第26話 逃走

「死んだのかい? ザマァないね。この僕にこんな傷を負わせたんだから」


 蓮が嬉しそうな顔で近づいてきた。

傷口はポーションで塞いだようだが、完全には塞がってなくて、生々しい傷跡が見える。


 衛と京太郎もやってきた。

衛は左手と足首を包帯で覆い、京太郎は右手と胸に大きな包帯を巻いている。

2人とも血を流しすぎたせいで、顔色が悪い。


「くっそぉ、俺の左手を切り飛ばしやがって。でも死にやがったのか。これで、犯してやれるな」

「くっくっく、本当にやるのかい? 趣味が悪いね」

「あたりまえだ。散々やられたからな」

「じゃあ、次は僕にやらせてくれよ。僕も気が収まらない」

「京太郎もなのかい? 全く、ほどほどにしなよ」


 シンは、何をいっているのかわからないが、ソフィーを渡してはいけないということだけはわかった。

シンがソフィーの死体の前に出て、手を広げる。


 蓮は続けて話す。


「まあ、楽しむのは止めないよ。でも、その前に」


 ギラッとした目で、シンを見る。


「この無能を処分しないとねぇ」


 すると、衛が近づいてきて、手を振り上げる。


「ああ、そうだ、なっ!」


 バシンという音がして、シンが吹き飛ぶ。

地面に体を打ちつけ、すぐに動けない。


「いたい」

「ぶわっはっは。『いたい』だってよぉ」

 

 衛がシンの真似をして笑う。


 蓮が近づいてきた。


「ただ殺すのは面白くないねぇ……そうだ、みんながやられた事をやってやるのはどうだい?」

「それはいいなぁ。左手と左足首は俺に切らせろよ」

「ああ、それだけで、僕の怒りは収まらないけど、やらないよりはいいね」


 2人の意見を聞いて同意したと受けとった蓮は一歩前に出て言う。


「じゃあ、まずは僕からだね。踵で、顔を蹴られたんだけど、同じことしたら、1発で死んでしまいそうだねぇ。

じゃあ、胴体にしよう」


 蓮は、後ろ回し蹴りをシンに放つ。


「ガハッ」


シンは咄嗟に両手で受け止めるが、止められる威力ではなく、吹き飛んで何度も転がり立木にぶつかってようやく止まった。


「あれ? 死んじゃった?」


 蓮が呑気に言う。

衛が不満そうに言う。


「おいおい、殺すなよなぁ」


 3人が近づいていく。

見ると、動いてる。


「ああ、よかった。生きてたね」

「ああ、これで、もっと痛めつけられる」

「僕も右手を切断してやらないとね」

「僕も右目を切ってやらないといけないからね。助かったよ。君、まだ死なないでよ」


 シンはよろよろと立ち上がる。

京太郎が、短剣を出す。


「さあ、右手を出しなよ。魔法じゃ、殺しちゃうから、短剣で切ってあげるよ」


(いたいよぉ、ぼくもここでしぬのかな。ソフィーをまもってあげたかったのに)


 シンは、ソフィーの死体を守ってあげられないことが悔しかった。


「右手出さないの? 出さないなら、他のとこもいっしょに切っちゃうからね。」


 京太郎が、振り下ろそうとした時、銀色の塊が飛び出してきて、京太郎に飛びかかった。


「うわー」


 京太郎はそのまま倒れるが、銀色の塊に左肩を噛まれる。


「ヒッ、いて、いてぇぇぇぇ」


 銀の塊は、京太郎を思い切り投げ捨てた。

京太郎は勢いよく木にぶつかった。


どうしていいかわからないシンの元へ、銀の塊がやってきた。


「クウォン」

「え? わんわん?」

「ウォン」


 銀の塊の正体はシルバーウルフだった。


「たすけてくれるの?」

「クウォン」


 シルバーウルフは警戒している蓮と衛を尻目に、体勢を下げてシンがのりやすくした。


「乗れっていってるの?」

「クウォン」


 シンは素直に乗る。

そこで、シンは思い出し、シルバーウルフの耳に囁きかける。


「あそこのソフィーのところに行ってくれる?」

「クウォン」


 呆気に取られていた、蓮たちが立ち直り、剣を構える。


シルバーウルフは右手に大きく走り、それを追うように蓮と衛がきたら、向きを変え、ソフィーの死体まで一直線に走った。


「あいつ、死体に何かするつもりだぞ」

「待てぇ」


 ソフィーの横までくると。シルバーウルフがしゃがむ。

シンがソフィーの死体に手をかざすと、ソフィーの死体が消えた。

シンがスペースを使って収納したのだ。


「な、死体が消えたぞ。どこにやったテメェ」


 構わず、シンはシルバーウルフに声をかける。


「わんわんいっていいよ」

「ウォン」


 シルバーウルフはひとなきすると、走り出した。


「待てぇ」


 蓮が俊足で迫ってきたが、シルバーウルフのスピードには敵わずに引き離されていった。


 衛の下品な叫びが森の中に響いた。


「死体を置いていきやがれー」




「ハッ、ハッ、ハッ」


 シルバーウルフの息遣いが森の中で響いている。

あれから、どれくらい走ったのか、流石のシルバーウルフも息が切れかけている。


「わんわん。ちょっときゅうけいしよう」

「ウォン」


 その声に答えて、シルバーウルフはスピードを緩める。

そして、道を逸れると、そこには泉があった。


「わあ、水だ」


 シルバーウルフが屈むと、シンはその背から降りた。


 シルバーウルフは水を飲み始める。

シンも水を手で救って飲んだ。冷たくて美味しい。


 そして、布を取り出すと、泉で洗って、右腕の傷口を拭いた。血は止まっているようだった。


『なおれ』


 傷口に手を当て治癒魔法を使った。


 元々、大きくはなかったのか、傷口は綺麗になった。


 シルバーウルフはいつの間にか、どこかにいってしまった。


 1人になったシンは、膝を抱えて座る。落ち着くと、否応なしに思い出される。


「ソフィー……、う、う、うぇーん」


 ソフィーの笑顔が、苦しみに堪える顔が、最後の瞬間が思い浮かんでくる。


「グス。ソフィー、かわいそうだよぉ。助けてあげたかったよぉ。ごめんねぇ」


 涙がどうしても止められなかった。


 どれくらい泣いたのか、膝に顔を埋めていたシンは、近くに気配を感じて顔を上げる。

そこにはシルバーウルフがいて、顔をぺろりと舐めてきた。


「ありがとうね。わんわん」


 しかし、まだ泣き止まないシンに困った顔をするシルバーウルフ。

思いついたように、鼻で何かを押してこちらに寄越す。

それは果物だった。


「わんわん、これくれるの?」

「クウォン」

「ありがとう」


 シンは泣きながら果物を齧った。


「酸っぱいけど、美味しいや。ありがとう、わんわん」

「クウォン」


 食べ終わると、酷い目にあったり、たくさん泣いたせいか眠くなってきた。


「わんわん、ぼくねるね。」

「クウォン」

「おや、す、み」


 シンはすぐに眠ってしまった。

シルバーウルフは大きな体をシンを包むように丸めていっしょに寝た。


 すぐに森は夜の帷に覆われた。


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