第3話 「久しぶり、朔くん」 ③


ギクッ




本当に音がしそうなくらい分かりやすく動揺する唯鈴。




「えーと……あっ、そう、海に流されちゃったの」




はあ?




サラッととんでもない事を言う唯鈴。




そんなわけないだろ。




「ボケるならそんな分かりやすく考えるな」




これで騙せるとでも思ってたのか、と不思議に思う。

唯鈴は俺の言葉にムッと怒ったような顔をして、何か一人でブツブツ言い始める。




「だってそんなこと言われても分かんないよ……」




なんで分かんないんだよ。

本当、よく分かんないなこいつ………




今までに見た事のないタイプの人間に、少しの……いや、結構な戸惑いを覚える。




「で、家は?ふざけるのナシだぞ」

「………火事」「ふざけるなって言ったよな?」




またふざけようとするから、俺が咄嗟に阻止する。




こいつ結構面白いな?

でも今は正直に答えてくれた方がいいんだが。




「はい、で、本当は?もうボケには飽きたぞ」




そう言うと、ぷくーっと頬を膨らませる唯鈴。




可愛い……って、ちょっと待て。

俺何考えてんだよ、キモすぎ……っ




自分のことを更に嫌いになる。

こんな形でなるとは思ってなかったけど。

まぁそれは一旦置いといて。

唯鈴の顔に騙されないうちに、早く家の場所を聞き出さなければ。




「そんな顔してもダメだ」




その言葉に、もう通用しないと思ったのか、唯鈴は口を開く。




「無いっぽい的な、分からないみたいな……やつだよ!?」

「勢いで押し切ろうとすんな!」




本人もよく分かってないな?

その証拠にはてなマークまであるぞ?




嘘つくの下手なんだな、と思っていると、唯鈴は何故か自信満々の顔をして。




「でも大丈夫よ。私こう見えて結構体丈夫だし、生きていけるわ」




お前倒れてたんじゃないのかよ……




「生きてけりゃいいってもんじゃないだろ、親は?」「親?」

「ああ」




すると、唯鈴は下を向く。

そして、気まずそうに口を開いた。




「……いないの」

「……あ……」




俺、考え無しに言い過ぎ……




悪い、と言って謝ろうとしたとき。




「ごめんね、困らせちゃって……」




唯鈴が俺よりも先に謝ってきた。




なんで謝るんだよ………今のは絶対、俺が悪かった。




そう、この時の俺は、ただただ申し訳ないと思っていた。

彼女の言ういない・・・が、どういう意味のいない・・・なのか知りもせず。




「いや、悪い……考え無しに言って」

「ううん、大丈夫。気にしてないから」




家がない。

そして親がいない、か………




今までどう生活してきたのか不思議に思ったけど、さっきヘマをしてしまったから聞くのはやめることにした。

さて唯鈴をどうすれば、と考える。




……これ、いいのか……?




俺はある案を思いつく。




「唯鈴、ちょっと待ってろ」

「?うん、分かった」




そして俺は病室の中で母親に電話をかけ、事情を説明する。

母親も、最初こそ躊躇ってはいたものの、最終的には了承してくれた。




「唯鈴、俺の家に来い」

「え……?」




そう。

俺の考えた案は、俺の家で唯鈴を住まわせることだ。

他に行く宛てないだろうし、また倒れられても困る。




……いや、別に心配なワケじゃないけど。




唯鈴はあまりにも急な展開に目を見開く。




「なんでそんなに驚くんだよ。ほら、行くぞ。あ、そういえば体調悪いとか無いか?」

「大丈夫だけど……」

「なら行くぞ。そういやお前荷物何も無いな。あ、さっきの制服は……」




唯鈴は今病衣を着ていて、部屋の中に制服らしきものは見当たらなかった。




病院で預かってくれているのか……?




とりあえず、唯鈴が目覚めた事を先程の看護師に伝えに行くことにした。




「唯鈴、歩けるか?」

「もう!大丈夫だよっ」




嫌な予感しかしない。




「歩くくらいどうってこと……」




そう言いながらベッドから立ち上がる唯鈴。

でも、足に力が入らないのか、バランスを崩した。




言わんこっちゃない……っ




「あれ」




俺は、3メートルほど離れた場所にいる唯鈴を咄嗟に支えた。




……はぁ、危な。




「……ほら、言っただろ」

「むう」




支えられたはいいけど、ここからどうすれば。




……まぁ、エコバッグくらいしか荷物も無いし。




「ほら、乗れ」




俺はしゃがみ、唯鈴に背中を向ける。

これが一番手っ取り早い。




「乗るってどこに?」

「背中にだよ、見てわかるだろ?」

「あっ、そうだよね。私何言ってるんだろ、あはは……」




本当に悪かったと思ってるのか……?

