第13話 叔父上はちょろい


 そして私は叔父上に視線を向けた。私の判斷の甘さに文句でも言いたいのだろう。そのような顔をしている。


「叔父上が懸念することは何も起こりませんよ。ミゲルはこの9年間一度も領地には帰ってきていません。それは領地について何も知らないということに等しいのです」

「ならば、私からは言うことは何もない」


 これで隣国に行く途中で事故に襲われることもないだろう。

 叔父上の腕はとても長いので、注意が必要だ。


「それから、叔父上からのお話をお受けいたします」


 私はタバコを灰皿に押し付けたあと、叔父上に向って頭を下げた。

 黒騎士との婚姻の話を受けると。


 叔父上が私に弟の処分をさせたのは、辺境伯を続けさせるためだったのだろう。

 本当であれば、王太子殿下の誕生パーティーで騒ぎを起こしたということで、国から裁決がくだされてもおかしくはない状況だった。

 それを叔父上がミゲルの身を預かるということで場を収め、貴族からの反感を抑えた。


 私に結婚の話を持っていきやすいようにだ。

 このシスコンが私に辺境伯の座に居座らせたいことは知っていた。


 きっと叔父上にとって今回のことは良いきっかけだったのだろう。私に恩を売って、母の血を、王族の血を辺境の地に定着させるためにだ。

 ああ、そもそもそのような考えがあって、弟と第三王女が懇意になっているのを見逃していたのかもしれない。なぜなら他国の王女は黒騎士の監視対象になっているはずだからだ。


「ならばリリアシルファ。これにサインをしなさい」


 叔父上はそう言って、一枚の紙をローテーブルの上に置いた。婚約に関することだろうか……私は紙に書かれている内容を見て、叔父上を睨みつける。


「これは婚姻届ですが?」

「そうだね」


 婚約届ですらなく、婚姻届!それも国王陛下のサインがされており、ランドルフ・アルディーラというサインもされていた。


 やはり、これは私に選ばせるように仕向けていたが、既に決められていたことだったのだ! 選択肢なんて初めから存在しなかったのだ。


「リリアシルファ。君は今年で二十五歳だったね」

「はい。そうですが?」

「君が今までの婚約話を蹴ってきたのだ。跡継ぎは早めに作ったほうがよいだろう?」

「本音を言ってください、叔父上シスコン

「あの素晴らしい姉上の血筋を途絶えさせることなど、許されざることだ!」


 そういうブレないところは、流石叔父上だと納得してしまうが、婚姻届はやりすぎだと思う。せめて一年ぐらい婚約期間は欲しい。

 なに? 会ったその日に結婚って!


「叔父上。先に叔父上が結婚すべきではないのですか?」

「何度も言うが、姉上より素晴らしい女性は、この世には存在しないのだ。ランドルフはこのまま連れて帰ってよいからな」

「母以外の人を物のように扱うのは、止めたほうがいいと何度も言っていますよね」

「リリアシルファ。さっさとサインをしてモンテロール侯爵に謝罪に行ってきなさい」

 

