第2話 「久しぶり、朔くん」 ②



母親には事情を説明して、俺は病院のロビーであいつが出てくるのを待った。




……あーもー、俺何してるんだよ……

まさか、このまま目覚めないとか……無いよな。




先程まで自分と触れていた人間が死ぬかもしれないと思うと、急に自分を包み込む空気の温度が下がった気がした。

実際、アイツに触れて濡れた部分が乾いてきて、少し肌寒い。

横長の椅子に座って待っていると、40歳くらいに見える2人の看護師が、困った顔を見合わせながら何かを話しているのが見えた。




まぁ、大体予想はつく。




俺は看護師達に声をかけた。




「あの……何かあったんすか」




すると、2人の看護師が一斉にこちらを向く。




うお、シンクロ。




呑気にそんなことを考える俺を見て、看護師たちはパアッと顔を明るくする。




「え?ああ……って、あなた!さっき女の子を抱えて来てくれた子じゃない?」

「まぁ、はい、そうすね………」




すると2人は顔を見合わせ、1人が俺の手を取った。




なんだ急に?

……でもなんか、面倒なことになりそうな気が……




「ちょうどいい所に!あの子、制服のどこにも名前が入っていないし、ずっと名前が分からなくて……だから、保護者の方をどうやって呼ぼうか考えてた所なのよ」




ちょうどいいって……俺も保護者じゃないけど。

でも、何故かあいつの事は無視出来ないような気がした。




そう体が、脳が、言っている。

まぁ、どっちにしろ看護師の勢いに気圧されて断れなかったかもな。




面倒くさいけど、俺は2人のうちの1人の看護師に連れられ、2階の病室まで向かうことになった。




204……ここか。




その部屋のドアを開け、中に入る。

ベッドの上には、すーすー寝息を立てながら眠っているそいつの姿があった。

ベッドはひとつしかない。




個室なのか。




ベッドの横に立ち、顔を覗き込む。




……ほんと、




「綺麗な顔してんな……あっ」




ばっか俺何言ってんだよっ。




そう自分に焦りながら、そして看護師の目線を気にしながら、もう一度そいつを見る。

肩のあたりまである綺麗な黒髪が今は乾いていて、窓から入ってくるその風に毛先が揺られている。

驚くほどに色白で、まつ毛の長い整った顔。

まるで本の中から出てきたみたいだ。

そんなことを考えていると、気づいた時にはもう既に自分の口が動いていた。




「こいつは……どうなんですか」




ふと、本能的に放ったその言葉。

どうしても気になったのだ。

何か大きな病気なのか、どうして倒れていたのか。

初対面の人をここまで気にするのは気持ち悪いかもしれないが、そんなこと知るか、とまで思う自分がいたのは何故なのか。




看護師は、俺の言葉に気まずそうにして。




「それが……」

「……?」




その時に気がつく。

その看護師の目が、少し赤いことに。




患者が亡くなりでもしたのか……?




なんて失礼極まりない予想をし、だから頭が混乱して、口ごもっているのかと思っていると。




「……その、分からないんです」




看護師は、やっと答えを口にした。

でも、あまりいい反応が出来ない答えに、聞かなければよかったかと後悔する。




「分からない?」




分からないなんてこと、滅多にないだろ。

じゃあまさか、こいつは何か大変な……

いや、決めつけるのは良くない。

最後まで話を聞こう。




「体とかに何か問題がある訳でもなくて、今だって寝ているだけ。本当、どうして倒れたのか……ストレス、とかなのかしら」




本当に、こいつが倒れた理由は分からないらしい。




ちなみに今、俺こいつの保護者って事になってるんだよな?

歳ほとんど変わらなそうだけど。

ってなると………帰っちゃダメだよな。




これから俺はどうすべきなのか判断すべく、看護師に聞く。




「あの、今日こいつは入院ですか?」




そう問いかけると、ハッとした顔をして、説明を始めた看護師。




「えっとね、今日の7時くらい……って言ってもあと1時間くらいね。7時までに目を覚まさなかったら1日入院ね。でも目が覚めて何も問題が無いようだったら、今日中に帰れるわ」




時間はあるし、問題ないな。

まぁこいつがどうするのかによって、俺の都合も変わる訳だが。

まだ目を覚ましていないので、今の状態ではなんとも言いようがない。




「そうですか、分かりました」

「じゃあ………ちょっと看ていてくれる?私、ちょっとまだ仕事があってね……」




申し訳なさそうに言う看護師。




こんなの断れないだろ……




「ああ、全然大丈夫っす。看ときます」

「本当に?ありがとう!じゃあ、この子をよろしくね」

「?はい、ありがとうございました」




俺は違和感を覚えた。




子供だったとしても、普通患者のことをこの子って言うか……?

