第6話 叔父上の好みはかなり幅が狭い
「あ? もう一度言ってみろ、ミゲル」
私は私より背の高い青髪の弟の胸ぐらを掴んで、引き寄せて睨みつけていた。
「……………」
「聞こえないなぁ。私が働いて、お前たちを王都の学園に通わせた意味がわかっていなかったのか?」
「申し訳ございません」
「貴族が入るべき初等科さえ行っていない私が、どういう目で見られているのかぐらい知っているだろう?」
「申し訳ございません」
「遊ばせる為に王都の学園に行かせたわけではないのだぞ!」
そう言って、私は弟のみぞおちに一発拳をねじり込む。
「ぐっ!」
私の一発で膝をつくなんて、まだテオの方が鍛えられているじゃないか。いや、訓練をサボっていたということか。
「なぁ。ミゲル。私を馬鹿にしているのか?」
私はガクガクと震えている直ぐ下の弟の顔を笑顔で見下ろしたのだった。
ファンヴァルク王弟殿下の離宮にたどり着いたときは、私の機嫌も普通だった。いや、また母に会いに行けと言われるのだろうなとうんざりとはしていた。
「叔父上。『来い』とだけ伝言を受けて、まいりました」
「そうトゲのある言い方をしなくてもいいであろう」
ローテーブルを挟んで、優雅にソファーに腰をおろし、私の向かい側に座っているのが、ファンヴァルク王弟殿下だ。
歳は今年で三十半ばだったか。
王族特有の赤い髪を肩口で結い、後ろに流し、貴族の御夫人方を魅了するといわれる赤い目を私に向けている。が、騎士の偉そうな勲章をジャラジャラと付けている隊服が、威圧してくる。
あの勲章。王族特権で付けられているように思われるかもしれないが、ファンヴァルク王弟殿下の剣士としての腕は本物である。
「それで用件をさっさとおっしゃってください」
背後に弟のテオを控えさせた私は、笑顔で威圧する。母に会って来いとは言うなと。
「ふむ。ランドルフ。私の机の上にある箱を取ってきてくれないか?」
「はっ!」
私を案内するようについてきていた黒騎士は、今はファンヴァルク王弟殿下の背後に控えていた。叔父の部下なのだから、そこが定位置となる。
黒騎士団の団長であるファンヴァルク王弟殿下に言われて、副団長である黒騎士は、ローテーブルの上に高級な茶菓子でも入っていそうな、両手で持つほどの装飾が施された箱を置いた。
なんだか嫌な予感がするのだが?
するとファンヴァルク王弟殿下はその箱の蓋を上に持ち上げるように開け、中身を取り出した。
それを見てしまった私は頭を抱える。これを言うために呼び出したのかと。
「好きなのを選べ」
「全部燃やしていいでしょうか?」
ローテーブルいっぱいに並べられたものは、写真つきの履歴書だった。いや釣書というものだった。
「ガトレアール辺境伯。いや、私の可愛いリリアシルファ。今年で二十五歳になるのだ。いい加減に伴侶を持つべきだろう?」
「まぁ? 三十五歳になる叔父様が結婚されていないのに、私が結婚なんておこがましいですわ」
「お姉様。怖いです」
後ろうるさい。私に結婚しろというなら、自分がさっさと結婚すればいい。
「リリアシルファ。いいか。姉上より素晴らしい女性は、この世には存在しないのだよ」
この重度のシスコンが!
母が王都に戻りたいと言ったときに、直ぐに居場所を作ったのが、このシスコンだ。
それも真面目な顔をして言うことか?
「叔父上。母はまだガトレアールに籍がありますので、結婚はできません」
残念ながら、近親者との婚姻は禁止されてはいない。だから、国王は遠い辺境の地に妹を嫁にやったのだが、このシスコンの方が一枚上手だったということだ。
「はぁ、残念なことこの上ない」
それは叔父上の頭ですと言い返そうとして、口を噤んだ。
「では、リリアシルファ。私と結婚するか?」
「は?」
「あ?」
「もう、帰りたい」
私を母の代わりにしようとしている叔父を威圧する。が、私以外の声が被ってきたな。
それからテオ。まだ帰るのは早い。
すると叔父上がクスクスと笑い出した。
冗談でも言っていいことと悪いことがある。
立場的には叔父は王族で私は辺境伯でしかない。
だから、叔父がそう決めたといえば、私は従うしかない立場だ。本当にそうなれば、さんざん文句は言い続けるとは思うが。
「では、私の部下はどうだ?」
そう言って、黒騎士団の団長の顔になった叔父上が、背後に視線を向けて言う。
いや、それは駄目だろう。
「叔父上、人を物のように扱うのはどうかと思います。以前から言っていますが、私は結婚などしなくてもいいと」
「まぁまぁ、いいではないか。知らない仲でも無いだろうに」
いや、今日会ったばかりの人だから、知らない人だ。
「この釣書の中から選ぶか、ランドルフを選ぶかしなさい。リリアシルファ。私は優しい叔父様だ。リリアシルファに選択権を与えているのだからな」
「そう言って拒否権を奪っているのですね」
ニヤリとした人が悪そうな笑みを浮かべないで欲しい。
しかし、妹のエリーもそうだが、何故私に今更結婚しろと勧めてくるのだ?
貴族の令嬢の婚期は二十歳までだ。
誰が、二十五にもなった者を妻に欲しいというのだろう。相手が可哀想だ。
「はぁ、叔父上。私は爵位を弟に譲る立場です。私を妻になど、罰ゲームのようなものでしょう。それに爵位を譲れば放浪の旅に出るつもりなのですからね! これを楽しみに今まで頑張ってきたようなもの!」
弟に爵位を譲れば私は自由だ。今まで領地を護り、そして国の防衛もこなしてきたのだ。私の役目は終えたはずだ。
母が許されたのであれば、私も許されるはず!
すると私の右手が取られた。それにビクッと肩が揺れ、右側に視線を向けると、金色の目と視線が合う。
気配を殺して近づかれると、驚いて思わず手が出てしまいそうになるから止めて欲しい。……あ、これが私が彼に行ったことか。これは悪かったな。
「ガトレアール辺境伯様。私を伴侶に選んでいただけませんか?」
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