ちゃったみたいだし」

 暁先輩、というのは死んだ先輩の名前だろうか。ひどかったというのは死体の損傷のことだろう。派手な戦い方をするところは死に方も派手だという。恵利が暁さんに懐いていたという話も初めて聞いた。乾の言い方によるのかもしれないが、恵利は誰かに懐くような性格だっただろうかと疑問に思った。

「なんで芥が暁さんの死体を見るタイミングがあるんだろう」

「先輩、知らないんですか? 芥さん、そういう仕事じゃないですか。仕事の話とかしないんですか」

 知らない。

 兵士と仲良くはしていても、直接戦争に関わる仕事だなんて思ってもみなかった。ここには戦争と無関係な仕事も少なくないだろう。なんなら、恵利は戦争が嫌いだと思っていた。戦争に関わる話題をしたこともないし、そういった報道がテレビで流れるとチャンネルを変えていた。もう一つの地球で僕たちに起こったことを考えると、戦争に関わらなければあの悲劇が生まれることも無かったから、それでいいのだと思っていた。そもそも、僕が恵利の仕事に口を出すことも無いのだ。


「暁さんとは仲が良かったの?」

 恵利が前と同じように食卓でご飯を食べるようになって三日くらい経ち、僕はそう問いかけた。食事中の恵利が顔を歪め、苦しそうに水を飲み干す。

「今そういう話するなよ。飯がまずくなる」

 しばらくの沈黙の間にご飯をかき込んだ後、恵利は言った。

「彼方って暁先輩の話知ってんだ」

「後輩に聞いたんだ。ああ、共通の友達がいるって言ってたな。乾さん、わかる? 大学の後輩だったんだ」

 恵利は少し逡巡する様子を見せた。

「乾さんか……。彼方の知り合いだったなんて知らなかったな。おせっかいな人だ」

 人柄に言及するということは、話したことはあるのだろうか。意外なつながりだ。僕が今までに気にしなかっただけかもしれないが。恵利はそのまま、ためらうように手を動かすと、何かを諦めたように話し出した。

「暁先輩、仲良かったと思う。けっこう。入った時からずっと良くしてくれてた。強くて、……尊敬してたよ」

 僕は暁さんのことをよく知らないから、同意ができなかった。恵利の口から他人に対する評価を聞くことはあまりなかったので、珍しいなと思った。

「恵利はどういう仕事をしてるの」

 恵利は伏せた目をゆるやかに上げると、言いづらそうに口元を緩めた。

「おれは……死体回収の仕事だよ」

「ああ、それで……」

 知らなかった。何をしているんだろうと思ったことが無かったわけではないが、知りたいと思ったことも無かった。しかし、いささか予想外であり、もっと早く聞きたかったと思ったのは確かだった。仕事で血にまみれている恵利の姿も想像し難かった。

「暁先輩に、おれは先輩を拾いに行きたくないって言ったことがある。あれ、言わなきゃよかったかなあ……」

 顔を手で覆って俯く恵利を僕は黙って眺めた。恵利はどちらかというと、楽しい顔よりも辛い顔をすることが多い。僕はまたこの顔を見ている、と思った。

「恵利は戦争に関わる仕事、したくないんだと思ってたよ」

「別に。仕事は仕事だろ」

 恵利は顔を上げて僕をまっすぐに見た。

「それに、彼方が紹介してくれたんだろ、これは」

 恵利が普段通りの険しい顔になって、自分の発言の正誤がわからなくなった。


「芥さん、少し元気になりましたね。よかったです」

「そうだね。そういえば、なんで乾さんは僕が芥と交流があるって知っているのかな。僕は仕事中、芥と話したことはないはずだけど」

「芥さんが言っていました」

 乾は書類をまとめながら言う。

「芥さん、要先輩の話よくしてますよ。この仕事を斡旋してくれたのも要先輩だとか」

「そこまで話しているのか。気恥ずかしいな」

 恵利はあまり他人と話す方ではないと思っていたから、その話までしているとは驚いた。乾はくすくすと笑う。

「仲がいいんですね。だとしても、要先輩の計画には巻き込まない方が良いですよ」

 乾は微笑みをたたえたまま、僕から目をそらした。

「何の話かな?」

「先輩、何か考えているでしょう。芥さんを巻き込まれると、私も友人たちも巻き込まれてしまいます。なので、やめてくださいね」

 話はここまでとばかりに、乾は踵を返して部屋を出ていった。

 誰にも見抜かれていないと思っていたのに、乾は思っていた以上に頭が切れるらしい。まだ詮索してこないのは確信がないからか。

 僕は武力で戦争に横槍を入れるつもりでいた。いわゆるテロリストだ。これは恵利と知り合う前からやらなければならないことだった。向こうの自分と知り合いたがったのも、このテロの武力を増やすためだった。

 地球の征服合戦のような戦争には意味がない。不毛な戦争を繰り返しているこの軍隊を解体して、本地球の明確な独立を要求する。この活動は両地球にまたがって行われていた。

 実行の日は近い。自分はここの研究員だから、この施設に爆弾を仕掛けることも、自爆することも容易い。大きなリスクもあることは重々承知しているが、ずっと前からそのために生きてきたのだから、恐怖もなかった。死ぬ覚悟はできていた。


「彼方、何してんだ」

 休日の朝、駐車場にいる僕を見つけた恵利が階段を下りてくる。

「見ればわかるだろう。君のバイクを洗ってる」

「今までそんなことしたことねーだろ。なんで急に」

 恵利は僕の横にしゃがんだ。なんだか機嫌がよさそうだ。

「なあ、ずっと思ってたんだけど。彼方もバイク買えよ。ツーリング行こうぜ」

「僕はいいかな。バイクはそんなに好きじゃないし」

 そう答えてから、恵利に何かを誘われたことが初めてだということに気付いた。ツーリングには行きたくない、バイクも免許も持っていないから。しかし、恵利の誘いを断ることには抵抗があり、何か付け加えた方が良いかと横目に恵利を見ると、当の本人はふーん、とぼやいているだけだった。他意はない発言のようだった。

「乗ってたら好きになるって。大体、彼方って趣味がないんだよな。何か新しいことでも始めたら」

「……そうだね、近々何か始めようかと思ってるよ」

「えっ、何?」

 恵利はバイクに向けていた目線を僕に向ける。僕もつられて恵利の顔と合わせた。

「教えられる時になったら教えるよ」

 恵利は不満そうな顔をした。いつもそうだ。不満や不安ばかりで、僕は恵利に何かしてあげられたことがあっただろうか。また言葉を間違えた。

「恵利は好きなことが多いよね。バイクとか、服とか。あ、意外と映画も好きか」

「意外とは余計だろ。でも、まあ、前よりは生活も安定してるし、そうだな、楽しいよ」

「それはよかった」

 バイクを水拭きしていた手を止める。これでおしまいだ。だいぶ綺麗になっただろう。

「明日は恵利の誕生日だよ。明日だと仕事でお祝いできないかもしれないし、今から近所のケーキ屋まで行こうか」

 僕が教えた恵利の本当の誕生日は明日だった。恵利は忘れていたのか、唖然としている。本当は僕の方が一つ年上だけど、僕は早生まれだから一年では君の方が先に年を取る。しばらく同じ年だ。君は自分の方がもっと年下だと思っているみたいだけど、君が思っているよりも僕たちは対等な友達だと思う。

恵利のバイクには細工をしておいた。これで明日彼はバイクで出勤できないだろう。計画は朝。君の好きなものが君を守ってくれるように願う。

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