第12話 恋は落ちるものというが
私は額に手を当てて考える。私の伴侶に強さが必要と言えば、必要ではない。
だが、領地の防衛となればかなりの戦力となる。これからのことを考えると、力は必要だ。
今回のことは、隣国のアステリス国側が何かしら動いていると思われた。
第三王女が弟に目をつけたのは偶然ではないと私は見ている。
ミゲルから情報を得たかったというのもあるが、次期当主と決められているミゲルとの間に子供ができたとなると、責任を取れと言い寄って、結婚相手になれば、ガトレアール辺境伯夫人となる。
そうなれば、アステリス国はガトレアールに進軍しやすくなる。
もしミゲルが次期当主から外されたとしても、ミゲルからの領地の情報を元に進軍してくるだろう。
本当はこんなところで時間を費やしているのがもったいないぐらいだ。
しかし最低限、モンテロール侯爵と王太子殿下に頭を下げに行かないとならない。
ならば戦力となる人材は必要不可欠だ。叔父上が認めた者であるなら、今の言葉に嘘はないのだろう。が、その条件が私の伴侶……伴侶……私が結婚するのか!
結婚なんて私の頭の中に存在しなかったものだぞ。
「何か私では問題があるのでしょうか?」
黒騎士が不安そうな声色で聞いてきたが、黒騎士が悪いわけではなくて、私の心の問題だ。いや。
「貴殿が問題ではない。私は弟のミゲルを当主に受け継がせることを考えていたのだ。それが叔父上からこの話が出てきたということは、ミゲルに辺境伯の地位を受け継がせることを、国王陛下はお認めにならないということなのかと思ってな」
色々ブツブツと言っていても、結局のところ、私が戸惑っている一番のところはここだ。
庶子とはいえ、男児であるミゲルを当主と立てることを否とし、私にこのまま辺境伯に居座るように示唆されているのだ。
「え?」
その声にこの部屋にいる者たちの視線が集まる。その声を発した者は両頬が赤い弟のミゲルだ。
いや、この流れでどうして辺境伯を引き継げると思ったのだ?
今までの話を聞いていなかったのか?
っというか、私が怒っていた理由がわかっていなかったということか? では、何に対して謝っていたのだ?
「ミゲル。私が何に対して怒っているのかわかっているのか?」
「それは、魔鉄を取引しているモンテロール侯爵家との婚約を破棄したからです」
それも怒っていることだ。婚約破棄など何故簡単に口にできるのだ。破棄だぞ。破棄。
この状況のどこにモンテロール侯爵令嬢に不手際があったというのだ。どう見てもミゲルの方が悪いだろう。……もしかして、自分が悪いと思っていないのか?
あの謝罪の言葉は本当に、モンテロール侯爵家と取引を破談にしてしまったことに対して謝っていたのか?
愚かしいことこの上ない。
モンテロール侯爵の謝罪にミゲルを連れて行こうと思っていたが、これだと相手側を怒らせるだけだ。
そのために痛々しい感じに殴って、こちらはミゲルに対して罰を与えたと見せつけようとしていたのに、本人がこのような感じでは、謝罪の意味がない。
「ミゲル。国王陛下はアステリス国の王女を辺境伯の妻とすることを良しとはしないだろう」
「そうですよね。マルガリータは私にはもったいないほど素晴らしい女性です。嫁ぐのであれば、王族の方々だとわかっています。しかし、私はマルガリータを妻に迎えたいのです」
「ではそのために全てを捨て去る覚悟があると言うのか?」
「全てを?……はい! マルガリータを私の妻にできるのであれば」
妻にできるか……愚かしい。実に愚かしい。父の何を見てきたのだろう。義母君の何を見てきたのだろう。
いや……これはきっと……亡霊がいらぬことをミゲルに吹き込んだ結果だろう。本当に腸が煮えくり返る思いだ。
「叔父上。それで、国としてミゲルに対しては、何も罰を与えないということでよろしいのでしょうか?」
「そうだな」
では、私はここでミゲルに対して、今回の罰を与えなければならない。幽閉も考えたが、これは十二年前のことが脳裏によぎってしまう。
死罪にするほどの罪ではない。
ならば、マルガリータ第三王女と共に国を出ていってもらうほうが、ミゲルの望みも叶い、対外的にも他の貴族の方々が納得する形だろう。
