ハンドインレジスタンス

つつみやきミカ

 


 その日は、友人の三回忌の日だった。

 花を墓に供えて、合掌をする。友人はその墓の中に眠ってはいない。二年前、魔法の力で木っ端みじんにはじけ飛んでしまったゆえに、遺体など、人の形をとどめないものになってしまった。魔法とは、もはや凶器である。数十年前から魔法というエネルギーのかたまりのような、よくわからない第六感能力を使える人々が増え始め、今では人の半数以上が魔法使いにとってかわった。そこまで強大な力ではなく、人を殺めることなどめったにない。そのはずだが、死んでしまうこともあるのである、この友人のように。そして、その「滅多にない」が「滅多になかった」に変わったのは二年前のことだ。僕がいる丘の上にびっしりと敷き詰められた石と、それにびっしりと彫られた知らない魔法使いの名前を見て、言い表せない感情が襲う。わからないのだ、何が起こったのか。僕は魔法使いではないのだから。

あの日のことを思い出すのも二回目だ。惨いことは何度も思い出したくない。まだ僕が学校に通っていたころ、魔法使いであった友人は突然僕の隣で破裂した。チカチカした光と共に友人の身体が辺りに飛び散った。原因は、魔法能力の暴走事故であったらしい。人災ではなく、自然災害のようなものだった。ただ、これは自然災害にしては被害が多く、そして対処法もなく、ずっと続いている。友人が最初の被害者であったが、その後、何十万の魔法使いが地上に落ちた花火のように魔法を吹き出し、その身を焼いて破裂した。原因もよくわかっていない。魔法自体、解明のされていないことであるから、確かな情報ではないようだが、どうやら身体の内部にある魔法に身体が耐え切れなくなったことによって起こるものらしい。僕の友人の彼は、とても優秀な魔法使いとされていたが、彼でも自身の魔法に耐え切れないのだなと思って目を細めた記憶がある。その時生まれて初めて、人間に生まれてよかったと思った。

彼のことを少し思い出そう。彼は、魔法使いのことが嫌いだった。それなのに魔法使い特有の事故で死ぬなんて、かわいそうな話である。彼は魔法で大抵のことは出来た。あまり魔法を使うのを好まなかったが、並大抵の魔法使いには出来ないことも出来るらしく、自然の摂理を捻じ曲げることさえも容易そうだった。周りにも多く優秀な魔法使いが集まっていたが、彼はそれらをひどく嫌悪していた。彼が僕のことを友人だと思っていたかは、正直なところわからないが、仲良くしてくれていたのは、僕だけだったと思う。僕が、魔法使いではないただの人間だったからだと思う。だから僕のことが好きだったのだ。魔法のことを考えなくて済むから。人間は魔法使いに比べて劣っている種であるとされているため、彼が優越感を持ちたかったという理由もあるのかもしれない。しかし、人間という劣等種はそうそういない時代、生活も価値観も合わない魔法使いと人間と、仲良くしましょうと表面では言いつつも、そう簡単に出来るものでもなかった。そのため、人間だからと、差別され、加害されて惨めな気持ちになるよりは、僕はなんでもよかった、どうでもよかったのである。

事故が起こるようになってからは町も生活もめちゃくちゃになったが、なんとか人々は身を寄せ合って生きていくようになった。見ず知らずの人と近い距離で暮らしてずいぶん経つが、特に仲良くなることもない。以前より魔法使いも人間も入り乱れているが、いつ破裂するかわからない魔法使いなどと一緒に居たくない、というのは僕ら人間の言い分で、前よりも人間と魔法使い間の分断が進んだように思える。魔法使いが「明日死ぬかもしれない」と悲痛に叫んで毎日を消化している様は、さながらホラー映画の一幕のようだった。

 そんな荒廃した町、そして気持ちの中で、この友人を失った悲しみも少しずつ心から去っていった。二年も経てばそういうものだ。僕は友人の墓を後にした。


 家に帰って、いつものように質素な昼飯を平らげ、片付けも終えた頃、僕はそれと出会った。

最初、それというか、彼は両手を揃えて僕の前にやってきて、一緒に旅に出てくれないか、と言った。

一対の手だった。

 手首から先、手のひらはあるが、その向こうの腕から身体が無い。なんとなく、魔法がそこにあると思った。魔法でこんな、自分の身を切り離している例は見たことが無いが、この世の不自然なことはすべて魔法である。

「旅に……って、何のために?」

『手』はなんだか考え込むように指を絡ませている。

「お前に私の身体を見つけてほしいんだ」

「僕に?」

 随分と久しぶりに驚いて、素っ頓狂な声が出た。僕に身体を見つけてほしいだと? 残念だが、今出会ったばっかりの奇妙な客の要望に応えてやるほど僕はお人よしではない。

「僕は魔法も使えないんだ、他を当たってくれ」

 客人に対応するために開け放していたドアを閉めようとすると、ガンと音を立てて手だけが扉を掴む。

「お願いだ。私は手だけじゃなかった頃の記憶がない。記憶がないが、お前のことは知っている気がするんだ。どうか、私と手を組んでくれないか」

「なぜ僕のことを……」

 すがるように手がこちらに伸びてくる。その手を振り払おうとするが、思う以上に手の力が強く、手と手が強くぶつかった。痛い。

「私も魔法使いだ。そして魔法は使える。お前は魔法使いのことが嫌いかもしれない、それに自分で言うのもなんだが、私はかなり優秀な魔法使いだ。もし私が自分の身体に戻ることが出来た暁には、なにか魔法で願いを叶えてやろう」

