第28話 美波の涙

 シンとはっちゃんが逃走した直後の襲撃現場。


 工藤蓮 皇良衛 犬飼京太郎の3人は荒れていた。


「逃げられるなんて。くそ、生意気な」

「ガキが逃げやがって。ソフィーの死体も持っていきやがった」

「僕の右手の犠牲が無駄になったじゃないか」


 3人はシンを逃してしまったことに憤慨していた。

自分たちは多大な犠牲を払ったのに、成果は出ていない。

成果といえば、せいぜい、エクレールの側近を殺したことだが、その証明になる死体もシンに持ち去られてしまった。


「で、どうするよ」


 衛が聞く。自分で考える気がないようだ。

蓮はそこを苦々しく思いながらも、自分の出世にも直結しているため、仕方なく考える。


「そうだな。オリオ様に正直に話すしかないんじゃないかな」

「そんなんでいいのか?」

「いや、ダメだろうね。だから、報告をするのさ。ソフィーが裏切ってシンを助けようとしていたと」

「それでいいのか?」


 衛はわからなかったが、京太郎は理解した。


「オリオ様に陛下に報告をさせるんだね。エクレールが裏切ったと」

「そうだよ。そうすれば、エクレールは失脚して、オリオ様とヒュレットの一騎打ちになる。

オリオ様は間違いなくお喜びになる」

「そうか、それなら取り逃したのも帳消しになるな」

「いや、それ以上の成果になるかもしれないよ。なんて言ったって、エクレールの排除だからね」

「でも、それって、もともと騎士団がする報告だったんだよね」

「ああ、そうだよ。だから報告できなくさせるんだよ」

「なるほど。どうせこいつらもう役立たずだからねぇ」

「だから、せめて俺たちのために役に立ってもらおうってか」

「グレンもあのガキにやられて死んじゃったみたいだし、楽な仕事だよ。あ、みんな、殺る時は、彼らの武器を使うんだよ。

僕たちの武器だとバレちゃうからね」

「なるほどな。じゃあ、始めるか」


 勇者パーティーのただならぬ殺気に、四肢の欠損や失明をしているが生きながらえている騎士たちは戦慄する。


「さあ、君たち。僕たちのために死んでくれよ」

「い、嫌だあああ」

「勇者様、誰にも話しません。命だけはお助けを」

「勇者様に忠誠を誓います。どうかお助けください」

「ギャハハ、ダメに決まってるだろうがー」


 衛が騎士の剣を振り下ろす。


「ぎゃー」「うわー」「ぐはっ」


 衛が3人を殺したところで、蓮が声をかける。

あと2人残っている。


「残りは僕がやるよ。勇者の剣技を見せてあげるよ」


 そう言って、蓮が剣を一振りすると、座った状態の2人の騎士の体が真っ二つになった。


「あはは、これは気持ちがいいねぇ。あのガキにもこれを使ってやればよかった。次にあったら逃がさないよ」

「ねえ、気持ちいいのはいいけど、この剣技を使ったら、勇者がやったってバレるんじゃないの?」

「! ああ、失敗したなぁ。つい興奮しちゃって。まあ、大丈夫じゃないのかな。この剣技はあまり知られていないし」

「それならいいけど、気をつけてよね」

「あはは、まあ、心配するなって。大丈夫だろうよ」

「さあ、食料を持って王都セラネイマルに戻ろう」

「帰るのだるいなぁ」

「僕も傷口が痛むし、きついよ」

「しかし、この腕どうするんだよ。盾だって持てないぞ」

「それは、美波に治してもらおう。彼女は2級聖女だし、部位欠損も治せるんじゃないかな」

「それは傑作だな。てめえが目をかけているガキを殺そうとしておった傷を何も知らずに、治すなんてな」

「本当、彼女は少し生意気だからねぇ。そのくらいの憂さ晴らしはあっていいよね」

「なんなら、今回のことをシンを逃してやったって、恩に着せられればもっといいんだけど、それはできないね。残念だよ」

「ああ、そうだな。美波にいうことを聞かせられればいいんだけどなぁ」

「森を出たところに、馬車が置いてあるから、それで帰ろう。みんなは片手がないけど僕はあるから御者もできるよ」

「チッ、やっぱあのガキこの手の腹いせにぶっ殺さないと気が済まねえや」

「僕もだよ。右手を無くした恨みは大きいよ」

