第8話 自分に打ち勝つ力


「ねぇ。何を楽しそうなことをしていらっしゃるの?」


 私は池の中に立たされた少年と少年にお仕置きというものをしている者たちの間にスッと入った。


 彼らの間ということは池の上。私は池の上を滑るように移動し、彼らの間にワザと入ったのだ。

 間に入るということは、彼らが投げている泥団子が私のドレスにべちょっとくっつくわけだ。


「きゃ! 私のドレスが! お母様が選んでくださった可愛いドレスが! あなた達! 何をしてくださいますの! お母様に言いつけて差し上げます!」


 悪役令嬢っぽいセリフを吐いて、睨みつける。

 すると少年たちは、何が起こったのか一瞬わからなかったようだが、どう見ても王族の血が入っていそうな少女が騒ぎだしたのだ。


 この場合突然割り込んだ私が悪いのだが、人気のない場所でいじめている彼らにとって、誰かに見られてしまったことは、ヤバイという心情になる。そこで追い打ちをかけるのが、母の忠犬だ。


「お嬢様! 大丈夫でございますか! 君たちアンジェリーナ殿下の姫君に何をしているのですか!」


 すると少年たちは逃げ去るしかない。この場で大人が出てくると、自分たちに非があるのは明白だからだ。そう、公爵である父親が許可をだして、この場に少年はいるのだ。その少年に理不尽な仕打ちをしていたとバレれば怒られるのはミハエルとかいう少年だ。


「ねぇ。ドレスが汚れてしまったから、別のドレスを用意してくれるように、お母様の侍女に言って来てくれる?」

「しかしお嬢様をお一人には……」

「大丈夫よ。ちょっとお話がしたいの」

「では、少し離れたところで、お待ちします」


 まぁ、私を一人にするわけにはいかないということか。どうみても母の娘だということは、バレバレだ。私に何かあれば、首が飛ぶのは護衛の彼だからな。


 私は呆然と池の中央に立っている少年の元に、池の上を歩いて近づいていく。

 そして、手を差し出した。


「ほら、いつまでもそこにいると、風邪を引くわよ」


 だけど、少年は私の手を取ろうとはしない。

 だから少年の腕を掴んで、池の中を歩くように促す。が、少年は前のめりに倒れ、池の中に両手をついてしまった。


 え? もしかして、池の中で動けないようにしているとか言わないよね。


「申し訳ございません。ドレスに水が……」


 顔は池に向いているため、見えないけど、凄く震えながら謝られてしまった。私が泥団子があたったと怒っていたから、怒られると思われたのだろう。


「そんなことはどうでもいいわよ。貴方の足はどうなっているの?」

「石化の魔術を使われて……」

「ちっ!」


 私の舌打ちに肩を揺らしている少年を見て、これは君に怒っているわけじゃないと、心の中で謝っておく。


 はぁ、貴族は立場が上だと簡単に謝ってはいけないらしい。こういうのが、面倒な人間関係を作り上げていくのだと思う。


「『解除』」


 これで動けるはず。池の中に両手をついている少年に向って、肩を叩いて動くように促す。


「ありがとうございます」

「礼なんて良いわよ。それよりも、反論すべきことは反論しなさいよ」


 少年がここにいる理由には正当性があるのだ。父親というものを押し出して、この場に居て良い理由を主張すべきだったと思う。


「それだと、また色々されてしまいます」


 ……これは服従意識が定着してしまっているな。きっと家でもそういう扱いなのだろう。


「ねぇ。貴方いくつ?」

「十二歳です」


 十二歳か。その割には十歳の私と変わらない背丈だな。


「あと一年で学園に通いますわよね」

「はい」

「そこで戦う力を手に入れなさい」

「え?」

「君は自分に自信がないのでしょう? 庶子だとかそういうのを抜きにして、自分に打ち勝つ力を手に入れたらいいと思うわ。勉強でも剣術でも魔術でも、すると自分の居場所っていうのが、見えてくるものよ」


 確か学園では家から通う者と宿舎に住んでいる者がいると聞く。低位貴族だと王都にタウンハウスを持っていない貴族も多く、学園が住むところを用意してくれるらしい。


 家から出て自由にできるときに、学べるものを学べばいい。

 少年は石化の解除すら出来なかったということは、魔術の基礎も学ばせてもらっていない可能性がある。


「自分に打ち勝つ力……」


 いきなり言われても困るよな。……あ! そうだいいものがあった。


 私はドレスの隠しポケットに手を入れて、目的のものを取り出す。


「これを差し上げるわ」


 私は子供の指には大きな指輪を渡す。この指輪は魔道具だ。

 王城の中には武器を持ち込めないというから、急遽作ったものになる。とは言っても屋敷の倉庫で埃を被っていた指輪で、宝石も小さな青い石がついているだけ。父にもらっていいかと聞けば誰の物でもないので良いと言われたので、好きに改造したのだ。


「これは部屋一つ分の物が入るのよ」

「え?」


 いわゆる収納拡張の魔術をかけた指輪だ。いや、元々収納する場所なんてないから、亜空間収納の媒体と言い換えるべきか。


「まだ、剣と魔導書しか入っていないけど、個人の物を持ち歩くには丁度いいサイズね」


 王都に来るように言われたのが、急だったので、二つしか入れてなかった。もう少し何か入れておけばよかったな。


「念じれば、出し入れ可能よ」

「あの……そのような高価なものをいただくわけには」

「え? 全然高価ではないわよ。即席で作ったから、容量が少ないもの」

「つくった……」

「そうそう、私が作ったものだから……」


 ん? 王子たちが居た方角が騒がしくなってきたな。そろそろ私は帰ってもいいかな?


 私は強引に少年に指輪を握らせて、母に文句を言われないように、ドレスを綺麗な姿に戻して、護衛の元に行ったのだった。


「お嬢様。ありがとうございます」

「何故、私が貴方から礼を言われるのかしら?」


 そう、護衛の元に行けば、護衛から礼を言われてしまった。


「お嬢様。庶子という立場はどうしても、低くなってしまいます。自分もアンジェリーナ殿下に取り立てていただけなければ、居場所などなかったことでしょう」


 あの母でも人の役に立つことをしていたのだと、私は驚いた。そうか、地位ある者は、そのような者を雇用して立場を用意しなければならないのだな。


 身分制度というのはクソだなと、私は改めて思ったのだった。



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