「魔法で……」

 願いを叶えてやる、と言われてもピンとこないし、こんな口約束には興味も示さないのが常だった。しかし、ふと思いついたのは、先ほど墓参りをした友人のことである。

「人を、生き返らせることも?」

 『手』はピクッと指先を曲げ、少々の沈黙の後に言った。

「……生き返らせたい人がいるのか?」

「それについて初対面のやつに話す義理はないよ。出来るのか、どうなんだ」

 手だけのやつに初対面というのはなんだか言葉を間違えたかな、と思いつつ、手の反応を見計らう。冗談だ、こんなのは。人を生き返らせるなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなことが出来たら、おぞましい世の中だろうと思う。ましてや彼が死んだのはもう二年も前のことであるのに。

「いいだろう。やってやる」

 『手』はそうつぶやいた。出来るわけがないだろう、と心の中で悪態をつく。

「……僕は魔法使いじゃないから、まともに戦えないかもしれない。それに、魔法で体を治せないから、すぐに怪我をして足手まといになるよ」

「構わない、いいんだ、それで。来てくれるのか?」

 いいわけがないだろうと思いつつ、ため息をついて、ああ。と返事をする。どんな心境の変化か、といったところであるが、いかんせん僕は暇だった。死んだように生きている、というのは案外的確な表現で、毎日することもなかったので、正直刺激を求めたところもある。しかし、僕が突き付けた無理難題を「やってやる」と言った『手』に少々興味をひかれたのはある。出来ないと言ったところをあざけ笑うというような性格の悪さは持ち合わせていないが、やっぱりな、出来なかっただろう。と無理な約束の答え合わせがしたい気持ちはあった。

 『手』は左手の小指を立ててこちらに差し出した。

「指きりだ」

 反射的に僕も小指を差し出す。人の手にこうして触れるのはいつぶりだろうか。手が魔法を発する主なツールとなり果ててから、不用意に他人の手に触れることは無くなった。

「約束する」

 じゃあ明日、私の身体がありそうなところを探す旅にでるからな、準備をしておけよ。と『手』は言った。僕が予定も何もないから今日で良い。すぐ出発した方が君もいいんじゃないのか。と話したら、ぎょっとしたように手をこわばらせた。なんだ、やる気じゃないか! とさっきまでの懇願する雰囲気はどこに行ったのか、ヘラヘラとする様子を見ながら、荷物をまとめてくるからちょっと待ってて、と声をかけ、家の中に入った。まとめるものも特にない。寝泊りに必要であろう道具や着替えをバッグに詰め込んで、外に出ていく。

「早いな。って、おいおい、荷物はそれだけか?」

「うん。別にこの町を出るわけでもないし、そんなに必要なものもないでしょ。荷物は軽い方がいい」

「へえ、変な奴」

 呆れたように手のひらを翻す手を横目に見て、靴の紐を結びなおした。

「君は荷物も何もないか」

 嫌味のように返事を返すが、聞こえていたのかいないのか、肩をパンと叩かれる。

「よろしくな、相棒!」

 そう喜々としている『手』を見る限り、なんだかこの旅も悪いようにはならないかもしれないと思った。まさか人生で手と手を組むことになるなんて思いもしない。少し浮かれた気持ちで右手を差し出す。しかし、握手を求めた僕の手は空を切った。


 だいたいのことは『手』の魔法に手を貸してもらい、なんとかなった。しかし、『手』は必要最低限しか魔法を使いたがらず、僕は苦労することが多かったように感じる。そして最初に言った通り、僕が足手まといになっているのは間違いなかった。でも旅を始めた数日は、何もない草原を歩いたり、足場の悪い山道を辿ったりして、日常では経験しえないことをして楽しかったと思う。人間も魔法使いも今時まとまって暮らしているとはいえ、こんなに町の外に人がいないものなのか、と驚いた。よく知らないが、魔法使いが暴発事故でたくさん死んだなら、随分と人口が減っているのかもしれない。現に、道端で事故の痕跡のような焼け跡を見ることが何回かあった。そこに人の姿はないのに、死体を見たような気がして喉が詰まる思いがした。

出会った最初から考えていたことだが、僕と変わらない大きさの手ではあった『手』は手袋をしていた。僕もいつもグローブをしているし、手を覆う文化というのは魔法が使われ始めてからだいぶ広がったが、手だけなのに手袋をしているのはなんだか可笑しかった。手を隠す理由は魔法を制御しやすくするためだとかアクセサリーだとかそういうものがあるのだろうが、『手』だけなのになあ、と思わざるを得ない。

 幾度目かの夜になり、今日もキャンプで夜を越そうと言うので、ガチリとライターを鳴らし、とりあえず火を点ける。この手順も慣れたものだった。燃え始めたばかりの火がパチパチと鳴る。僕が魔法使いだったら火をこの手でポンと点けられたかもしれないのにな、と思って『手』の方をちらりと見る。手はひらひらと手を振って、そういうのは専門外なんだ。と言った。本当に専門外なのかどうかはわからないが、魔法を使えない僕には知る由もない。数日一緒に過ごしただけで、だいぶ『手』とは親しくなったような気がする。今まで友達という友達もほとんどいなかったから、仲良くなるというのは難しいことだと思っていたが、案外他人とはそんなもんなんだな、と思う。最初の晩は沈黙が痛いほどだったが、今は急に言葉を発することさえためらわない。

