第7話 十五年前のお茶会

「は? いや、貴殿は黒騎士団に必要な人材だろう。叔父上の戯言を本気で捉えなくていい」


 流石の私でも黒騎士団の副団長は駄目だということはわかるし、結婚するつもりもない。


「黒騎士になったのは、強くなることが目的でしたので、そこに執着はありません」


 いや、黒騎士と言えば、騎士団の中でも精鋭だと言われているところだ。王族がトップにいることから、この騎士団の重要性は他の騎士団と違うことが窺える。

 いわゆる、国の影の仕事をこなすところだ。だから、一般的に黒騎士となった者は表には出てこない。

 諜報や表に出せない事件の始末や暗殺なども行っているとも噂で聞いたことがある。そして完全実力主義だとも。


 黒騎士団とは王族に仇なす者を始末する組織という位置づけだ。だから唯一貴族を罰することができる組織だとも言える。


 そんな黒騎士団の副団長といえば、実質のトップだ。叔父上は王族のため団長という地位にはいるが、よっぽどのことが無い限り動かない。

 王城の離宮に引きこもっている時点でわかるだろう。このシスコンが!


「いや……黒騎士団を辞めることはないだろう。そもそも私は結婚する気はないし」


 叔父上に部下を私の結婚相手にさせようという発言を撤回してもらおうと、視線を向ければ、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 何を楽しんでいる。


「覚えてはおられないかもしれませんが、私に強くなるようにおっしゃったのは、ガトレアール辺境伯様です」


 ……私はそんなことを言っただろうか?

 そもそも黒騎士の彼と会ったのは初めてのはず。


「十五年前にあった王妃様主催のお茶会のときです」


 十五年前?……あれか! 母に王都に来るように命令されて、渋々いけば、ひらひらのドレスを着せられて、王子様方に挨拶させられたときか!

 確か第二王子だか第三王子の婚約者を決めるお茶会だったな。




 あのときの私は十歳。


 六歳の長男と四歳の次男がいたため、六歳の長男と一緒に行ってもいいかと父に尋ねたが、止めたほうがいいと言われ、私だけが王都に行ったのだった。


 お茶会の目的は十二歳になる第二王子と、八歳になる第三王子の婚約者探しだったが、側近候補の品定めがされると、母からの手紙にはあったので、いずれ辺境伯を継ぐ長男を顔合わせさせておくにはいいと思ったのだ。


 ……え? 子供らしくない考え方だって?


 まぁそれは仕方がない。私には前世という記憶を持って生まれて来てしまったのだ。とは言っても、身分制度なんてない日本という国で育って、普通のサラリーマン家庭で育って、会社員として働いていた記憶だ。大したことはない。そう言えば、何故死んだのだろうな。その辺りの記憶は全くない。


 私のことは、まぁいいだろう。


 そんな子供らしくない私は、家族の中では浮いていたが、王族の血を引いているからだと、変に理解されていた。



 私と同じピンクの髪に赤い瞳を持つ母は、赤色がトレードマークのように、赤いドレスを好んで着ていた。

 そんな派手に着飾った母に連行されて……母の後ろについて行く私は、母の侍女に赤いドレスを着せられそうになったのを、何とか阻止して、薄い桃色のドレスに収まった。

 いや、互いが譲歩して落ち着いた色が薄い桃色だっただけだ。

 王族の血を引くものはどこかに赤い色を入れなければならないらしいと、このとき初めて知ったものだ。

 だからといって、全身赤色はやめて欲しい。


 ピンクの髪に赤い瞳。そして真っ赤なドレスといえば、王妹アンジェリーナということは、貴族には周知の事実。

 誰しもが母が通る道では頭を下げているのをみて、母の背後について行く私は気分が悪くなったものだ。


 これが母を助長させるものだと。

 辺境の地ではこのような扱いはされなかったことだと。


 会場は王城の庭園だったが、大きな天幕が張られ、日よけがされており、たどり着いたときには、既に多くの貴族の子供達がテーブルの席に着いていた。


 そして私より更に後から会場入りした、従兄弟だという第二王子と第三王子に会って挨拶をしたが、とても偉そうだなとしか印象に残らなかった。

 何故なら、母が王妃様に挨拶した後、王子たちは令嬢たちに囲まれてしまって姿が見えなくなってしまったからだ。


 あれだな。獲物に食らいつく野生動物だな。


 母は時間まで好きなように過ごしていいと言って王妃様と消えてしまった。

 しかし獲物を逃さないと息巻いている令嬢方を見ながら、お茶を飲む気も起こらないので、失礼がない程度にお茶を飲んで出されたお菓子に手をつけて、その場を後にしたのだった。


 母の護衛の一人を引き連れて王城の庭を散策しているときに、父が長男を連れて行かない方がいいと言っていた意味を初めて理解できたのだ。


「ねぇ。あれは何をしているの?」


 後ろに付き従ってきていた母の護衛に聞いてみた。

 母の護衛は、何人かいるけど、全員見た目がいい。この人物も金髪キラキラ王子と表現していい見た目だ。しかし、護衛としてはきっと辺境のむさ苦しいおっさんたちの方が役に立つだろう。

 私にいつもついているザッシュの方が強いな。いや、あのおっさんは存在感がありすぎて、周りが引いていく感じだな。


「あれはお仕置きでしょう」

「お仕置き?」


 いや、あれはどうみてもいじめだ。王城の庭にはそれなりの大きさの池があった。池の端には小舟があるので、それに乗って楽しむための池だろう。ということは、そこまで深くはなく、池の中央に一人の子供が立たされていた。


「当たりませんね」

「魔術のコントロールがなっていないのだろう?」

「僕にもやらせてよ!」

「ったくなんで、ここにいるんだか」

「ヴァイザール家が王家に取り入ろうとしているのでしょうね」

「何故、父上は庶子のお前にこの場にいることの許可を与えたのか理解不能だな」


 頭から泥をかぶったかのような少年は、池の岸から数人の少年たちに、泥を固めたものを魔術で飛ばされ、的にされていた。 


 言葉の端々からヴァイザール伯爵家の意図で庶子の少年がこのお茶会に来ているということだ。

 そして、その兄弟と思える人物がこの場にいることで、他の少年たちが強気でいられるのだろうと。


「ねぇ。あの方はどなた?」


 池の中央にいる少年の兄弟と思える子を指して、護衛に尋ねる。


「あの方はアルディーラ公爵家のミハエル様です」

「そう、では私とどちらが立場が上かしら?」

「勿論、お嬢様でございます」


 母の忠犬はそういうしかないだろう。しかしこの場で大人は彼一人、良いように説明してくれるだろう。




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