次代の王となる王太子殿下の顔に泥を塗ったのだ。重い罰の方が、各方面からの文句は出て来ないだろう。
「ミゲル。今回の問題は婚約破棄もそうだが、一番の問題は王太子殿下主催のパーティーで騒ぎを起こしたことだ。それも婚約者のモンテロール侯爵令嬢に婚約破棄を言い渡し、アステリス国の王女を己の婚約者にすると言ったことだ。これは我が国より、隣国アステリス国を選ぶと宣言したことに等しい」
「そんなことはありません。問題はモンテロール侯爵令嬢にありました。私に非はありません! それに私の国はこの国です!」
はぁ、やはりミゲル自身は悪くないと思っているのか。そもそも婚約者がいながら、他の女性の手を取るという行為に疑問を抱かなかったのが、問題だ。
一応、後ほどモンテロール侯爵令嬢からも事情を聞くことができればいいのだが、叔父上が動いている時点で、どちらに問題があるのか明白だ。
「だから、全てを捨てる覚悟はあるのかと聞いたのだ」
「それはもちろんあります!」
凄く嬉しそうに返答されたのだが、ミゲルは罪悪感よりも第三王女と共に居られることの方が勝っているようだ。
ミゲルは王都にいる九年間で色々変わってしまったのだろう。
悲しいことだ。私はミゲルに辺境伯位を譲るために、色々してきたことがムダになってしまった。いや、ムダではないが、私の心には虚しさが満ちている。
この判斷をくださなければならないことに。
「ガトレアールの名をもって判決をくだす。ミゲルカルロ・ガトレアールを国外追放に処する」
「なぜ?」
「わからないか?ミゲル。ミゲル自身がそうは思っていなくても、多くの貴族がいる場で王太子の顔に泥を塗る行為をしたのだ。処罰されて当然だと思わなかったのか?」
「しかし、私の婚約に王太子殿下は関係ありません」
「関係ない? 本当にそう思っているのか?」
え? これを私が一から説明しなければならないことなのか?
私は頭が痛いと額を右手で押さえる。
無意識で左手は軍服のポケットからタバコの箱を取り出す。箱を振って紙タバコが一本出たところで、咥えて引き抜く。
箱をポケットに戻して、左指から火を出そうとしたところで、横から火を出された。
いや、部下みたいなことは、しなくていいのだが。まぁ、ありがたく黒騎士が出した火をもらって、タバコに火を付け、口から紫煙を吐き出し、イライラを抑える。
「色々言いたいことはあるが、私からミゲルに最後にしてやれることだけを言おう」
きっと学園というところは、行かなくてもいいところなのだろう。こんな基本的なことを理解できないのであればな。
私はタバコを持っている左手の腕輪から、膝の上に片手で持てるぐらいの大きさの革袋を出す。
それをミゲルの方に投げ渡した。投げた革袋を受け取ろうとミゲルが手を出すが、受け取れず革袋の紐が床に当たったことにより緩み、中身がこぼれ出てきた。
そこからはいろんな種類の宝石と、この国のお金がジャラリと出てきた。。
「餞別だ。宝石は全部第三王女にくれてやれ、それで己の身の安全を買え。お金は贅沢をしなければ五年は暮らせるだけはあるだろう」
「あの……身の安全とは?」
「はぁ」
紫煙と共にため息がこぼれ出る。よく隣国の状況も知らずに、第三王女と一緒になりたいと口にしたものだ。
「ミゲルが知っている情報もくれてやれ」
学園に通い出してから九年間一度も領地に帰って来なかったミゲルの情報など、たかが知れている。
ミゲルにとってそれが真実だ。
「第三王女も喜ぶだろう」
「はい!」
はい……か。全く罪悪感がないのだな。
恋とは落ちるものだと言うが、全く周りが見えないとは、恐ろしいものだ。
「ミゲル。もう行っていい。もう会うこともないだろう。姉としては、ミゲルにこの地位を譲りたかったよ」
「姉上。ありがとうございます。私とマルガリータのことを認めてくださって」
……認めてはいない。が、事を収めるのにミゲルに罰を与えなければならなかったというだけだ。
ミゲルはこぼれ出た宝石とお金を革袋に戻して、嬉しそうに部屋を出ていった。
ミゲル。お前の目に現実が映ったときに、絶望していないことを祈っているよ。
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