「君は、身体とどうやってはぐれたの?」

 『手』はこちらにVサインを送った。

「身体は、吹き飛んだ。よくあるだろう、魔法の暴発によってさ」

 薄々わかっていた。いくら魔法があるからと言って、生きていてそうそう手だけが切り離されるようなことはないだろう。

「それは、痛そうだね……」

「まあ、大したことはないさ」

 弾け飛んだ友人のことをふと思い出す。身の回りに魔法使いというか、そもそも人がいなかったからだが、魔法使いが弾け飛ぶさまを友人以外に見たことが無かった。

「手だけでも生きていられるものなの?」

「ああ、手だけでも大丈夫なんだ。魔法の力ってやつだな」

 やっぱり、魔法だよな。こいつは身体を探していると言ったが、魔法の事故でぐちゃぐちゃになってしまっているのなら、身体に戻ったところでどうしようもないのではないか。そう思ったが、まあ、自分の身体と近いところにいたいのだろうなと思うようにした。その一連の考えを口に出すほど野暮な人間ではない、僕は。

「魔法ってそんなことまで出来るんだ」

「ああ、出来る。みんなが出来るわけじゃないけどな」

 みんなが身体のほとんどをふっ飛ばしても生きていられるんなら、魔法使いが大勢死ぬことはなかったさ。と彼は続けた。

「じゃあ、君は特別ってことだ」

 僕は『手』と会って初めて笑えたような気がした。

「そうだ」

 『手』も笑っている。両手と人間が笑い合っている様はとても奇妙に違いなかった。僕はらしくもなく盛り上がって、そのまま話を続ける。

「友達がいたんだ。一人だけ、笑っちゃうだろ、一人だけなんだ、今まで生きてきて、友達と呼べるほど親しくなった人は」

「私のことは友達と呼んでくれないのか?」

「ああ……呼んでいいの? じゃあ、君合わせて二人だね」

 『手』は案外調子のいい返事を返してくる。

「もう、その友達のことはあんまり思い出せないんだけど……いいや、思い出したくないってほうが、合ってるかな。魔法使いだったんだ、そして、暴発事故で死んだんだ。結構ひどい暴発事故でね、バラバラになってたなあ、突然のことだったから、よくわからないけど」

 話し終わって、最近会ったばかりの人にする話ではなかったか、と思いハッとする。まあ『手』ならそれなりに笑い飛ばして流してくれるか、とも思ったが、そういうわけもなく神妙に答えた。

「……それは思い出したくないな。バラバラ死体なんて、見て喜べるものじゃない」

 それはそうだ。他人の事故の話というのは、不謹慎というほどではないが、楽しく話すことでもない。無理矢理に話を変えようと試みる。

「そうでしょ。君には友達はいないの?」

「手だけになった人間にそれを聞くのか?」

 ピクッと指先が反応する。力が入った指を見て、聞いてはならないことだったのかもしれないと思った。

「いや、聞かない」

 慌てて返答する。ずっと上がっていた僕の口角が下がる感覚がした。また、パチパチと火がはじける音だけが響く。やっぱり、友達がいないぶん、僕は会話がそんなにうまくないのかもしれない。

「……そういえば、その友達はどことなく、君に似ていたかも。手だけで似ていたも何もないけど」

「そいつに似てたから、友達になれたのかもな」

 でも友達に似てるって言われたとき、どう反応したらいいかわからないよな。とぼやきつつ、『手』はそいつの顔が見てみたいものだ。と手のひらで空を仰いだ。その『手』のなんともない反応にほっとして、彼の指先を追う。その時、以前よりも星が光るようになった空に初めて気づいた。


 その日の夜、夢を見た。

 小さい頃、一緒にいた親友の夢である。

「ピース」

 僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 友人であるサムが、怒りに任せて魔法の爆発を起こした時だった。サムがそんなになるまで怒ったのは、僕が他人に魔法で危害を加えられそうになったことがきっかけであった。そしてサムの魔法はその魔法使いの手を焼き腕を焼き、叫び声が辺りに響いた。窓ガラスも割れ、周囲の人は誰もこの事態に手が付けられないでいた。そんな中、僕は怒り狂うサムを止めようとして、近くにあったガラス片を無我夢中で手に取る。振りかざした僕の右手はサムの魔法を突き抜けながら傷つき、サムの左手を切り裂く。普段感じることのない痛みで我に返ったサムは自分の左手と僕の右手を交互に見た。僕の右手は彼の魔法を浴びたことで歪み、魔法特有の傷が大きくついていた。そのときにサムは泣いてしまって、そこで僕は初めて彼の涙を見たと思う。

 こうして、僕の手には魔法によって傷つけられたひきつれた皮膚が残った。それなりの魔法使いならば、どうにか治すまではいかなくともいくらか傷がマシになったのかもしれないが、あいにく僕は魔法使いではなかったし、きっとサムの傷もそのままだった。サムの魔法の力では間違いなく傷を治すことは出来ただろう。手を手袋で隠していたので傷をそれ以降見たことは無かったが、残しているのだろうと確信していた。僕を傷つけたことを忘れないために。彼はそういう人間だと知っていた。

