第18話 冷酷な美波

 美波は襲撃者たちを片っ端から攻撃した。

美波に初陣の緊張や恐怖はない。

これは聖女の沈着冷静になる能力の効果だ。


 ただ、淡々と襲撃者たちを処理していった。


 しかし、襲撃者たちの中にも相応の実力者もいる。


「くそ、あれが聖女か。傷つけるなってことだったが、もうやるしかねえ」


 襲撃者が、突っ込んでくるが、美波が氷の刃を放つ。

それを左右にうまく当たらないように避ける。


「魔法はすげえが、まだまだ経験が足りねえようだな」


 襲撃者は氷の刃を避けながら、美波に肉薄してくる。


「これだけ近づけばこっちのもんだ。手足の一本くらい覚悟しろや!」


 襲撃者は剣を振りかぶり、振り下ろせば美波を切り裂くところまできた。

その瞬間、襲撃者は何かに阻まれた。


「が、な、なんだこれは」


 襲撃者の全身に何かが絡みついている。

そこから凍り始めていた。


「は、離れねえ」

「氷の霞網っていうの。一度つくと離れないで凍りつくわ」

「な、助けてくれ」

「あなたがそんなこと言うかしら? 私を切りにきたでしょ」

「ち、違うんだ。元々、あんたのことはターゲットじゃなかったんだ。

傷つける気がなかった。だから許してくれ」

「私がターゲットじゃないなら誰がターゲットかしら?」


 そう言うと、凍りつくスピードが速くなる。


「話すからやめてくれ」

「早く話せば」

「ガキだ。無能者のガキがこの一行にいるって聞いている。

そいつを始末するのが俺たちの役目だ」

「それはシンという子供かしら?」

「そ、そうだ。そのシンだ」

「誰の命令で?」

「知らないんだ。俺は下っ端なんだ」


 襲撃者はガクガク震えていたが、さらに凍りついていく。


「それなら誰が知ってるのよ」

「団長が知ってる」

「あなたたち、盗賊みたいだけど、傭兵団なの?」

「そうだ、傭兵団だ」

「団長はどの辺にいるの?」

「団長は正面から攻めているはずだ」


 美波は酷く酷薄ににこりと笑う


「た、たすけ」

「る、わけないでしょ。シンくんを傷つけるものはみんな敵よ」


 襲撃者は完全に凍りついて、ガラガラと崩れた。


 美波は、先頭に向かいながら、襲撃者を氷の刃で撃った。


(下っ端はいらないわ。生かしておく必要もない)


 あるものは、首を切断され、あるものは頭を割られ、逃げようとしたものは氷の霞網に捕まり氷の塊になって崩れた。


 馬車の正面まで行くと、10人ほどの襲撃者を周りに置いた、団長と思しき男がいた。

美波が声をかける。


「あなたが、この傭兵団の団長?」

「誰だ、口をわりやがったのは!」

「質問に答えなさい」

「はっ、答える必要はないな」

「そう、じゃあ苦しみながら喋らせてあげる」

「お前、聖女か?」

「それが何だって言うの?」

「取引だ」

「必要ないわ」

「そう言うなよ。ガキがいるよな。シンとかいうガキだ。

そいつをよこせ。そうしたら、お前らは見逃してやる」

「氷の霞網」

 

 10人の周りに氷の霞網を展開したのだが、これは見えにくい。

誰も気づいていない。

しかし、網は狭められていき、外側にいた数名に接触した。


「何だこれは。ぎゃー。俺の手が凍ってる」


 無理に逃げようとした男の手は手首から割れてしまった。

どこにいっても氷の網に引っかかってしまう。


「うわー、助けてくれ」


 10人は団長のいる真ん中に行こうとする。


「待て、お前ら、落ち着け」


 美波は、そのまま霞網を狭めるだけで良かったのだが、恐怖心を覚えさせるために、氷の刃を展開し、それを乱射した。


「うぎゃー」

「助けてくれー」

「だんちょー」


 やがて立っているものは団長以外1人もいなくなった。


 美波が近付いてくる。

団長はその美波の姿に恐怖を覚える。


(こいつはやべえ。最初は戦闘経験のない小娘なんか楽勝だと思ったが、とんだ怪物だ。初陣でこれだけのことができるのかよ)


「団長以外は邪魔ね。氷のかけらになりなさい」


 美波が手を振ると、10人の襲撃者は粉々になった。


 団長は戦慄した。


(手を出しちゃいけないやつに手を出しちまった)


 美波が凄惨な笑みを浮かべる。


「さあ、団長さん。シンくんを殺そうとしているのは誰かしら」


 しかし、団長にも意地があった。

依頼者のことは話す気はない。


「ふっ、凍らせて殺せばいいだろ」

「え? 何で凍らすことをあなたが決めるの?」

「氷がお前の得意魔法じゃ、ギャー」


 団長の左手が燃えていた。


「氷を使ってたのは、ただ単に森を火事にしたくなかったからよ。でも、話をしたくなるのは火よね」

「うぐぐ、悪魔か、お前は。とんだ聖女様だな」

「私はシンくんのためなら何でもするって決めてるの。聖女なんて評価、別にいらないわ」


 今度は右手が燃え始めた。


「ぎゃー」

「さあ、言いなさい」


 返事をしない。


「仕方ないわね」


 そういうと、団長が炎に包まれた。

のたうち回る。


「ぎゃああああああ」


やがて、動かなくなったとおもわれた瞬間、水がかけられた。

鎧は焼けこげ、服はボロボロになっているが、火傷をしていない。


「な、なんで、ぎゃああああ」


 再び団長が炎に包まれた。

のたうち回り、やがて動かなくなる、瞬間またも水がかけられた。


「はっ」


 またしても団長は傷ひとつない状態で気がついた。

団長にはわからないことだが、美波は水魔法で水をかけるときに治癒魔法も一緒にかけていた。

奏の使っている治癒魔法はパーフェクトヒール。最上級のヒールだ。

聖気によって行うが、回復力が尋常でない美波はほぼ無限に使える。


 美波が笑顔で呟いた。


「あと何回しようかしら」

「ま、待ってくれ。待ってください。許してください」

「言わないんでしょ。許すわけないじゃない」

「言います。だから火炙りだけはやめてください。聖女様」

「あなたに聖女様と言われると怖気が走るわね」

「申し訳ありません」

「それで、誰が命令したのかしら?」

「はい、ネイマル王国のアドルフという男です」

「何者なのかしら」

「ネイマル王国の第二王子オリオの手下のようです」

「ようってどういうこと?」

「はっきりと聞いたわけではなく、推測でしかないということです。

しかし、十中八九当たっていると思います」

「そう、オリオ。あの男ね」


 美波は、オリオと面識があった。

いやらしい目で舐めるように見てきた男だ。


「これで、シンくんに何かあったら許さないところだったわ」


 そこへ、玲奈の焦った声が聞こえてきた。


「美波ー」


 玲奈と護衛たちが走ってきている。

 普段、あまり焦らない玲奈にしてはおかしい。

嫌な予感がすると思いつつ玲奈を待った。


「どうしたの玲奈」

「シンくんが連れ攫われたわ」


 美波が見たことのないくらい青い顔になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る