第27話 旅の仲間

 夜の森は意外に騒々しい。

魔獣の鳴き声、夜鳥の声、虫の動く音、木々のざわめき 水の音。


 そんな、森の中で一際大きいつんざくような声が響き渡る。


「うわあああああああああああ」


 シンだった。


 シルバーウルフは慌てて起き上がり、シンを見る。

シンは泣き叫んでおり、シルバーウルフは困った顔をしながら、シンの顔をペロリと舐める。


「ソフィー、死なないでぇ。ソフィー」


 シンは夜驚症の症状が出たのだ。無理もない。4歳児でありながら、あれだけの体験をさせられたのだから。


 シルバーウルフは問題ないと判断したのか、また包み込むように横たわった。

シンがシルバーウルフの毛皮にしがみついた。

しばらくすると、静かになった。また寝てしまった。


「クウォン」


 小さく鳴くと、シルバーウルフも目を閉じた。



 翌朝、シンが目覚めるとシルバーウルフはいなかった。

シンは泉で顔を洗い水を飲む。


「そういえば、サンタンおうこくにいかないといけないんだった。とおいのかな。

おみずもっていかないとのどかわいちゃうかな。でも、おおきなすいとうがひつようだな」


 シンは水を見て考え込む。


「そうだ」


 シンは何かを思いついたのか、泉の水が湧いてきているあたりに手を差しかけた。


すると、泉の中程の泉がごっそりとなくなり、それを埋めるために、周りの水が勢いよく中心に流れ込んだ。

泉の中程で、三角波が発生する。


「できた」


 スペースで収納したのだ。


 一度減った泉の水はすぐに戻る。湧出量は多いようだった。

それをまたスペースで収納する。

それをひたすら繰り返す。


 そのうち、シルバーウルフが帰ってきた。

口には昨日の果物を加えていた。

それを、シンの前に置き、鼻で押す。


「食べていいの?」

「クウォン」

「ありがとう、わんわん。いただきます」


 相変わらず酸っぱいが、元気が出そうだ。


「そうだ、あとで、これがとれるところつれてってくれる?」

「クウォン」

「うん、これいっぱいほしいんだ。これからとおいところにいかないといけないの」

「クウォン」

「このへんにいると、ぼくころされちゃうんだって」

「クウォン」

「かなしいけど、にげないと、ぐすん」


 考えただけで、涙が出てきてしまう。

シンはなぜ自分が狙われているかも理解していないのだ。

ただただ、大人に狙われていることが何よりも怖いし悲しい。


「クウォン」


シルバーウルフが舐めてきた。


「ありがとう、わんわん」


 果物を食べ終わって、立ち上がる。


「わんわん、これのところにつれていって」

「クウォン」


 シルバーウルフはしゃがみ、そこにシンが乗る。

シンはまだ慣れないので、前に倒れて、しがみつくように捕まる。


「いいよー、わんわん」

「クウォン」


 タタっと、軽快に走るシルバーウルフ。

昨日は余裕がなかったが、今日は周りの景色を置き去りにする速さに、シンは喜ぶ。


「わんわん、すごいすごい」


 あっという間に、果物の木についた。


 たくさんの実がついている。

でも、シンは手が届かない。


 一生懸命に背伸びをしてみる。


「ふーん。ふーん。とどかない。ジャンプはどうかな」


 ジャンプをするが、身体能力が高いとは言え、所詮4歳である。高が知れている。


「えい。えい。だめだぁ」

「クウォン」

「あれ、わんわん、どうやってとったの?」

「クウォン」


 シルバーウルフが、木の幹に飛びついて、幹を蹴ると、一気に果物の枝にたどり着いた。


「すごい! わんわん。それをおとしてもらえるかな。ぼくジャグリングできるようになったから、とるのはとくいだよ」


 すると、シルバーウルフが枝から果物をとり、落としてくる。

シンはそれを上手にキャッチして、スペースに入れていく。


「ねえ、わんわん。こうやってとるの、みなみおねえちゃんだったら、ほめてくれるかな」

「クウォン」

「うん、きっとほめてくれるね」


 そう言っている間にも、シルバーフェンリルは落とし、シンはキャッチした。


「ソフィーにはもうほめてもらえないんだよね……」

「クウォン」

「うん、だいじょうぶ。もうすこし、あつめたらおわりにしていいよ。ほかのどうぶつもたべたいよね」

「クウォン」


 程なくして、シルバーウルフは降りてきた。


「わんわん、もう1つおねがいしたいんだ。このへんでいちばんたかいところ、わかるかな」


 シルバーウルフは首を傾げている。


「わからないかぁ。もりのなかだもんね。じゃあ、さがしてみようかな。おおきなやまにむかっていくんだよ」


 すこし、歩いたら、崖が出てきたので、シルバーウルフに乗せてもらって、巻き道から登ってみた。


 すると、崖の先が見晴らしが良くなっていて、ソフィーに言われた山もよく見える。


「あそこのやまのほうにいくと、みちがでてくるから、そこをみぎにまがるんだって」


「わんわん、このがけのしたまでつれていって。あそこまで」

「クウォン」


 シンがシルバーウルフに乗ると、崖を駆け降りた。


「ううううわあああああああああああ」


 崖の下にはあっという間についた。


「ふう、びっくりしたよ。でも、ありがとうね。わんわん」

「クウォン」

「じゃあ、ぼくはいくね。さびしくなるけど、げんきでね」

「キューン」

「ぼくは、こわいひとにおいかけられてるからね。はやくいかないと」

「ウォン」

「うん、おうえんしてくれるの? じゃあね」


 シンは森を山があった方に歩き始めた。

体力があるとは言え、4歳児だ。なかなか森歩きは骨が折れる。

頑張って歩いていると、後ろから、シルバーウルフがついてきていることに気がついた。


「わんわん、どうしたの?」

「クウォン」

「もしかして、いっしょにいってくれるの?」

「クウォン」

「でもあぶないよ」

「ウォン」

「だいじょうぶなの?」

「ウォン」

「おうちからはなれちゃうよ」

「ウォン」

「いいの? じゃあ、いっしょにいってくれる?」

「ウォン」


 シルバーウルフが膝を曲げ、乗りやすくした。


「あ、まって。いっしょにいくならなまえをつけようか」

「クウォン」

「じゃーねー、はっちゃんでどうかな?」

「ウォン」

「じゃあ、きょうから、わんわんははっちゃんね」

「ウォン」


 ちなみに「はっちゃん」という名前には何も由来はなかった。

ただ、思いついたという4歳児の発想だ。


 とにかく、シルバーウルフのはっちゃんと共にシンは旅を始めることになったのだった。

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