 その時からお互いに素手を晒すことは無くなったと思う。グローブやら手袋やらでいつも手を隠すようになった。その傷についてはそれ以降僕たちが触れることも無かった。

 あの時、サムという親友は涙を流しながら謝った。僕もつられて泣いたのを覚えている。ひきつれた皮膚は痛いような痛くないような、もはやなんだかわからなかった。僕の手に添えられた細い指は傷だらけで血も出ていて、なぜ痛々しい方が心配をしているのだ、と冷めた頭で考えた。嗚咽で聞き取りづらい声をいくらかもらしたあとで、今度ははっきりとした声でサムは話した。それがこの出来事で唯一覚えているセリフであったと思う。

「ごめん、ピース。私が魔法使いだったから、こんなことに」

 違うよ、とその時言わなかったことを今も後悔している。


 朝日で目が覚め、いつものように朝支度を済ませた後、僕と『手』はまた彼の身体を求めて歩き出した。今朝懐かしい夢を見たことと偶然か否か、僕たちはサムの事故があった学校へたどり着いた。

「ここは……」

「来たことがあるのか?」

「来たっていうか、僕が通っていた学校だよ。わりと前の話だけど。すっかり場所を忘れてたから、まさかこんなところにあるなんて……」

 もはや廃墟と化した学校に足を踏み入れる。人がたくさんいた場所だからか、事故の跡が至る場所にあって痛々しい。学校の思い出はもはやない。いい思い出がないからだ。嫌な思い出を思い出して覚えておこうと努めるほど僕は物好きでもないのだった。今日たまたま見た夢でなんとなく思い出しただけだ。校舎の端まで歩いて、教室の中を眺める。僕の足音だけが響いた。

 ふと、『手』の動きが止まる。

「どうしたんだ」

「礼を言う、ピース」

 横にいる『手』が突然そう言うと、窓の外から赤い光が差した。

「なんだ、急に……」

 ふわっと風が吹いて、反射的にまばたきをする。そして教室の中に今まで見えていなかったのか、今現れたのかわからない人影が現れた。

「見つけた」

『手』は最後にそう言った。教室の中にいて、割れた窓ガラスの前に立ちふさがる人影に目を凝らす。そこには隣にいたはずの手が人の一部として存在していて、そして、ここ数日で見慣れた手の向こう、腕の先に、死んだ親友の姿を見た。見間違いかもしれない。でも見間違えるはずがない。僕の大切な友人の姿を見間違えなどしない。

「サム」

 人影は僕を見下ろすと、僕を誘うように手を伸ばした。

「久しぶりだな、ピース」

 目を細めるサムの『手』は感覚を確かめるかのように結んで開いてを繰り返す。あんなに僕に話をしていた『手』はもう話しそうにない。元の場所に帰ったのだとすぐわかった。薄々、そんなことを感じていたけど、まさか、死んだ人間の手だとは信じられなかった。

でも、やっぱり、君の手だったんだな。

「手だけでも、君以外に友達が出来たと思ったんだけど」

 何の話だ、と言わんばかりにサムは首をぐらりと傾ける。

「やっぱり僕の友達は君一人だけだったな」

 サムは悲しそうに微笑んだように見えた。僕の友達が少ないことを笑っているのだろうか? いや、違うな。何か別のことを考えている。僕は教室の中に入ると、彼の目の前に立った。

「君に、言いたいことは、山ほどあるよ……」

「そうだろうな。私もだ。私から話させてもらおう」

 サムは人差し指と中指を空に向けた。かつて見たVサインではない。

「私は事故で死んだはずだ、と思っているんだろう。それには二つ間違いがある。一つは私が死んだということだ。私はこうして生きている。もう一つは、私は暴走事故で死んだのではない。殺されたんだ」

 サムの眼が僕を射抜く。

「私が魔法を嫌っていたことは知っているな?」

 僕が頷くと、サムはフンと鼻を鳴らした。

「魔法主義思想のやつらに殺された。面倒なんだよ、やつらには、私のような魔法反対派がな。魔法主義の世界って、建前は平等でも、魔法が強力な方が権力を持つって考え方なんだ。そこで、相当強力な魔法を持っている私が魔法反対派だというのは、都合が悪かった」

 サムは今度こそ明らかに笑っていた。彼が笑った顔を見るのはずいぶん久しぶりだと思った。

「私の身体が散り散りになるほどの魔法を味わって、私は気付いたんだ。同じように、そのへんの魔法使いなんか、みんな殺せるんだってな」

 サムの髪がゆらゆらと揺れる。あ、と僕の口から洩れた声が震えているのに気づいた。怖いのか? この目の前の彼が。いや、悲しいのだ。ただ、僕が悲しんでいるだけだ。

「なんで、手だけになってたんだ。なんで今更……、君は数年前に死んだはずなのに」

「慌てるな」

 いつの間にか近づいていたサムの手が僕の目の前で止まる。その制止を食らって距離の近さにぎょっとした。僕が知らぬ間にサムに近づいていたのだ。離れていると気付かなかったが、サムの皮膚には至る所にちぎれたような跡があった。

「答えてやる。手だけになってたのはそうだな、あれは本当だ。あれは本当に、私が破裂した時にちぎれた手だ。他の所もバラバラにはなったが、つなぎ合わせている。だが、手だけはどうも、私の魔法が手に依存しているからか、魔法のバランスがうまくいかなくてな。愉快な話だが、取れやすいんだよ。別にそんなに気にしていなかったが……ああ、私の手が何か言っていたかもしれないが、あれは私であり私でない。実際に私には手だけだった時の記憶はない。手だけの状態では、精神も分離するんだ。お前の所に行っていたとは誤算だったが……そう、驚いたよ、さすがに」