まぁ、小児科とかなら有り得る……か。




と思いながらも、ツッコミは入れないことにした。

そこまで気になることでもないし、面倒だし。




そして、看護師達は病室を出て行った。

その出て行く背中を見ている時、




「………さくくん」





と名前が呼ばれた気がして、バッと後ろを振り向く。

でも、そいつは先程と変わらず静かに寝ていた。




まぁ、そんなはず無いよな………目覚めてないし。

それにそもそも名前言ってないし。

座って待っとくか。




そして、俺はベッドの横の椅子に腰掛ける。

病室を見回したり、こいつの顔を眺めたり、髪に触ってみたり。

そうしていると、外は大分暗くなってきて、月が辺りを照らし始めた。

そんな時。




「…………」




そいつは、目を覚ました。

その時、見ず知らずのこいつが生きていることに、何故かすごく安心した自分がいた。

自分自身は死にたいと思っているにも関わらず。

自分の目の前で人が死ななかったからだろうか。




……もし、そうでないなら……?




面倒くさいことを考えながら、俺はそいつに声をかける。




「大丈夫か?ここ、病院だぞ」




あまり状況が把握出来ていないのか、何も答えないそいつ。

そして少し経ったら口が開かれていき、何を口にするのかと不思議に思っていると、そいつは衝撃の言葉を口にした。




「おはよう。それと……久しぶり、朔くん」




体を起こしながら微笑んで放ったその言葉。

それが俺には信じられないことで、頭が混乱する。

こんなに忙しなく頭を動かすのはいつぶりだろう。




こいつ今、俺の名前言ったよな?

それに、久しぶりって……どういうことだ?

無意識に言ったのか。

いや、思い返してみても言ってない。

じゃあ昔の知り合い?

でもこんな綺麗なやつなら、忘れないだろ。

なら、なんでこいつは俺の名前を知ってるんだ?




それが不思議で仕方がなく、敬語じゃなくなっていることに違和感を持たないまま、起きたばかりのそいつに勢いよく身を乗り出して言ってしまった。

鼻が触れるまで、ほんの10センチといったところ。





「なぁお前、なんで俺の名前知ってるんだ?」




その問いの意味をあまり分かっていなさそうで、そいつは布団の一点を見つめている。

そして少し経つと、ハッとした表情を見せ、少し慌てる。




ん?

なんだ?




すると。




「あ、ええっと……勘?みたいな」




そう言って、そいつは両手で顔を覆った。




………どういう反応?





そして気のせいかもしれないけど、手で覆われる前に見えた表情が……とても、悲しそうで。

今にでも泣き出してしまいそうに見えた。

でも、すぐにそいつは手を顔から離し、その時もう既に表情は普通になっていた。




あんな表情が見えたのは気のせいか?

でもそれにしてははっきり……いや、もう考えるのやめよ。




そうして自分で強引に完結させる。




それとなんだよ、勘って。

無理あるだろ。

もうちょっとマシな言い訳……




そんな時、俺はある事を思い出した。




「なぁ、お前名前は?」




名前が知りたかったのだ。

突然砂浜に現れた、綺麗で不思議の多いこいつの名前を。

そう聞くと、少し目を泳がせてその名を口にする。




「唯鈴………遠永唯鈴」




唯鈴………




「名前まで綺麗だな」




すると、唯鈴は勢いよく俺の顔を見て、見つめてくる。




?………って、まさかっ




「口に出して………?」




恐る恐る唯鈴を見ると、




「うん、バッチリ出てた」




と満面の笑みで言われる。




バッチリ撮れたみたいに言うな……っ




「あ~~……」




最っ悪……っ




両手で顔を隠す。

多分、俺の耳は今、リンゴのように赤いだろう。

その様子を見て、唯鈴は首を傾げる。




「どうしてそんな顔するの?私嬉しかったよ!名前が綺麗って言われたの、初めてだったし!」

「~~、そーかよ」




こっちは恥ずかしいだけだけどな。




こうして、俺と唯鈴は少し……いや、結構変な出会いを果たしたのだ。

すると唯鈴は、もう体調には何も問題が無いようで、元気にベッドから降りようとする。




「じゃあ、帰ろっか」




こいつ元気すぎだろ。




「ちょっ……と待て。まだ安静にしてろよ、倒れてたんだから」




そう言って、唯鈴をベッドに座らせる。

唯鈴の体調は本当に大丈夫なのか、無理はしていないのか、そして何を考えているのか分からないのが不思議で、俺は唯鈴をジーッと見る。

すると、唯鈴はニヤッと笑って。




「もしかして……見惚れてる?」

「バッカ違うわ!」




こいつ、恥ずかしげもなく何言ってんだよ……っ

……なんて言うけど、正直少し否めない。




それが少し悔しい。

でも流石に出会って間もない女相手にバカはまずかったか、と心の中で反省する。




「……で、唯鈴、家は?どこ?」

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