第2話 スパイと間違われた

 頭が痛い。それはこの耳をつんざくような黄色い声援の所為だろう。


 鎧と鎧が剣を振るっているのが、何が良いのかさっぱりわからない。いや、本気の剣技はそれは見ものだろう。ただ目の前に繰り広げられているのは、所詮パフォーマンスだ。


「エリー。私は一足先に帰っていいだろうか」


 私は隣に座ってキャーキャー言っている妹に声を掛ける。

 どうやら私の声は届いていないようだ。


「アイラ。私は先に戻ると言っておいてくれ」


 次に私は背後で日傘を差している侍女に声を掛ける。このアイラは妹のエリーの侍女だ。


「しかし、本日は……」

「どうも、おきれいな剣技には興味がわかない」


 そう言って席を立ち、階段状になった観客席の出口に向う。途中で大歓声が沸き起こったので、ふと振り返ると、闘技場となっている円形の場所で、一人の人物がフルフェイスを取って、観客に向かって手をふっていた。そして、対戦相手だった人物はさっさとその場を離れていっている。

 どうやら、決着がついたのだろう。


 まぁ、この盛り上がりようは仕方がない。妹の推しという人物が勝ったのだから。しかし、私はふっと鼻で笑ってしまう。型にはまった剣技など、実戦でどれだけ役に立つことか。


 そんなことを思いながら闘技場の外に出る。さて、このまま帰ってもいいが、それだと妹にグチグチと言われることが目に見えている。

 ああ、そういえば、この闘技場の先に図書館があったな。そこで時間を潰すのも悪くない。


 眩しい光に背を向け、軍帽を深く被り、私は帰ろうとしていた足を逆の方向に向けて歩きだす。


「リリアおねーさーまー!」


 そんな私に背後から声を掛けてくる者がいた。振り返ると、フルプレートアーマーがガシャガシャと走って来ている。

 単体で両手を振ってやってくる魔鉄の塊を無視してもいいだろうか。


 私は赤の他人のフリをすることにした。


「おねーさーまー!」


 しかしフルプレートアーマーは追いかけてくる。そして、私に並んで速度を落として歩き出した。 


「酷いです。無視をするなんて」

「私は鎧の知り合いはいない」


 そう言うと、フルプレートアーマーは視界を覆う部分を上げると、青い目がこちらをみていた。


「可愛い弟の晴れ舞台はどうでした?」

「良いパフォーマンスだった。きっちりエリーの推しというのを勝たせたではないか」

「はははっ、流石の僕でも勝つのは駄目なことぐらいわかりますよ」


 私の横を歩くフルプレートアーマーは今年、騎士団に入団した一番下の弟だ。今日は一年に一度ある騎士団の……なんだ? お遊び会の日だ。


「まさかリリアお姉様が公開演習に来てくださるなんて、思ってもみませんでした」

「ああ、丁度王都に用事があったから、たまたまだ」

「はははっ、そうですよね。たまたまですよね」


 まぁ、エリーに再三に渡ってこの日に来るようにと言われていたのも本当のことだが、まさか私にこのようなお遊びの剣技を見せるためだったとは……いや、一番下の弟の晴れ舞台だったな。


「テオ。ここで上手くやっていけそうなのか? なんなら辺境領に戻ってきてもいいのだぞ」

「いいえ。僕は……私は一人前の騎士になると决めたのです」

「そうか、お前の人生だ。好きにするといい。そろそろ戻らなくていいのか?」


 私がそう言うと弟は『ヤバっ』と言って、ガシャガシャと音を立てながらもと来た道を戻っていった。

 別に私はテオの行く道に反対はしないが、ここではテオの剣は宝の持ち腐れとなるのが残念でならない。まぁ、いい。私がとやかく口うるさく言うこともない。


 私は近道をするために、まっすぐ伸びている石畳の道ではなく、散策できる木々が生えた小道に入っていく。


 涼やかな風が林の中を駆け抜け、緑の木漏れ日が地面に落ちている。中々良い場所だ。王都の中はどこもかしこも息苦しく、忙しない感じがしていたが、このようなところもあるのかと、周りを見渡す。おや、あっちに池があるのか。


 木々が密集し、薄暗くなっている場所から水の匂いがしてきた。こんな王都の真ん中に湧き水でも湧いているのかと興味津々で、ふらふらと道なき道を進んでいると、足元に何かが当たり躓く。


 何があるのとかと視線をずらし、躓いたモノを視界に収めたことにより、反応が遅れてしまった。


 右手を引っ張られ、回転させられた身体は背中から地面に落ち、鳩尾を押さえられ、首には短剣を突きつけられた。

 一瞬だった。この私が反応できなかったのだ。そして、鋭い金色の瞳の視線が突き刺さってくる。


「どこのスパイだ」


 思っていた以上にここに光が入って来ないからか、相手の金色の瞳が光っていることしか認識できない。いや、スパイと勘違いしている私を逃さないために、闇の魔術を発動しているようだ。


「スパイでは無いが?」

「嘘をつくな。そこまで完全に気配を絶てる奴が一般人なわけないだろう」


 まぁ、一般人ではない。私は胸元にある家紋を象ったブローチを押さえられた指だけで差ししめした。相手から見えるかどうかわからないが、金色の瞳が光っていることは、魔眼持ちだろう。


「ガトレアール辺境伯と言えば解放してもらえるか?」


 すると金色の目が見開き、私に突きつけられた短剣が遠ざかり、鳩尾の圧迫感が引いていった。

 ふっーと大きく息を吐く。いつものクセで気配を絶っていたことが仇になってしまうとは。


 そして、視界が晴れ、周りのざわめきも聞こえるようになった。ああ、音も遮断されていたのか。

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