 自分の身体の一部なんか放置するもんじゃないな、と言う。サムの手が制止をやめ、彼の頭に戻る。彼は頭を抱えて、苦笑しながら話を続ける。

「二年間、私はずっと暴発事故を起こしてきた。暴発事故とはいうが、あれは私がやっていたものだ。私の魔法を魔法使いに反応させ、魔法を溢れさせ、飛び散らせる」

 サムが、暴発事故を起こしていた犯人だとはまさか、信じられない。だが、実際死んだと思っていた親友は生きている。これ以上に信じられないことはあるだろうか? 目眩がする。

「魔法使いを、皆殺しにする気か」

 上擦った声が戻らない。

「ああ」

 聞かなくてもわかるだろう、と呆れているサムは両手のひらを上に向けて翻し、やれやれといった調子である。

 状況を飲み込むのに精一杯な僕に対して、サムは容赦なく話を進める。

「魔法使いという存在は、間違っている。だから、魔法使いを殺してしまおうと思った。昔からあった差別をなくそうと人々は努力してきたはずなのに、人をなぜまた魔法で分断させたんだ。ああ、魔法使いを滅ぼしたあかつきには、私もきちんと、死んでみせよう」

 頭がもっとぐらりと揺れる心地がして、思わず下を向く。辺りの爆破跡が光を浴びて煌めく。それを眺めながら、彼の言葉を自分でかみ砕く。

「これ、君がやったんだな」

 その問いには彼は答えない。だが沈黙は肯定だった。

「私のことを非難するのか?」

「するに決まってるだろ」

「私のことを断罪するのか?」

「出来るものなら」

 ふう、と彼は息を吐いた。

「私はお前のことをいちばん信頼している。魔法なんかに頼らなくても、生きていける力を持っている。そういう人間はなかなかいない。お前になら行動を止められても構わないと思っていた。だが、お前に私を殺せるとは思えない」

「僕が魔法を使えないからって、馬鹿にしてるのか?」

「まさか」

 サムが顔をしかめる。僕は自分の歯がガチリと鳴るのを無視して憎しみを言葉に込める。

「君は、愚かな人間だ……」

「いや、魔法使いだ」

 あっさりと訂正するサムを見て余計に頭に血が上る心地がする。

「ば、馬鹿だよ! 魔法使いが上の人種だと思ってないと、そんな発想は生まれない。まだ、弱いものを淘汰しようとしている方が、素直な考えだと思えるくらいに」

やっと言葉がすらすらと言えるようになった。しかし、こんな言い争いをするためにここに来たわけじゃない。いや、ここに来た理由なんて、君の手に導かれた以外にない、僕が来たくて来たわけじゃないけど。君の『手』だって間違いなく君だ。君は自分の行為を止めたいと思って僕を誘ったんだ、そうだろ。

君は僕に止めてほしいんだ。

その気持ちは手に取るようにわかる。ただ、彼とどうやって戦えばいい? どうやって僕の意見を通せばいい。魔法も使えない僕には、彼への対抗手段がない。

「バカ、か。その通りだ」

 淡々と続ける彼を見て思う。君はそんな魔法使いじゃなかっただろ! 彼の背負っている罪を目の前にして、適当な言葉を見出せない。あまりにも重すぎる。彼はきっと快楽的に殺人をしているわけじゃない。本気で、魔法使いがいなくなったら良い世界になると思っているんだ。そのために殺人に手を染めてしまった。そう思うようになってしまったんだ。自分まで犠牲にして目指す世界の実現を、僕に阻めるのだろうか。

「君がそんな考え方でいるから……」

 僕が言葉に詰まっている間に、またサムが話し出す。

「安心しろ。私は今お前を殺せない。お前に魔法を使う能力がないから、魔法に反応を促すことも出来ず、私がやってきたみたいに、身体を破裂させて殺すことは叶わない。そう、ちゃんと、私が殺せるのは魔法使いだけだ」

 何がちゃんと、だ。たまらずサムにぐっと近づき、胸倉を掴む。暴力に訴えかけてもどうにもならないことはわかっている。サムは僕と目を合わそうとしない。

「お前のような人間が幸せに生きていくためにはこうするしかないだろう。わかってくれ」

「ぼ……僕のせいに、するなよ!」

 どうして急に僕の話になるんだ。魔法使いと人間の話をしていたんじゃないのか。僕が魔法使いを殺したいと思っていたとでも思っているのか。サムは急に声を荒げる。

「魔法なんてものがあるからお前を傷つけた!」

「僕を?」

 何の話だ、と繰り返そうとしてハッとする。僕を傷つけた、君が? まさか、あの時の話をしているのか。

 急に頭がクリアになる。サムは、あの時の話をしているんだ。僕が今朝夢に見た、あの時の、二人の手が傷ついた時の話を。

「君、あの時のことを……」

「もう耐えられないんだ。ああして、私が誰かを傷つける側に回るというのが」

「いや……でも、君はその手で魔法使いを殺しているじゃないか?」

 問い詰めるように言う。サムはそれとこれが結び付かないというように呆けた顔をしている。今まで余裕そうだった顔が初めて崩れた。

「魔法使いがいなくなることで、魔法使いが、自分たちが危険な存在だと知ることで……ああいうことがなくなるのならそれでいい。その過程で、私がただ一人加害者になるのならば、それは真っ当な報いだ。あとは」

