ラストコンサート
仲原鬱間
ラストコンサート
テレビは本日も砂嵐状態。風の吹きすさぶ今夜は、外の世界も砂嵐。砂に侵食され乾き切った惑星で、ぼくだけがひとしずくの血のように取り残され、半分砂の海に埋もれた校舎の教室で息を潜めていた。
明日は晴れますように。かつては毎朝聞いていた天気予報がロストテクノロジーになってから、寝る前に祈ることが習慣になった。本当は、ぼく以外の人に出会えればいい、とか、その人がとてもいい人で、この孤独をわかち合えればいい、とか、神様にも仏様にもお願いしたいことはたくさんある。けれど、二人とも人類を見捨てて遠いところへ旅立ってしまった結果がこの世界だと思うので、ぼくは、自分ひとりが少しだけ救われるようなささやかな祈りを、これから見る夢のお供のポップコーンかコーラにするに留めている。いつだって、楽しい映画はいっこうに始まらず、ぼくはただ暗いスクリーンを眺めて、気がつくと朝になっている――でも、ぼくの祈りがどこかに届いたのか、次の日はよく晴れていた。
文明の遺構を目印にしながら砂漠をさまよい歩いて、生きていくための物資をかき集める。昔から災害の多い国で、もしもの時にたくさんの人を救うべく備蓄された保存食は、今はぼくひとりを生かすのに役立っている。大きな保管場所を一つ見つけることさえできれば、数ヶ月は生きていくことができた。砂をかき分けて探すのが大変だけれど。
砂を掘っていると、たまに人の形をしたものを見つけることがある。でも、それは人間ではなくて、人間のように砂にならなかった無機物――アンドロイドだった。今までにぼくが見つけたアンドロイドは、みんな機能を停止していた。死体が残らない人間の代わりに、瞳を閉じて、人間らしく死んでいた。
けれど、その日ぼくが掘り出したアンドロイドはまだ生きていた。筋肉質で、美術の教科書に載っている彫像のように彫りの深い顔立ちの『彼』は、瞬きを一つすると、意を得たようにしなやかな腕の筋肉をうごめかせて体を起こした。うっとりと微笑んで、砂粒をつけたままの唇をぼくの耳元に寄せ、
「本日はどのようなヨロコビを提供しましょうか……?」
そいつは、いかがわしい目的のために作られた人間モドキだった。もちろんぼくにそんなシュミはないし、数え方さえ間違えていなければ、そんなサービスを利用できる年齢にも達していない。
「周囲に他の生体反応なし。奉仕不可。存在理由を定義することができません」
ぼくが未成年だと答えると、そいつは機械的に発声した。
存在理由なんて、ぼくが教えてほしいくらいだ。この星にたったひとり取り残されて、今のぼくは、死ぬのが怖いから消去法で生きているだけ。生きる意義なんて、とっくの昔に、何なら人類がみんないなくなる前から見失っている。あった方が良いことは、周囲から何度も言われていたから百も承知だけれど。
ぼくはしばらく迷ってから、彼に尋ねた。
「歌ったり踊ったりは、できないの? 全年齢向けの……」
――可能ですよ。そう答えた彼の瞳に、星が瞬いた気がした。
それから、アンドロイドは歌って踊るようになった。努力家の彼は、アクセス可能なデータベースから過去にこの地で栄えていた文化をできる限り拾い上げ、全力で未成年者をよろこばせようとした。
ぼくはいつの間にか、子どもの年齢ではなくなっていた。ぼくがおじいさんと呼ばれるような歳になっても、彼は歌って踊り続けた。
ものぐさな子どもの部屋のように、点々と文明の遺物が散らばる砂漠の夜。月明かりをスポットライトにして、おもちゃのマイクを手に、彼は今夜もステージに立つ。
セトリはぼくの好きな曲ばかり。たったひとりの観客は、残された力をふり絞って、自作のうちわを掲げる。
『ファンサして』
この星でたったひとりのスターが、熱烈なファンに向かってウインクをする。
悪くない最期だと、ぼくは思った。
ラストコンサート 仲原鬱間 @everyday_genki
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