第14話 聖女一行

 シンたちが転移してきて1ヶ月と10日が経った頃、美波たち聖女一行はレスフィーナ神聖国へと向かう準備をしていた。


「シンくん、忘れ物はないかな?」

「うん、大丈夫」

「長旅だから、シンくんには辛いかもしれないけど、頑張ろうね」

「うん!おねえちゃんたちがいるからだいじょうぶ」


 見送りには召喚者の男子たち3人も来ていて、ニヤニヤした顔で、シンを見ていた。


(なんか、嫌な感じね。気持ち悪い笑い方でシンくんを見てる)


 衛がシンに声をかけてきた。


「よう、ガキ。まあ、せいぜい頑張れや」

「うん、ありがとう」


 続いて蓮と京太郎が声をかけてきた。


「君は何もできないけど、怪我だけはしないようにな。ふっふっふ」

「この世界は厳しいからねえ。君じゃ大変かもしれないけど、気張ってね」


 3人が堪えられないと言った様子で笑い出した。

美波がイライラして、3人に言う。


「あなたたち、出発前にわざわざ不愉快を撒き散らしにきたの?」


 蓮が代表して応える。


「まさかそんな。激励に来たんだよ。美波と桐花と玲奈も頑張ってね」


「どうだか。それに名前で呼ばないでって言ってるでしょ」

「私も名前呼び、やめてほしいな」

「私も不愉快」


 この1ヶ月で美波たち3人の男子たちへの評価は地に落ちている。


 蓮が答える。


「この世界じゃ、下の名前呼びが常識だからね。それに合わせたんだよ。いいだろ美波」


「相手しても無駄ね」

「そうみたい」

「そうね」


 男子の物言いに呆れながら、相手にしないと決める。

無視をしていると、3人は離れていった。


(それにしても、嫌な感じが増したわね)

「美波、最近男子たちの様子。おかしくない?」

「うん、メイドたちを無理やり抱いたりしているっていう話も聞いたよ」

「うん、そうだよね。メイドたちの中にはあの3人のところには行きたくないって言ってる人もいるみたい」

「騎士たちとの訓練でも残虐なことをしているみたい」

「そうね。囚人を殺しているって言う話も聞いてるし」

「私も貴族たちを脅したりして変わったけど、召喚とか職業でも性格が変わるみたいだよ。」

「私たちも気をつけないと」

「そうだね。私たちは今のところ美波ちゃんが頼もしくなっただけだけどね」

「桐花、何それ」

「私もそう思う。頼り甲斐がある」

「美波ちゃん、もうお淑やかじゃないね」

「う、それは否定できない」

「それはそうと、男子たちとは距離を置いた方がよさそう」

「うん、シンくんにも手を出しそうで怖いよ」

「そうだね。でも、シンくんに手を出したら許さないけどね」


 そこへ、エクレールが率いる一行がやってきた。


「聖女様、準備はお済みでしょうか?」

「ええ、大丈夫です」

「途中の街で、調整はさせますが、重病人重症人の回復をお願いします。

キリカさんも道中よろしくお願いします」


 桐花は道中の農地で豊穣祈願をするよう頼まれていた。


「はい、任せてください」

「レイナさんも道中でのポーションの提供、よろしくお願いします」


 玲奈は、途中の街に主にポーションを提供することになっていた。


「はい、ポーション作りならもう慣れてますから大丈夫です」

「頼もしいですわ」


 そして、シンを向く。

その瞳は哀しみを湛えているが、誰も気づかない。


「シン」

「エクレア、だいじょうぶ?」

「え? なんのことかしら?」

「エクレア、なきそうなかおしてるよ」

「もう、シンは本当にいい子なんだから」

(いつも私の心配をしてくれて)

「なかないで。すぐにもどってくるからね」

「ありがとう。シン、信じて。私はどんな時もあなたの味方よ」

「うん、しんじるよ。だからなかないで」

「もう、泣かせるのはあなたよ」


 エクレールがシンを抱きしめる。

その目には涙が光っていた。


(エクレールさん、本当にシンくんのことを大切に思っている気がする)

「ねえ、美波ちゃん。エクレールさんのこと、信じてもいいかも」

「私もそんな気がしてきたわ」

「そうね。そうかもしれない」


 エクレールは、シンをしばらく抱きしめた後、そっと離し前を向いたまま後ろの人物に声をかけた。


「ソフィー」

「はい」


 20代前半くらいのライトアーマーを着たブラウンの髪の美女が前に出てきた。


「聖女様、シン。シンの専属で護衛をするソフィーです」

「聖女様、シン様、ソフィーです。シン様の護衛兼身の回りのお世話をさせていただきます。

どうぞ、お見知りおきを」

「ソフィーは私の側近ですの。きっとシンを守ってくれるでしょう」

「よろしくお願いしますね。ソフィーさん」

「よろしくおねがいします」

「シン様、私には敬語は要りません。そうですね、エクレール様とお話しするような言い方で結構です」

「わかった。ソフィー、よろしくね」


 シンがにこりと笑った。


「まあ、とっても可愛らしい。エクレール様がお気に入りになるのも無理ありませんね」

「ソフィー、余計なことはいいのよ。それより、シンのことお願いね」

「身命を賭して、お守りします」


 美波がエクレールに話しかける。


「よかったわ、私たち3人には護衛がついていて、シンくんについていないのが心配だったの。

ありがとう、エクレールさん。あなたを誤解していたわ」

「聖女様、お礼には及びませんわ。1人しか護衛をつけられないのは心苦しいのです」

「いざという時は、私がシンくんを守りますから大丈夫ですよ」

「聖女様、お気をつけていってらっしゃいませ」

「行ってくるわ、エクレールさん」


 もう一度エクレールはシンを見つめた。


(もう、2度と会えないのね。……胸が苦しいわ)


「シン、それでは元気でね」

「うん、エクレアもね。また、遊ぼうね」


 シンは、屈託なく笑った。

もう限界だった。

すぐにエクレールは振り返って、歩き去った。

その青い目から大粒の涙を流しながら。


 シンは、エクレールのことをずっと見ていた。


「シンくんどうしたの?」

「エクレアがないてるとおもうんだ。だきしめてあげたいけど、もうできないね」


すると、ソフィーがしゃがんで、シンと目線を合わせる。


「シン様のそのお気持ちだけで、エクレール様はきっと嬉しいですよ」

「それならよかった」


 美波が声をかける。


「さあ、シンくん出発しよう」

「うん!」


 シンを乗せた聖女一行の馬車は城門を潜っていく。


 その様子をエクレールが城の一角で見ていた。

目に深い悲しみの色を湛えて。


「シン、あなたに会えてよかったわ。さようなら」


 城下では、聖女一行を一目見ようという大衆の喧騒が聞こえていた。

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