 そこまで言って口をつぐむ。僕は言葉をせかすように彼の身体を揺さぶった。

「あとは、君が傷つくことがなくなったならそれでいい。それがお前を傷つけた私の償いだ」

 僕の話をしないでくれ。

「僕のせいに、するなよ……」

 ここでやっとサムは僕の手を振り払った。反動で二人とも少し距離を置く。サムは呼吸を整えた。

「どうしても私が間違っているというのなら、その手で私を殺してくれ!」

 悲しそうに、また楽しそうにも見えるサムは、僕に向かって手を伸ばす。まるでまたあの日のように、自分の手を傷つけてほしいというように。手首が光の下にさらされ、さっきつながったばかりの傷跡が生々しく浮かび上がる。

「お前が私を殺せないのなら、私を救える者はいない」

 魔法を最大限使うためか、彼が左手の手袋を取る。ああ、やっぱりそうだ。あの時僕がつけた傷があの時のまま残っていた。まさか僕に、あの傷以上に君を傷つけることが出来ると思うのか。

「君はもう死んでるじゃないか。死んでる人間を殺すなんて、そんな……」

 サムは不服そうな顔をして手のひらを僕の前に晒す。

「どうしても出来ないというのなら、お前が魔法使いでなくても、黙らせるしかない」

 バチッとサムの指先が鳴る。魔法だ! あの時の記憶がフラッシュバックする。他人を傷つける魔法。

「そ、その手が」

 思わずサムの左手を右手で払う。サムの手は抵抗するように逃げるが、僕の手が追いかけ、手を掴んだ。

「その手があるからいけないんだ! その手が君を惑わせる!」

 サムは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにしかめっ面に戻った。ぎり、とサムの手首が軋む。

サムの左手から今まで聞いたことも無いような音がし、光が飛び散っていく。ああ、これで死ぬのかもしれない。あの時のように足元に散らばるガラス片を足で踏みにじった。サムが何か言っているが、魔法の弾ける音で聞こえない。彼の手を掴んだままの僕の手が魔法の力で歪んでいく。同時にサムの手も歪み始めていたが、そんなことも気に留めず、どうにでもなれと辺りに光る魔法に身を焦がした。

 

サムの手の力が抜けて、僕の手に生じた重みで気を取り戻した。次の瞬間に自分は死んでいるかと思ったが、そうではなかったらしい。自分の右手を見ると、サムの手を取ったまま、少し傷がひどくなっていたものの、大して変わらない姿でそこにあった。それに反して、サムの手にはあの日の大きな傷の他に、僕の手に似た、しかし僕よりひどいように見える、ひきつれた皮膚の跡が残っていた。

 自分が生きていることに唖然としている僕に、サムは声をかけた。

「お前も魔法使いになったんだな」

「僕が……魔法使いに?」

 そう意識すると、指先がぴりりと疼く。すぐにわかった、これが魔法だ。じんわりと魔法の感覚が身を襲う。なるほど、これが。彼の手のひきつれた跡は僕の魔法がやったのかとわかり、背筋が凍る。

「ああ、魔法使いって、こんな気分だったんだね。人間とちっとも変わらないや……気分が悪い」

 はは、と笑うサムの姿は、魔法が弱まって身体の結びつきが悪くなったせいか、よく見ると継ぎ接ぎで気味が悪かった。あの時、見たくなくてもサムの破片と共に視界に飛び込んできた景色を思い出す。ああ、あの時のままなんだな、君は。あのとき散らばってしまった君を拾い集められなかったから、君はまだこんなにちぐはぐな思いを抱えて僕に殺されたいと呻いていたのか。これは魔法使いになったから初めてわかることであるのだろうか。

 かわいそうに、と思った。こんな力を持て余して、こんな姿になってしまったこの親友のことを、ただただ哀れに思った。冷静さを取り戻した頭で、サムに問いかける。

「魔法使いを殺すんだろ」

「ああ、そうだな。そうしたかった」

 過ぎたことのように語るサムは、もう諦めているのだろう。虚しさを感じつつ、仕方のないことだと僕は納得していた。なぜなら、僕がそうさせたからだ。彼には先ほどまでの威勢がない。僕が発した魔法によって、彼の魔法をほとんど打ち消してしまった。彼にはもう自分の身体を保つことさえ難しいだろう。これ以上何か出来るとは思えない。しかし、僕は続ける。こんな愚かで弱くなった友人にさえ、怒りをぶつけずにはいられない。

「だったら今の僕のことも殺してみせろ」

 サムが顔を上げる。ひきつった顔のサムを見るのは初めてだった。

「早く、僕のことも破裂させてみせろよ。君があの時どんな痛みを味わったか、わかってあげたかったんだ。君がどれだけ痛かったか、知りたいんだ」

 サムは初めて見せる、恐怖に怯えた目をした。

「黙ってくれ……」

 かつ心底鬱陶しそうに喋るサムだが、その目はそらすことも諦めたようにじっと僕を見ていた。

「そして隣で死なれた僕の気持ちを味わえよ」

 思わず手に力が入り、指の骨がパキンと鳴る。

「まさか君が、魔法使いになるなんて……」

 サムが膝から地面に崩れ落ちて、焦点が定まらない目を光らせる。

「真実を言ってあげるよ」

 サムの力の抜けた左手を無理やり引っ張り起こす。まだ辛うじてつながっている手に引かれてもう一度彼は立ち上がった。お互いの距離が縮まる。

「君の敵は魔法使いじゃない、僕の敵だ。僕に危害を加えた魔法使いたちが、君自身が……嫌いだっただけだよ」

 サムはずっと悔やんでいたんだろうと思う。自分の魔法で僕を傷つけたあの日から。魔法をあまり使わなくなったのはあの日からだろうか。あの日よりも前に魔法を疎んでいたのだろうか。いや、あの日を境にだったかもしれない。それに、あの日を境に僕たちは友人になった。