「それを言うなら僕もさ。右目を無くしたんだからね。

だから、セラネイマルに戻ったら、捜索をしてもらおう。

見つけ次第、なぶり殺しに行こうじゃないか」

「おう、そうだな」

「賛成」


 騎士たちから物資を奪った勇者パーティーは森の中へ消えていった。

後に大量の死体を残して。



 それから、数日後。聖女一行が襲撃された地点。


 いまだに美波たちはシンの捜索をしていた。


 紅炎傭兵団は3日の約束通り、戻ってきた。

しかし、何も有力な情報は得られていなかった。

この3日、美波 玲奈 桐花の3人も必死で探していたのだが、やはり見つからなかった。


「シンくん、どこにいるの?」

「捜索範囲を広げてみないといけないかな」


 紅炎傭兵団を連れてどこかにいっていた玲奈が戻ってきた。


「傭兵たちに自白剤を使ってみたけど、やっぱり報告通りだったわ」

「そう、ありがとう。玲奈」

「ううん、シンくんのためだから」

「紅炎傭兵団は信用して良さそうだね」

「そうね、桐花。これからもシンくんの情報を集めてもらいましょう」


 そこに紅炎傭兵団の団長グレゴリーがやってきた。


「聖女様、最後の1組が戻ってきました。関連する情報を持っています。ここへ呼んでいいですか?」

「本当? すぐに連れてきて」


 すると、すぐにグレゴリーは2人の傭兵を連れてきた。


「聖女様、こいつらは兄弟傭兵でガルドとワルドと申します。なかなかの腕利きです。敬語も話せます」

「そう、わかったわ。ガルドとワルド、見てきたことを話してちょうだい」

「はい、聖女様」

 ガルドがメインで話し、それをワルドが補足すると言う形で、話が進んだ。


 内容はこうだった。


 ここから、一日半ほどの地点で、11名の騎士が倒れていた。

激しく争った痕跡があり、全員に同じ使い手と思われる傷があること。

ただし、5人の致命傷となったものは別のものがつけていること。

5人のうち2人は飛ぶ斬撃で切られていること。

飛ぶ斬撃はかなり珍しい技術で、使い手は限られること。

リーダーと思われるものの股間には剣が刺さっていて、角度からして、小さな人間がつけたであろうこと。


「ちょっと待って。その状況で小さな人間って、シンくんのことじゃないの?」

「はい、我々もそれを疑って、全員の遺体を調べてみたのですが、1人だけまだ息のあったものがいました」

「なんか聞き出せたの?」

「はい、我々が聞いたのは、シンという名前に覚えはないか。ソフィーという者を知らないか。この2つをとにかく聞いてみました」

「それで?」

「その騎士たちはシン様たちを待ち伏せにしていたようですが、ソフィーに返り討ちにされたようです。

ソフィーはシン様を抱っこしたまま戦ったようですね。

しかし、ソフィーは死んだようです。シン様はシルバーウルフに助けられたようなんです」

「ソフィーは死んだの? 誰が殺したのかしら?」

「それが、肝心なところで、事切れてしまい、聞けずじまいでした。申し訳ありません」

「いえ、シンくんはウルフに助けられたのね。無事が確認できただけでもいいわ。どっちかに逃げた形跡なんかはあったかしら?」

「はい、ウルフらしき足跡が残っていましたので。ただ、動きから考えて、敵から逃げるために撹乱の動きをしていたので、そこからでは推測は難しいと思われます」

「ソフィーの死体は残っていたの?」

「いえ、夥しい血痕があって、そこに小さな足跡は発見したのですが、不思議なことに死体はありませんでした」

「美波ちゃん、それって」

「きっとシンくんね」

「お言葉ですが聖女様、流石に4歳のお子さんが女性とはいえ、成人の死体を持つのには無理があるかと」

「そうね。今のは忘れてちょうだい」


 ガルドは何かを察したのか、すぐに頷く。


「はい」

「それにしても、ソフィーはなぜシンくんを連れ去ったのかしら。シンくんに敵対しているとは思えないわ」

「それは私にはなんとも」

「それはそうね。ネイマルに戻ったら、エクレールに聞くからいいわ。何か知っているでしょう」

「そうしていただければと」

