第10話 シスコンは黙っていろ
「あ? もう一度言ってみろ、ミゲル」
左頬を裏拳で殴って倒れる前に、弟の胸ぐらを掴んで、引き寄せて睨みつける。
「…し……ござ……ん」
「聞こえないなぁ。私が働いて、お前たちを王都の学園に通わせた意味がわかっていなかったのか?」
「申し訳ございません」
「貴族が入るべき初等科さえ行っていない私が、どういう目で見られているのかぐらい知っているだろう?」
「申し訳ございません」
「遊ばせる為に王都の学園に行かせたわけではないのだぞ!」
そう言って、私は弟のみぞおちに一発拳をねじり込む。
「ぐっ!」
私の一発で膝をつくなんて、まだテオの方が鍛えられているじゃないか。いや、訓練をサボっていたということか。
「なぁ。ミゲル。私を馬鹿にしているのか?」
私はガクガクと震えている直ぐ下の弟の顔を笑顔で見下ろす。
「マルガリータと懇意? 馬鹿か! そんなもの、我が領地の情報を得ようとしているに決まっているだろう!」
こんなわかりやすいハニートラップに引っかかるなんて、弟のバカさ加減に呆れてしまう。
「はっ! それで子供ができたから、婚約者のモンテロール侯爵令嬢とも婚約を解消したいとか言い出すのか?」
「はい」
もう一発腹に拳をねじり込む。
何故にこんな浅はかな考えを持っているのだ。王都で勉学に励んでいると思えば、領民たちから得た金で遊んでいたとは、ヘドが出る。
「モンテロール侯爵家からは魔鉄を取引しているのだ。そうですかと簡単に婚約を解消できるはずはないだろう!」
「姉上」
「なんだ? ロベルト」
「実は兄上は既にモンテロール侯爵令嬢に婚約破棄を言い渡しておりまして……」
右の頬も殴っておく。既に時は遅し!
今からモンテロール侯爵に頭を下げに行かねばならない。
「ミゲル。そのようなことを言ったということは、モンテロール侯爵から購入している分の魔鉄を用意できる当てがあるから、婚約破棄などと馬鹿げたことを言ったのだな?」
「マルガリータが融通してくれると」
馬鹿な答えが返ってきたので、腹にもう一発入れておく。
「アステリス国は、この国よりも男尊女卑が酷い国だ。女であるマルガリータ王女に魔鉄の鉱脈を保有する権利など、与えられているはずないだろう!」
ったく! 友好国として第三王女の留学を認めたとは聞いていないのに、魔鉄を融通する理由なんてどこにもないだろう!
そもそも第三王女が留学に来た理由が、先進的な魔道具作製技術を学びたいだったな。
そんなもの、この国の現状を調べていたに決まっているだろう。
ちっ! これが原因か! 妹のエリーが私に、好みの男を聞いてきた理由も、叔父上が釣書なんてものを用意してきたのも。
全部この馬鹿がハニートラップなんかに引っかかった所為だ。
私は弟の胸ぐらから手を離し、座っていたソファーに戻って、足を組んで無様に両頬が赤い弟のミゲルを見下す。
「ミゲル。覚えてないとは言わせないぞ。父を、そしてお前たちの母親を殺したのはアステリス国の者だ」
十二年前だ。アステリス国の者たちがガトレアール辺境領に進軍してきたのだ。
「しかし! 姉上! そのことにはマルガリータは関係ありません!」
はぁ。恋は盲目とはよく言ったものだ。王族が国事に関係ないと言い切れると思っているのか?
本気でそのようなことを言っているとしたら、王都で何も学んで来なかったということになる。
「そうだな。お前たちが母を亡くして悲しんでいるときに、優雅にお茶でもしておられたであろうな」
「姉上! その様な言い方はあまりにも……」
「ミゲル。王族が国事に対して関係ないという言い分は通じない。私の母も自由気ままでいるが、有事の際に王族として首を差し出せと言われれば、凛とした姿で己の首を差し出すだろう。それが王族というものだ」
母はどこまででも王族だ。王族であることに意味があると考えている。だから、最後まで王族のプライドをもっているだろう。
「リリアシルファ。私がいるのに、姉上をそんな目に合わせるはずないであろう」
シスコンは黙っていろ。
「叔父上。そうなった場合、叔父上は母を守って亡くなっておられることでしょう」
「……姉上を守って死ねるとは、なんと名誉なこと」
シスコンが変な妄想をしだした。叔父上に母ネタはヤバかったな。
しかし、予定が狂ってしまった。妹の推し観戦というものにつきあったら、直ぐに領地に帰るつもりだったが、あちらこちらに顔を出さなければならない。
「叔父上。叔父上の元にミゲルがいたということは、かなり
そう、黒騎士団の団長である叔父上が動いているのだ。これはガトレアールとして責を問われるかもしれない。
「
叔父上の言葉に一瞬思考が停止してしまった。誕生日が一番近い王族は、王太子殿下だ。
……は?
「王太子殿下の誕生パーティーで婚約破棄だって!」
そんなもの殆どの高位貴族は出席しているだろう。私にも招待状が来たが、防衛のためとか適当な理由で出席を断ったぐらいだ。
駄目だ。これはどうすればいい?
貴族の目からすれば、ミゲルは敵国に情報を売り渡した国賊だ。私が弟だからとかばうと、ガトレアールの名が地に落ちてしまう。
「はぁ、叔父上。国としての判断をお伺いしてよろしいでしょうか?」
これはもう辺境伯の私が、どうこう言う話ではない。
「その前にだ。リリアシルファ。この者にはどれほどのことを、教えている」
「質問の意図がわかりません。もう少し具体的に質問してください」
何について教えていると、聞きたいのかわからない。剣術と魔術のことは自分の身を守るぐらいには、鍛えられているはずだが?
「領地の機密保持事項についてだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます