第9話 青い石の指輪はガトレアールの信愛の証
「この指輪を覚えていますでしょうか」
そう言って黒騎士は昔、私が少年に渡した小さな青い宝石がついた指輪を手のひらの上に乗せて見せてきた。
今、手袋を外して、左手の小指から抜き取ったよな。もしかして、あれからずっと持ちあるいていたのか?
それ最初に作ったものだから、容量も少ないし、時間停止も組み込んでいない。不出来な物だ。今ではもっと高性能の収納魔道具が販売されているはず。
「覚えてはいるが、まだ持っていたことに驚きだ。この十年でもっと良いものが販売されているだろう?」
「げ? お姉様。それを人に与えたのですか?」
私の背後からテオの声が聞こえたが無視だ。別にガトレアールの青石が埋め込まれていようが、埃を被っているのであれば、使う者に与えた方が良い。
「ええ、団長から聞いてから、何度かお返ししようと思っていたのですが、ガトレアール辺境伯様と会う機会が……」
まぁ、私は殆ど王都には来ないから仕方がない。
「ランドルフ。違うだろう? 最低一年に一度は王都にリリアシルファは来ている。機会はあったはずだ」
叔父上が横から口出しをしてきた。確かに一年に一度、国王陛下主催の建国記念のパーティーには顔を出している。しかし、挨拶をしたら直ぐに帰るけどな。
「こいつ。リリアシルファのことを神聖視しすぎて、近づくことができなかったんだよ」
「は? しんせいし?」
「団長!」
「確かに、お姉様を怒らすと、鬼神並に恐ろしい」
テオ。鬼神並とはどういうことかな? あとで、じっくりと話を聞こうか。
「ガトレアール辺境伯様の噂を聞かない日はないぐらいだと言うことです」
え? なにそれ? 私の悪評はどれぐらい流れているわけ?
確かに色々やってきたので、否定することはできない。
「この収納魔道具もそうですが、通信機の運用は国の軍事を根底から覆すことになりましたし、元々あった魔道車など、別物かというぐらいに改良されて、今ではそれが主流となっているほどです」
うん。魔道車あったね。でもあれって、私からみれば箱型の荷車に席をつけて、馬代わりの二輪車で引っ張るという形状だった。いわゆる馬が魔石で動く二輪車に置き換わっただけだった。因みに御者席が二輪車になる。
私は思った。何故分離したのだと。
軍事転用するからという名目で父から、開発費をもぎ取って、四輪駆動車の形に持っていったのだ。
通信機も同じだ。父と連絡取りたいのに、屋敷に居ないことが多かったので作ったのだ。因みに傍受されてもダミーの通信暗号が流れる仕組みになっているので、そのあたりも完璧だ。
「そのように素晴らしい物を作り出すガトレアール辺境伯様に、私が声をかけるなどおこがましいことこの上ない」
……え? 私の噂はそれだけじゃないだろう? 確かに領地の軍事力を高めるために色々してきたけど……ほら、他にもあるだろう?
隣国の小競り合いで、大規模なクレーターを作り出したとか。敵兵一個大隊を一瞬で消し炭にしたとか、酷いものになると、空を飛んで敵兵を蹂躙したとかいう噂があると弟たちから聞いたぞ。
半分ぐらいは当たってはいるが。半分は誇張された噂だ。
「しかし、ガトレアール辺境伯様が伴侶を決められるというのであれば、私が手を上げさせていただきます」
「あ……いや、決めるとは言っては……」
「十五年前からお慕いしています。貴女の御役に立てる日がくればいいと思い、団長から黒騎士団を任せられるまでになりました。私をガトレアール辺境伯様の伴侶にしていただけませんか」
……重い。なんだか凄く重いことを言われたような気がする。
十五年前から慕っているって、理不尽にいじめられている少年を助けただけだぞ。私の役に立ちたいってなんだ?
黒騎士団の副団長までいったのなら、そのまま在籍すれば、騎士団の幹部に叔父上から推薦されるだろう。
私は王都に住まうつもりはないから、私の伴侶となることを選ぶと、今まで築き上げてきたことを、捨て去ることになってしまう。
それは駄目だろう。
私はちらりと、叔父上を見る。相変わらずニヤニヤとした笑みを私に向けていた。
叔父上から私の伴侶候補に挙げてきたということは、叔父上としても黒騎士の団長としても了承しているということだ。
これって断ることは可能か?
ここまで言われて断るって、相当酷い女という噂が追加されそうだ。
「突然、伴侶を決めろと言われても、弟に爵位を譲るまでは考えるつもりはない。だから、保留ということで構わないだろうか」
保留という選択肢をする。
よし、このままのらりくらりと逃げれば良い。
いや、ここまでの地位を実力で築き上げてきたのに、私の伴侶になりたいからと言って、捨て去ることはないだろう。
それに、私と共にいれば、幻滅するだけだぞ。
「リリアシルファ。それは困るのだよ」
「……何故、叔父上が困るのです」
貴方は、母の側に居られればそれで良いはずだ。
「入ってきたまえ」
叔父上が何処ともなく声をかけると、使用人が出入りする狭い扉から、見知った者たちが入ってきた。
「ミゲル。ロベルト。お前たちどうしたんだ?」
叔父上の離宮で、残りの弟たちと出会ったのだ。なんだか嫌な予感しかしない。
「姉であり、ガトレアールの当主に言うべきことを言い給え」
叔父上は入ってきた弟たちの口から、私に報告させたいことがあるようだ。ざわざわと胸騒ぎを覚えるが、姉として、そして当主として報告を聞こう。
「姉上。実は隣国からの留学でいらしているマルガリータ様と懇意にする機会がありまして……」
「ミゲル。要点だけを言いなさい」
まどろっこしい前置きはいい。しかし、マルガリータ? ああ、アステリス国の第三王女か。懇意って……ふん! 仲良くする必要はないだろうに、どれほど我が領地に進軍してくるんだと文句を言っていいぐらいだ。
「あの……その……マルガリータ様……俺の子……を……身ごもって……」
その言葉を聞いた瞬間、弟であるミゲルの左頬には私の裏拳が当たっていたのだった。
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