「そうかもな」

 サムの目から涙が零れ落ちる。

「僕を殺してもいいよ。僕には友人もいないし、構わない」

 先ほどより責め立てるような意図は無く、もう一度僕はそう言う。サムは首を横に振った。

「その手以上の傷をお前に与えたくない」

「また、それか。君はわがままだな」

 でも、僕も同じことを思っていた。


 その時、地面が揺るぐほどの轟音が轟いた。ヒュンと冷たい空気が喉を駆け抜ける。

「なんの音!」

 咄嗟に大声が出た僕と建物の外の景色を交互に見て、サムはうろたえる。そして何かに気づいたように瞳孔を震わせると、ためらうように言った。

「魔法の、暴発だ……」

 次の瞬間、僕の身体に強烈な衝撃が加わり、サムごと地面にたたきつけられる。彼が自分の身ごと僕を庇ったのだった。僕が立っていた付近の天井が崩れる。さきほどから握っていたサムの手を放し、サムを自由にすると、彼はすぐに立ち上がった。

「どういうこと?」

 僕が尋ねると、サムは言った。

「本物の、魔法の暴発事故が起こっている。私の魔法の影響で引き起こされたんだ」

 そんなことがあるのかと、以前の僕なら聞いていただろう。しかし今の僕は魔法使いだ。それがそうあることも、わかる。ピリピリとサムの魔法に共鳴する自分の魔法の存在が分かる。どこかで花火のように散る魔法使いの命も。

「そういうことも想定はしていたが、まさか、本当にあるとは」

「君のことだから、こういうことになったとしても、魔法使いが死ねばそれでいいと思っていたんだろ」

 サムは苦笑する。笑い事じゃないぞ、と言おうと思ったが、それを言っている場合でもない。

「その通りだよ。……このままお前に殺されてしまおうと思ったが、気が変わった。こんな世界にお前を置き去りにするのは哀れすぎる。最後に自分の火の不始末くらい、片していこうじゃないか」

 サムは光が差す方を向いた。僕に背を向ける形になり、彼の顔が見えなくなる。

「すまない。私がこの世界をとっくに地獄にしてしまった」

「どうすれば止まる。まだ手はあるのか?」

「私がさらに魔法をかけて、相殺するか……今の私にこの魔法を止められる力があるかは疑問だが。私が死んで解決する問題じゃないだろう」

 サムは激しく咳き込むと、血を手の甲で拭い、元々ちぎれていたのを無理やりつなぎ合わせたせいで生じたのだろう、口元のほつれに触れた。そしてばつが悪そうに笑う。

「もうこの手も大して使い物にならないが、あと少しは魔法が使えるさ」

 轟音と遠くから響く落雷のような悲鳴で指先がビリビリとしびれる。血が巡る音が同じくらい大きく聞こえる。今にも崩れ落ちそうなサムを見る。

 自分の手のひらに少し力を籠めると、バチバチと大きな音がした。これが、魔法。使い方なんてそうそうわからないけど、なんとなくやり方はわかる。これは、世界を救える魔法だ。どこまでも都合のいい魔法である。こういうものだったのか。なんだか、わかるよ。君の気持ちがわかる、サム。

「わかったよ」

「わかったって、何が……」

「残念だけど、僕は君よりも優秀な魔法使いらしい。止めるよ、僕も。あと、君の願いも叶えられそうな気がする」

 サムは困ったように笑った。弱弱しいながらも、ぱちんぱちんと彼の指先が踊る。僕は彼の隣に立った。

「君もこんなにうるさかったら眠れないだろ」

「それは、お気遣いありがとう、だな……」

 サムの左手を取り、バチバチと散る火花に目を細めながら、もうすっかりぐったりした手をぐっと握る。微弱な魔法だがそれはあまりにも危険なものだ。

「君の魔法だけじゃない。すべての魔法を相殺する」

「君が……出来るのか」

 うん、と頷く。

「魔法そのものへ反逆するんだ」

 僕を信じるという返事の代わりに、サムが僕から目をそらす。もう彼の左手は僕の右手を振り払わない。それはもう力が入らないからなのか、それとも、もう離す必要がないと考えているのか。僕は後者だと信じたい。

「君と僕なら出来るはずだ」

二人の手の隙間で魔法が混ざる感覚がした。魔法なんて、やっぱりなんだかわからないなあ、と僕が言うと同時に、光が辺りに飛び散り、周りの景色ははじけ飛んだ。


 光にようやく目が慣れてきたのか、反射的に閉じた目をゆっくり開く。まだ手は繋いだままだったが、ぱっと離れた。そして離れたサムの手が僕の頬に触れる。

「なにも、君に泣いてほしくて死ぬわけじゃない」

「……君があまりにも哀れだから、泣いてるんだ」

 サムがもうすぐ死ぬのがわかった。いや、僕が殺しているのか。僕がこの手で魔法を消そうとしたから、魔法でつなぎとめていたサムの命は解けるのだ。まさか僕が君を殺してしまうとは思わなかった。やっぱり魔法は誰が使ってもろくなことにはならないよ。

