男と従業員
「なるほど。で……」
従業員はカウンターの向かいに立っている男を見すえ、確認した。
「なにをお求めでしたっけ」
「笹団子を」
店内放送がふたりを包み、静かな深夜の空間を埋める。まくしたてられる商品の宣伝。従業員は思った。早く帰りたい。病気の同僚に同情してシフトを代わったりするんじゃなかった、と。
短く息を吐いて彼女は答えた。
「ですから無いんですよ」
「なぜですか」
「ここはコンビニで、土産物屋ではないので」
「ああ……」
男はがっくりと頭を落とし、コンビニのカウンターへ両手で体重を預けた。
従業員は視線で男の頭頂部を射る。早く帰ってくれ、という願いを込めて。
それにしてもどういう格好だろう。軍服だろうか? 生地が真っ白で、金の縫い糸が鮮やかだ。どこの国のものだろう。あるいはコスプレか。
願いが通じたのか、男が顔を上げた。
「なんとかなりませんか」
「なりませんね」
即座に斬り捨てる従業員。しかし男はあきらめない。
「笹団子を売っている場所までは、どの程度離れていますか」
天井を見つめ、従業員は頭の中に地図を思い浮かべた。難しい質問だ。
「まあ新潟駅まで行けば……十キロはないと思いますが」
「わたしは二万光年を超えてきたのですよ」
身を乗り出す男。その目は充血している。
「そう言われましてもねえ」
従業員はカウンターから後ろへ一歩下がった。
ああ今年は厄年だったな、と従業員は思った。確認していないがそうに違いない。お祓いへ行こう。この厄介な客が帰ったらすぐにでも。
男は肩を落とし、すべての希望が失われたとでも言わんばかりにカウンターへ視線を落とした。
無言の時間が流れる。別の客が入ってきて、入店音が鳴った。
「最後の希望なのです」
聞かれてもいないのに、男は語り出した。
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