皆のアイドルなればこそ

こむぎこ

皆のアイドルなればこそ

「お疲れ様」


 ライブとその後のミーティングの疲労に、しみいるような声だった。


「今日のライブもよかったよぉ」


 嘘偽りのない優しい声。メガネ越しのおだやか視線が注がれる。


 駅前で私を待っていたのは、「アイドルなんて、目指さなくても、きみはみんなに愛されてるのにねぇ」なんて少し前まで溢していた幼馴染のシュウイチだった。


 けれど、なんだかんだ都合がつく限りこうして足を運んでくれている。


 ライブにだけでなく、夜遅くなる日にはこうして駅までも。


「ありがとね」


 冬の空気は肌を刺す。まどろんでいられない現実のようだった。


 喉の奥まで冷たい空気が入り込んで、意識にまでしみ込んでくる。


 だから、暖かい言葉が通った経路に、熱が宿る。


「いや、僕が好きでやっていることだからねぇ」


 どちらともなく歩き始めたいつもの帰りみち。道路沿いの住宅の人感センサーの玄関灯が光っては消えていく。


 ライトに照らされれば、そこはステージみたいなものだ。


 わたしと、シュウイチのステージだろうか、なんて浮ついた考えと同時に、これが記者のカメラのであれば、という思考もよぎる。


 その意味で言えば、ずいぶん危ない橋を渡っている自覚はある。


 みんなのアイドルなればこそ、みんなを平等に、扱わなくてはならない。


 そのはずだ。


 ぼんやりとしたシュウイチはそんなこと気にしないかのように、のんびり話を続ける。


「あのさぁ、やっぱり、まだ返事は難しい?」


 ついこの間、このシュウイチにも欲しがるものができたらしい。


 私の特等席が、欲しいらしい。


「ごめんね、そういうのはちょっと」


「いつもいっている、あれだよねぇ」


「そうね。みんなのアイドルなればこそ、だよ」


 いい笑顔で、答える。慣れ切った笑顔、何度も繰り返した、きっと完璧な笑顔。


「じゃあ仕方ないねえ」


 そういって彼は、いまは友達のままでいてくれる


「……きっと、みんなのアイドルじゃあ、なくなったらね」


 小さな声がシュウイチに届いたのかはわからないけれど、シュウイチは小さくうなずいたように見えた。




 そんな帰りみちも、気づけば私の家の前までたどり着いてしまって。


 お互いに小さく手を振って、またねと、おやすみを交わしては私は家の扉を開ける。 


「皆のアイドルなればこそ」


 復唱するように、自分の家で一人、唱える。


 アイドルだからこそ突き通さなければならない道理がある。


 皆のアイドルなればこそ、私は誰もに、平等に、公平に、扱わなくてはならない。


 なんどでも、幼馴染であっても、先輩であっても、後輩であっても、マネージャーであっても、先生であっても。


 相手がだれであっても同様に、まったく同じように対応しなくてはならない。


「皆のアイドルなればこそ」


 すべての言い寄って来る相手に、公平に、「……きっと、みんなのアイドルじゃあ、なくなったらね」と口にするのだ。

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皆のアイドルなればこそ こむぎこ @komugikomugira

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