女辺境伯の結婚事情

白雲八鈴

第1話 届いた手紙の裏側で大事件が起こっていた

「モンテロール侯爵令嬢! 貴女との婚約は破棄とする!」


 賑やかなパーティー会場に高々と、その場に似つかわしくない言葉が響き渡る。


 賑やかな会場は水を打ったかのように、音が無くなった。人々のざわめきも、会場に華やかさを満たす楽団の音楽も、その言葉によって静まり返ったのだ。


「どうして……ございますの?」


 立っていることがやっとなのか、銀髪の少女はふらふらとふらついている。対する婚約破棄を突きつけた者は、空色の髪が印象的な男性だ。その傍らには金髪の女性が本当の婚約者のように立っている。


 そこにカランと金属が床に落ちる音が響き渡るが、人々の視線はこの場に似つかわしくない発言をした男性と、立っているのがやっとの少女に釘付けだ。

 いや、興味津々というべきか。


 今日はこの国の王太子の誕生パーティーである。多くの人がいるが、年齢的に若者が多い。何故なら、王太子をいずれは国王として、この国を支えていく貴族の若者や学生たちが多く招待されたのだ。

 ということは、以前から注目を集めている二人の噂は耳に入っていた可能性が高い。そして、その結末はどのようなことになるのか、興味津々の視線を向けているのは当然のこと。


 何故なら多くの者たちは彼らが婚約破棄をしようが、関係ないからだ。


 そして、金属を床に落とした音の元をたどって行くと、数多くの食事が並べられた一角にたどり着く。

 そこには空色の髪の少年が、左手で肉料理が盛り付けられた皿を持っているが、右手には何も持たずふるふると震えていた。


 少年は青い顔色をしてキョロキョロと辺りを見渡す。多くの人の中から誰かを探しているようだ。

 そして一人の人物と視線があう。それは少年とよく似た空色の髪の青年だ。二人は視線が合った瞬間に、人々の隙間を縫って、物陰に集合する。


「ロベルト兄上。あれどうすんだよ!」


 少年は兄という青年に、会場の中央で繰り広げられていることについて、尋ねている。その会場の中央では男性と少女との話は続いているが、二人の兄弟にとってはそれどころではない。