と言うより……唯鈴、本当に分かってなさそうだったような。




でも、そこからはちゃんと背中に乗った。

唯鈴を乗せて立った時。

思わず、声が出そうになった。

ここまで抱えてくる間も思っていたけど、あまりにも、唯鈴が軽すぎたから。




こいつ、ちゃんと飯食ってんのか……?




今までの唯鈴の生活は知らないが、良い環境でなかったことは確かだろう。

心配に思いながら、少し足早に一階へ向かった。




俺が声をかけたのは、病室まで案内してくれた方の看護師。

その看護師は唯鈴の様子を見るなり安堵の声をあげて、入院しないことがわかるとまだ半乾きの制服を申し訳なさそうに袋に入れて渡してきた。




「元気そうで安心したわ。体調には気をつけるのよ?」

「ご心配おかけしましたっ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございますっ」




俺と唯鈴が声を揃えて礼をする。

その様子に、看護師は心の底から安心しているような眼差しを見せた。




病衣のまま帰る訳にはいかないので、唯鈴にはまだ乾いていない制服を着させ、その上に俺が一応持ってきていたパーカーの上着を着せる。

そして、俺と唯鈴は病院を後にした。

帰り道、海を右手に足を進める。

その時、唯鈴が声を上げる。




「わぁっ、海だ!やっぱり海は綺麗だね、朔くんっ」




唯鈴の言葉に、足元に注意しながら一面に広がる海を見る。




もうだいぶ暗いな。




一瞬だけ唯鈴を抱えている左手を離し、腕時計を見る。

時刻は18時40分。

家を出てから2時間が経過しようとしている。




「ん?ああ、そうだな。でも俺はもうこの景色見慣れたぞ」




見慣れたからこそ、自分の絵にしたら、幼い頃の海を訪れた時に覚える高揚感がまた味わえると思い、海に絵を描きに来たのだ。

そこに唯鈴が倒れていた、ということを唯鈴に話す。

お前のせいで俺の予定が崩れたんだぞ、と言いたい気持ちは抑えて。

自分が発案したくせにまだ実感はないけど、これから唯鈴と一つ屋根の下で暮らすのだ。

そんな相手に言ってしまえば、家でずっと気まづい思いをすることになる。

それは避けたかった。




……まぁ、一緒に暮らすのは長くないだろうけど。




唯鈴は何も知らずに、すごい!と言って。

顔は見えないけど、目を輝かせていることは容易に想像できた。




「朔くん絵描くの!?いいなぁ、かっこいいなぁ。私の絵も描いて欲しいなぁ」




……これは、描けということだろうか。

それに……かっこいい、か。




俺の事を何も知らないくせに勝手なことを言う唯鈴に怒りを覚える。

そう、唯鈴は何も知らない。

アイツら・・・・は事情を知った上で言ってくるから余計怒ってしまうけど、唯鈴はそれすらも知らないのだ。

そんな人間に怒るのは違う。

そう自分に言い聞かせ、なんとか心を落ち着かせる。




それと……私の絵を描いて欲しい、か。




俺が唯鈴の絵を描き、本人に見せる所を想像する。

そこには、太陽のように眩しい笑顔で、ありがとうと言っている唯鈴がいた。




……悪く、ないな。




勝手な期待をして、唯鈴に言う。




「……じゃあ、今度描くか」

「えっ、いいの!?」




耳元で大きな声を出され、少し驚く。

声量考えろよ……と思いながらも、海を綺麗だと言った時よりも声のテンションが高いことに、まぁまぁの嬉しさを覚える。




……そんなに嬉しいのか、俺の絵が。




両親や友達の言葉は疑ってしまったけど、何故か唯鈴の言葉なら信じられる。

そう思うと、まぁまぁどころかただ純粋に嬉しかった。




……くそ、泣きそうだ。




唯鈴にバレないように瞬きを繰り返して、涙を引っ込める。

その間唯鈴は、ずっと嬉しいやらありがとうやら言っている。

……と思ったら。




「せっかくだし、海の近くまで行こうよ!」




と言い出して。




じゃあ行く……

って、危な。

こいつ絶対騒ぐだろ。

さっきまで倒れてたやつにそんなことさせられない。




「ダメだ。お前騒ぐだろ」

「ちょっ、失礼な!さささ騒がないし……」

「いや、嘘つくの下手すぎ………ふ、ははっ。ほんと、嘘つくの下手だなぁ」




次は笑い泣きで涙が出てくる。

笑い泣きなんていつぶりだろうか。

絵を叩かれ始める前からだから、3年ぶりくらいか。




……あれ、今俺、楽しいと思ってる?