「もっと何か、別の方法はなかったのか? 君が死ななくてもいい方法が」

「あるだろうな。ああ、でも、そんなことは考えたくない。死ぬ間際になって、ああすればよかった、こうすればよかったと喚きたくない」

 死ぬなよ。

自分が殺した人に対してそう思うのは、あまりにも滑稽なことだ。

ふと思いついた疑問を投げかける。

「君、嘘だろ」

 立つのもままならないのか、壁に寄りかかったままのサムはこちらを見上げて、少し笑いながら怪訝な表情をした。

「何の話だ?」

「魔法推進派に殺されたってやつ」

「ああ……」

「君ほどの魔法使いがそうそう殺されるわけない。魔法使いになったから、わかるようになったよ」

 実際、サムが優秀な魔法使いであることから、彼のようなことがみんな出来るわけではないのと同じで、サムに対してもそれが出来るとは思えなかった。僕が今サムに同じことをしようとしても、そこまで強力な魔法を使えるかはわからない。

「まあ、そうだな。嘘だよ。自分で、バラバラになったんだ」

 サムはあっさりと認めた。

「自分でそんなことをした理由を聞かないのか?」

「見当はつく」

「言ってみろ」

「自分を殺人の練習台にしようとしたんだ」

 サムはクックッと笑った。

「さすが、正解だな」

 少し考えるようにして、サムは話した。

「ああやって誰かを殺すことは考えてた。一回試してみようと思ったんだ。死ぬほどではないと思ったけど、死にかけて……でも、私以外の魔法使いだと、間違いなく死ぬだろうな。馬鹿らしいから、嘘をついてみたが、隠せないものだ」

 なんとか生きていたとはいえ、人として死んでおいて、のんきなものだと思った。僕を残して一度死んだわりに、死んだことに対してあんまり後悔をしていないようで、悔しくなる。

「今度はもっと手が込んだ嘘をつくことにするよ」

彼は自分の左手で顔から首の傷を伝い触る。今にも剥がれ落ちそうな皮膚を撫でて、眉をひそめた。

「醜い姿になったことを悔やんだことはない。魔法使いはもともと醜いからな」

 今の姿が醜いというのには、同意する。継ぎ接ぎの怪物のような姿になり果てたサムを見るのは辛かった。死体が無理やり動いているというのを実感する。

「君にそんな劣等感があったとは、驚きだな……」

 サムは呆れるように笑った。

「劣等感くらい、誰にでもある」

とりとめのない話だ。死ぬときまでそんなことしか言えないのか。もっと何か話したいことがあるんじゃないのか。だけど、そんなの僕もそうだ。君が死ぬまでに言いたいことも思いつかないし、君を非難する言葉も思いつかない。僕にとって、死んだ人間なんだ、君は。君も僕も、魔法使いとしての君を殺したかっただけなのに、人を殺したんだ。

その時、最後に確認したいことを思いついて、僕は慌てて話す。

「そういえば、君が手だけだった時に、人を生き返らせてやるって約束してくれたんだけど」

「手だけの時に? そう、なのか。だが、私にはもう……」

 手だけのときは記憶がないと言っていたし、サムにも記憶は引き継がれていないのだろう。別に、叶えてほしくてこの話をしているわけじゃない。

「いいんだ。無理だって僕もわかってたし……それに、生き返ってほしかったのは、君だから。約束は守られてるよ」

 サムは苦笑した。その動きで頬の皮膚が解ける。もうすぐか。

「今から死ぬけどな……」

「君とまた会話が出来ただけで十分だよ」

 しん、と静寂が訪れる。崩れ切った学校の真ん中、学校だったその場所、数年前に君が自殺を図ったその場所にサムはいた。彼はヒュッと息を吸う。

「手を煩わせて悪かったな、ピース」

 一拍おいて、ごん、と鈍い音が辺りに響いて、しばらくしてサムの頭が冷たい地に打ち付けられたことに気づいた。結び目がほどけた継ぎ接ぎの身体は人形のように冷え始めていた。あの時と同じ景色だった。一つ違ったのは、火花が散らなかったことだけだった。


 あの瞬間、魔法は、僕とサムの手によって葬られた。

 魔法使い、もとい魔法を使える人間はいなくなった。魔法が使えなくなった当初は多少混乱して、それはそれで世の中も騒々しかったものだが、元々魔法が事故のせいで恐れられるようになっており、魔法を使うこと自体消極的になっていた流れで、あんなものは無くても良かったのだ、と案外すんなり魔法は亡きものとされた。

あのあと、僕はあの学校だった場所でサムの身体をかき集め、土の中に埋めた。埋めたところで何になるわけでもないことは承知している。僕なりの願いであった。僕が手にかけたのだから、それくらいの責任はまっとうすべきだ。土にまみれていくサムの左手を見ながら、最後にこの手くらい治してやりかったな、と思った。でも、僕の手の傷も治っていないから、お互い様かもしれない。

「君は、本当に手を焼く友人だったよ」

グローブを自分の手から抜き取り、手を合わせ、祈るようなポーズをとる。最後に君に鎮魂の魔法を。その辺りの花を手折ってサムの前に供える。君が生まれ変わったそのときには、その手には何の傷も付かないように。

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