「ちょっと! ミゲル兄様は何をしているのよ! 私は聞いていないわよ!」


 そこに兄弟にそっくりな少女が、会場の中央を指しながら、割り込んできた。この感じからすると妹だろう。


「しー!」

「声が大きいですよ。エリー」


 兄の二人は声が大きいと妹を諭す。しかしエリーと呼ばれた妹にとっては、今回のことは寝耳に水。全く知らなかったようだ。


「兄様たちは知っていたっていうの? 今年学園に入った私が知らないってことは、お姉様にも黙っていたってことよね! どうしますの! アレ!」


 妹のエリーは今年から学園に通うために、王都に来たばかりだったため、己の兄の現状を知らなかった。


「どうすると言われても……」

「私も何度か忠告はしたのですよ。しかし兄上は聞く耳をもたず……」


 男二人が兄に何度か諭したようだが、否定され続け、今回の事に至ったようだ。その二人の態度に妹のエリーは憤りを見せる。


「なぜ直ぐにお姉様に連絡を入れなかったのですの! そうすれば、このような恥さらし……絶対にお姉様に殺されるわ」

「エリーもそう思うか? 俺達もそう思ったから言えなかったんだ」

「この婚約は領地の未来の為の婚約でしたからね。もう私達には姉上に殺される未来しかないと思って、言えなかったのです」

「私が言っているのは、婚約破棄をこんな場所でいう前に、どうにかならなかったのかと言うことですの!」


 エリーの正論に二人の兄は首を横に振る。


「あの相手の女性を見ても、そう言えるのですか?」


 次男の青年は、己の兄の横にいる女性を指した。その女性は、これみよがしに露出があるドレスを身にまとって、豊満な身体を男性にくっつけている。

 その姿を見てエリーの目は、段々とすわってきた。


「ミゲル兄様は巨乳がお好きだと」

「違う違う! 立場だ立場!」


 三男の指摘にエリーは何のことを言っているのかわからず、首を傾げた。


「私達の父と母を殺した国の王女様ですよ」

「……は? ミゲル兄様は馬鹿だったということですの? これは駄目ですわ。どう転がろうと、お姉様に殺されます」


 三人の兄妹はこのことをどうやって、姉に伝えるべきか頭を悩ませている間に、中央では事が進んでしまっている。


 婚約破棄を突きつけられた銀髪の少女は、気丈にも立っては居たものの、限界にきたのか、気を失って倒れてしまい、高々と婚約破棄を宣言した男性は、金髪の女性の手を取って、勝利宣言のように愛の言葉を送っている。


 そして周りの者たちは、これからどうなっていくのだろうと、噂話に花を咲かせるのだった。




 数日後、その姉の元に一通の手紙が送られてきた。その差出人は『エリーマリア・ガトレアール』。一番下の妹だ。

 受け取った姉は、嬉しそうにその封筒を眺めている。淡いピンク色の髪を邪魔だというように右手で後ろに流し、薔薇のような真っ赤な瞳を細めて眺めていた。

 二十五歳ぐらいの美人と言っていい女性だが、何故か軍服を身にまとっている。


「エリーは学園には慣れただろうか?」


 姉はその手紙の内容は今年から学園に通うために王都に行って、学園や王都の楽しかったことを書いて送ってくれたのだと思っている。


 そしてその姉にトレイに乗せられたペーパーナイフが差し出された。

 そのペーパーナイフで封を切り、手紙の中身を確認する。


「推し活ってなんだ?」

「辺境伯様。どのようなことが書かれているのですか?」


 姉の横には燕尾服を身に着けた執事が控えていた。少し前まで領地に居た一番下のお姫様が、王都でどのように過ごしているのか気になっているのだろう。


 しかし、対照的に辺境伯と呼ばれた姉は、遠い目をしていた。思っていた内容と違うと。


「ああ、なんでも一週間後に各部隊の騎士を集めた公開演習があるらしい。そこに行きたいのだが、侍女から王都に来たばかりでエリーが行くようなところではないと、反対されていると。だから私と一緒なら良いだろうと、約束を取り付けたらしい。意味がわからない。なぜに私が王都まで行かなければならないのだ? 弟たちについて行って貰えば良い」


 辺境伯という立場であるなら、私事で簡単に予定を変えるわけにはいかないと、姉は首を横に振る。


「辺境伯様。今年からテオリーゼン様が騎士団に入団されているではないですか。エリーマリア様はその姿を辺境伯様に見て欲しいと言っているのですよ」

「だったら、そう素直に書けばいいじゃないか」

「そう書いても辺境伯様は領地のことで忙しいと断られるのが目に見えているので、王都に来て、淋しいので辺境伯様に会いたいという中身になっているのですよ」

「……いや、これは目当ての騎士がいるから、観に行きたいという私利私欲が前面に出ている手紙だぞ」

「そこは素直になれないエリーマリア様らしい手紙ではないですか。それにエリーマリア様は内心、辺境伯様のことを母親と重ねているところがありますよ」


 そのように言われて、姉はため息を吐き、タバコを取り出して、火をつける。そして、何かを吐き出すように紫煙を吐いた。


「早いものでエリーも十三歳か。十二年前に父と義母を亡くして、私が母などと……何もしてやれてはいない」


 赤子のときに両親を失ったエリーにとって、姉弟が唯一の家族であり、親代わりであったことには変わらないだろう。


「辺境伯様。少しだけでも顔を見せてあげても、よろしいのではないのでしょうか?」


 執事の言葉に姉はただ紫煙を吐き出し、答えないのであった。


 そう、本当に呼び出された理由は隠され、妹のわがままに応えるべきか悩む姉の姿だ。もし真実を知ったとき、姉である彼女はどうするのだろうか。


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