「他に気になったことはあるかしら?」

「いえ、特には」

「それでは、あなたたちを疑うわけじゃないけど、自白剤を使わせてもらうわ」

「大丈夫、私の自白剤は苦しくないわ」

「もちろん受けさせていただきます」


 その後、自白剤でも嘘をついている形跡もなかったため、ガルドとワルドの発見を最優先で調査することにした。


 その日のうちに紅炎傭兵団全員を集め、今後の方針を話す。


「全員で、ガルドとワルドが発見した場所に行きます。

しばらくはそこを中心に調査を行います。

傭兵団、物資は大丈夫かしら」


グレゴリーが代表して答える。


「大丈夫です」

「騎士たちはどう?」


 食料調達に残った3人の騎士はあからさまに不満顔で答える。


「聖女様、あの子供のために動くのは無理があります。本来あなた様はレスフィーナ王国へ行かないといけないのですから」

「あなたたちの考えはそうなのね。護衛たちはどうなのかしら」


 護衛を代表して1人が答える。


「私たち護衛は聖女様方のお力に感服して、我らの主人として忠誠を誓うと決めております。

ですから、聖女様の御心のままに従います」

「そう、ありがとう」


 美波はニコリと護衛に笑顔で答えると、騎士に向き直る。


「あなたたちはここまででいいわ。セラネイマルに戻ってちょうだい」

「なっ、聖女様。なぜですか?」

「私は聖女の責務よりもシンくんを優先するって決めているの。それを否定するあなたたちはいらないわ。

今後護衛をしてもらうこともないから、覚えておきなさい」

「そんな。聖女様の責務は王命ですぞ」

「黙りなさい! 私の言葉は王命と同等です。不敬ですよ」


すると、護衛たち9人が剣を抜いて、騎士を取り囲む。


「ぐ、お前たち、陛下を蔑ろにするか」

「先ほど言った通り、我々は聖女様に尽くす。聖女様に不敬を働くなら容赦しないぞ」


 騎士たちは反撃の材料はないか考えたが、やがて無理だと気づき、ガックリと肩を落として、去っていった。


「グレゴリー」

「はっ」

「いつ出発するのが適当かしら。できるだけ早く出たいわ」

「それでは、明日の払暁に出るのが良いでしょう」

「わかったわ、そのようにしてちょうだい。みんな今日はよく休んでちょうだい」


 美波は桐花と玲奈と一緒にテントに戻った。

桐花が話し出す。


「シンくん、シルバーウルフと一緒なのかな?」

「うん、シルバーウルフが助けてくれたなら、シンくんに懐いていると思う」

「そうね、シンくんは動物とか魔獣に好かれるみたいだしね」

「それだったら、安心だけど……シンくん、ソフィーに懐いていたよね」

「うん、懐いてた」

「ソフィーが死んだところ見てるんだよね」

「そうだと思う」


 美波が沈痛な顔で言う。


「あの優しいシンくんだから、今頃苦しんでいると思う。ソフィーの死が自分のせいだと思っているかもしれない。

それに、きっと今も逃げ続けているのよね」


 シンの気持ちや境遇を思って、美波が涙を流す。


「美波ちゃん」

「美波」

「ごめんね。私が泣いたらダメだよね」

「いいよ、美波ちゃん。辛い時は泣かせてあげる約束でしょ」

「そうよ、美波。泣いていいよ。おいで」

「う、う、ふえーん。シンくんに会いたいよ。心配だよ」

「大丈夫よ、美波ちゃん。きっと会えるからね」

「大丈夫、シンくんは強い子だから」

「ふえーん、なんでシンくんばっかりこんな目に遭うのよ」

「そうだよね。おかしいよね」

「シンくんのことを思うと胸が苦しいよ」

「美波、全部吐き出しちゃいなさい」


 美波は2人に抱かれて今まで堪えていたものが決壊したかのように気持ちを吐き出し泣いた。

しばらく泣いた後、子供のように眠った。

桐花と玲奈は目を合わせて、微笑みあった。


「美波ちゃん、頑張ってるからね」

「うん、休憩も必要」

「だね」


 報告があってテントにやってきたグレゴリーは、護衛と目配せして戻って行った。

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