唯鈴となら、また絵を………




そう思っても、数々のアンチコメントが頭をよぎる。




いや、俺はもう………




いつの間にか笑顔は消えていた。

そして気づけば、静かに




「倒れたんだから、安静にするんだ」




と唯鈴に言っていた。

唯鈴、落ち込んだかな。

と考えていると、唯鈴は少しの間を開けて、「じゃあさ!」と明るい声を上げた。




「また今度、海に来ようよ!」

「今度?」

「うんっ、私がすっかり元気になった時!約束!」




もうすっかり元気そうだけど?と言いたかったが、安静を理由に止めたのは俺自身だから言えなかった。




「……分かったよ」




来れるかどうか、分からないけど。

口約束なんてそんなものだ。




そんなことを考えている俺とは対極に、唯鈴はまた元気な声で。




「やった!楽しみだなぁ。いつ行こっか、朔くん!ふふっ、朔くんとのお出かけ、楽しみだなっ」




その言葉に、俺は思わず足を止めてしまいそうになる。




……え、そこ?

俺と行けるのが嬉しいのか?




海に行けるからという理由もあるんだろうけど、楽しみな理由の一つにが入っていることに嬉しくなる。




……なんなんだよ、調子狂う。




唯鈴はそんな俺に気づきもせずに、今度は俺の家や両親を知れることに対して楽しみだと言っている。




唯鈴は、俺の家と両親をどんな風に思うんだろうな。

優しい両親と落ち着くあの家のことはとても好きだ。

だから、素敵だと思ってくれたら嬉しいと思う。




そんな思いを胸に、唯鈴と話しながら家へ向かった。










家に着いたが、父親はまだ帰っていなかった。

一方母親は、唯鈴を見るなり




「まあ、とっても綺麗な子じゃない!私のことは椿つばきって呼んでくれたら嬉しいわっ」




と言って気に入った様子だった。

唯鈴はその母親のテンションに順応するまで1秒もかかっていなかった。




「椿さん、ですね!私、遠永唯鈴と言います。これからよろしくお願いしますっ。ところで椿さん、お肌お綺麗ですねっ」

「んも〜唯鈴ちゃんったら、お口が上手なんだから〜」




普段慣れていない人とあまり話さない俺は、母とすっかり仲良くなれている唯鈴の姿を尊敬せざるを得なかった。

母親は、先程までこれから唯鈴の部屋となる空き部屋を掃除していたらしく、唯鈴を可愛がった後には、すぐ2階のその部屋へと戻って行った。




「悪いな、うちの母親うるさくて……」




お前もだけど。




「うるさくなんてないよ!美人さんで優しくて最高のお母さんじゃん!」




まぁ実際、母には感謝してもしきれない。

最高のお母さんの部類に入るとは思う。




ぽわぽわしててちょっと危なっかしいけどな。




「唯鈴がいいなら気にしないが……」

「全っ然、大丈夫だよ!」




そうして、唯鈴は俺の家に住むことになった。

帰ってきた父さんも、驚きはしていたけど「これから家に帰ってくるのがもっと楽しみになったよ」なんて言っていた。

学校にも説明をし、唯鈴はこれから受験することになった。

勉強する期間を設けることも出来たが、唯鈴は必要ないと言い、翌日には受験をし、まさかの満点を取った。

そのことが驚きで、なぜ受験してもいない学校の制服を唯鈴が着ていたのか、疑問に持つことを忘れていた。




「お前頭良かったんだな……」

「うん、自分でもびっくり!」




と言って本当に驚いた顔をする。




なんで自分で驚くんだよ……ま、いいか。




翌日には、衣類や家具やらを買いに行くことにしたのだが、唯鈴はお金がかかるからいいと言った。

でもそんな訳にはいかないし、母親も「遠慮しなくていいのよ~」などと言っていたので、唯鈴を連れて買い物に行った。

服屋に入り、目の前のスカートを見ながら唯鈴は言う。




「本当に良かったのかな?」




こいつ、まだ気にしてんのか……




「いい加減折れろよ。気にすんなって言ってんだから。それでも唯鈴が気になるなら、将来金稼いで返せばいい」

「将来………」




唯鈴の顔が、一瞬曇ったのは気のせいだろうか。




「うん、そうするっ」




そして、選んだ服を大事そうに持った。




その時の表情が名残惜しそうに見えたのは、これも気のせいだろうか。




そんな疑問を胸に、あまり気乗りしない高校生活が始まる。




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