 いつの間にか、叔父上の後ろに金髪碧眼の黒い騎士の隊服を身にまとった男性が立っていた。叔父上の部下は、人とは思えない行動をする部下が多いな。

 しかし、文句ぐらいは言っても許されるはずだ。


 私は婚姻届にサインをして、叔父上に差し出す。するとそのサインされた婚姻届を背後に立っている人物に手渡した。

 このあと、教会に持っていくように無言で促しているのだろう。


「叔父上。黒騎士アルディーラをこのまま連れて帰るように言われましたが、それは騎士団の方に不都合が生じるのではないのですか?」


 私の隣に立っている黒騎士は副団長と名乗っていた。ならば、『はい、そうですか』と私が連れ出すわけにはいかない。


「構わない。さっさと行きたまえ」


 叔父上は私が婚姻届にサインをすれば、全てが終わったというばかりに、追い出すように手を振っている。


「そうですか。では、弟のテオを黒騎士で、こき使ってください」

「はへ?」


 ここで自分の名前が出てくるとは思っていなかったテオから変な声が出てきた。

 テオ。シャキッとしなさい。


「よいよ。さっきの恋愛脳よりも、役に立ちそうだからな」


 ……シスコンに言われたくない言葉を言われた。私からすれば、似たりよったりだ。

 まぁ、叔父上からテオの腕を買ってもらえたのだ。それにミゲルの命を見逃してもらえた。

 これでいい。


 私はスッと立ち上がって、叔父上に向って頭を下げる。


「この度はガトレアールの為にお力添えをしていただき、感謝いたします。母に叔父上から良いように、していただいたと報告させていただきます」

「ふむ。姉上には私のことを、大いに褒め称えてくれればいい」


 ここさえ抑えておけば、叔父上はちょろい。へんな贈り物より母から叔父上に声を掛けてもらった方が、今後も良好な関係でいられるのだ。


「はい」


 私はそう答えて、叔父上の離宮を後にした。弟のロベルトとテオは叔父上にひきとめられていたため、私は婚姻届にサインがされていたランドルフ・アルディーラと二人で、モンテロール侯爵に謝罪に行くことになってしまったのだった。



__________


「やっと行きましたね」

「はぁ……アレン。ランドルフは大丈夫だと思うか?」


 赤い髪の男性というには、綺麗な顔立ちの黒い騎士の隊服を着た者が、大きくため息を吐いて背後に立っている金髪碧眼の男性に声をかけた。


「……さぁ。今までは我々が止めていましたからね」

「そうだよなぁ。リリアシルファに近づく者を全て射殺さんばかりだったからな」

「魔眼の黒騎士の噂は聞いていますが、姉上はいったい何をしたのでしょう」


 魔眼の黒騎士。それが、黒髪の男の二つ名なのだろう。その名の響きからは、あまり良い印象は受けない。

 そして、その質問した者は空のような色の髪と瞳が印象的な十九歳ほどの青年だ。どうも己の姉が何かをしたと決めつけている。


「リリアシルファとしては、いつもどおりのことだったのだ。お前たちならよくわかるだろう? 庶子は貴族として扱われないと」


 その言葉に同じような空色の髪色をした兄弟がなんとも言えない表情をしている。領地では、姉弟が別け隔てることなく過ごしてきたが、王都に来てみれば、それが異常だったと思わせられたと。


「あれは、ほぼストーカーですね。ガトレアール辺境伯が王都に来たとなると、業務を放りだして、尾行していましたからね」

「しかし、話しかけるのかと言えば、何を話して良いのかわからないと近づけなかったのに……今日はどうして一緒に、来たのだろうな」

「あ……それは」


 何かを知っていそうな十六歳ぐらいの空色の髪の少年に視線が集まる。


「お姉様が公開演習に飽きて、王立図書館に行こうとリンヴァーグ公園を通り抜けていたところ、黒騎士副団長にスパイと間違われたと言っていました」


 その言葉を聞いた二人の黒い騎士の隊服を着た者が、揃えたように大きくため息を吐いた。


「緊張しすぎて寝れなかったと言っていたよな」

「言っていましたね」

「人を射殺しそうな顔をしているから、仮眠してこいと、私は命じたよな」

「はい。アレは視線だけで、人を殺せそうでしたね」

「もしかして、闘技場の近くの公園まで行って、寝ていたとか言わないよな」

「副団長ならありえますね。それで何も知らないガトレアール辺境伯が近づいて、寝ぼけた副団長に殺されかけたと……」

「リリアシルファにランドルフの寝起きが、すこぶる悪いと一言いっておくべきだったか?」

「……返答は控えておきます。私は教会に書類の提出に行ってきますので、御前を失礼させていただきます」


 元々婚約というものを避けていた辺境伯に、結婚相手のマイナス要因を言うことは、この婚姻が成立に至らなかった可能性がある。そのため、金髪碧眼の黒騎士は返答をせずに、サインがされた婚姻届を持って、部屋を出ていったのだった。


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