第3話
下の階に着いたわたしは、スマホで時間を見る。
もうすぐお昼の12時が来ようとしていた。
そういえば、今日はこのまま帰っても何もなかったはず。
すぐ食べられそうな物がないことを思い出して、食品コーナーへ寄ることにした。
午前の保育が終わったころだろうか。
制服姿の園児らしき子どもが一人お菓子コーナーにしゃがんでどれにするか選んでいるようだった。
しかし、近くに保護者らしき姿が見えず、思わず気にかかる。
しばらく、それとなく見ているとおばあちゃんらしき中年の女性がやってきた。
カゴの中にはお昼に食べるのだろうか、お弁当が入っていそうな感じである。
「ハルトくん、今日のおやつは選んだ?」
女性が話しかけると、ハルトくんと呼ばれた子どもはグミの袋をぽいっと投げるようにカゴに入れる。
すると、女性はほんの少し怒った口調で「入れなおし」と言って、ハルトくんに戻した。
「ほらほら、ばあばが普段から言ってることよく思い出して」
そう言って促すと、ハルトくんはまた投げ入れるようにしてグミの袋を入れた。
本当に分からないのか、ふざけているのか。わたしには判別がつかない。
見守っていると、女性はぴしゃりと言った。
「じゃあ今日のおやつは無しでいいかしら?」
「やだ!」
「それじゃあちゃんと思い出してちょうだい」
「……うーん」
おばあちゃんと子どものやり取りが続く。
「グミは投げてもいいものだったかしら?」
「しらない」
「じゃあもう一度言うから覚えてね」
そういうと、おばあちゃんはどう入れたらよかったのか丁寧に話して聞かせた。
「はい、どうぞ。もう一回入れてみて」
すると、今度はふざけることなく、グミをゆっくりとカゴの中へ入れる。
さすが先輩の所作。わたしは静かに心の中で拍手を送った。
おばあちゃんもニッコリ笑って「それじゃあレジへ行きましょうか」と言うと、二人はレジのほうへと向かっていった。
わたし自身けっして物覚えのよいほうではない。これは今も昔も変わらない。
父親の馬乗り事件も、下着の一件も、その他のことだって、何も一度や二度の失敗で起きたできごとではないはずだ。
自閉スペクトラムの診断を受けた今、これまでに何度も失言し、失敗し、虫の居所が悪いときに耐えられなくなっての一撃だったのだろう。
それはもちろん親だけではない。周りのすべてに言えること。
友だちだと思っていた子から鍵を隠された小学生のころに、クラスメイトから上履きに水を入れられた中学時代、ぼっちで過ごした高校時代。
今にして思えば、すべてが繋がって腑に落ちた。
ただ、かと言ってその行動がどういう意味を持つのか。どういう結果をもたらすのか。
それに考えが及ばずに出た行動を、わたしはこれからも許すことはできないだろう。
そんなことを考えながら他人丼を一つ選ぶと、レジへと向かいスーパーをあとにした。
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