第13話 エクレールの苦悩
月の明かりが綺麗な深夜、エクレールはバルコニーに立ち夜空を見上げている。
ここ一月ほどのシンとの交流を思い浮かべていた。
最初は無能だと忌避していた。
エクレールにとって、ただの処分対象だった。
どこかで廃棄して終わり。そんな簡単な話だ。
少し気の毒には思うが、国のためを思えば大した問題ではない。
しかし、聖女である美波が肩入れをするため、方針を変えざるを得なかった。
まずは、シンを懐柔するところから始めた。
幸い、シンはすぐに疑いもせず懐いてきて、扱いやすかった。
これなら、聖女もそのうち考えを改めて、油断してくれることだろう。
そう思って、シンと偽りの親交を持った。
シンとはいろんな話をした。
シンの世界のホイクエンという施設のこと。
そこでの友達の事。
げーむと言う遊び道具のこと。
すーぱーと言うお店でお菓子を買ってもらうのが楽しみだと言うこと。
シンには父親がいないと言うこと。
母親が大好きで、今でも毎日会いたいと願っていること。
シンは母親の話をよくする。そして、時折寂しそうな顔をする。
その顔を見るたびに胸がちくりと痛むような気がした。
いつしか、エクレールは自分の話もシンにするようになった。
不思議だった。誰にも話さないようなことを、シンが相手だとなんでも話してしまえた。
(子供相手だと話せるのだろうか?)
エクレールは、自分には友達と呼べる存在がいないと言うことを話した。
王女だから、擦り寄ってくるものは多いが、自分の気持ちを素直に吐き出せるような相手は皆無だった。
それは王族として当たり前のことなのだろうと、自重気味に笑ったら、エクレールの顔を小さい体が覆った。
シンが椅子に立って、エクレールのことを優しく抱きしめたのだ。
「エクレア、ぼくがともだちなんだからだいじょうぶだよ。なんでもおはなしきくからね」
と言われた。
その時は鼻の奥がツンとした。
自然にシンの体を抱きしめていた。
しばらく抱き合い、離れた時にシンは
「エクレアはいいこだね」
と言って、はにかんだ。
その顔が忘れられない。
それからは、エクレールはシンを色々なところに連れ出した。
最初は場内の庭園や練兵場や眺めの良い尖塔などに連れて行った。
それらに行き終えたら、城下にも連れて行った。
自分も護衛も庶民の服に着替え、変装した。
人攫いが横行しているので、人混みの中ではシンを抱っこした。
放しがたくなって、人混みから抜けても抱っこしたままだった事は何度もある。
エクレールにとっても初めての経験がたくさんあった。
屋台の串肉をシンが食べたそうに見ていたので、一緒に買って食べた。
エクレールにとってはそれほど大した味付けではなかったはずだが、シンの笑顔を見ながら食べると不思議と美味しく感じた。
牧場にも行った。
動物が好きなシンが見たがったからだ。
牧場には走竜と言う魔物がいて、シンを見ると寄ってきてシンに甘えた。
牧場主によると走竜はあまり人に懐かないから、寄ってくるのは珍しいらしい。
それを聞いてエクレールはなぜだか誇らしく感じた。
子供達がたくさんいるところを見て、シンが興味を持ったので行ってみたら孤児院だった。
孤児院にはたくさんの子供がいて、シンより大きい子供が多いが小さい子供もいた。
シンは小さい子供と遊んであげて、たちまち小さな子供に取り囲まれていた。
シンは嫌な顔ひとつしないで、一人一人話を聞いたり相手をしてあげたりした。
そのシンを見ていると微笑ましく思った。
本当は勇者の相手をしなければならないのだが、気がつけばシンのところに行っていた。
勇者の胡散臭い笑顔と、シンの笑顔では比べるまでもなかった。
そうしているうちに、すでに1ヶ月はたってしまっていた。
そろそろ決めなければならない。
エクレールは貴族の不満の捌け口のために、シンを処分するよう王に厳命されているのだ。
もうすでに猶予がない。
「私は何をしているんだろう」
気づけば涙が溢れてきていた。
(私はシンを殺さねばならない。シンの助命をしても王は許さないだろう。
秘密裏に殺されて、きっと私も殺される。だから、私はシンの信頼を裏切らねばならない)
「もともと、打算があってシンに近づいたんだ。
これはそんな卑しい私に対してのレスフィーナ様の与えた罰なのだろう」
エクレールは、バルコニーの手すりをつかんだまま、崩れていき床にひざまづく。
顔を下に向けると、涙のシミがポツリポツリと床に広がっていく。
「私は。いい子なんかではないよ。シン」
エクレールの忍び泣く声は闇に溶けていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
エクレールには上に2人の兄と1人の姉がいる。
姉はエレノアと言って、すでに他国に嫁いでいる。
上の兄がヒュレット
下の兄がオリオという。
ヒュレットは温厚で、人望があり時代の王として一番期待されている。が、策略には長けていない。
逆にオリオは性残虐で権謀術数に長けているが人望はない。そして、才気あるエクレールを疎ましく思っている。
事実、宮廷内ではヒュレットとエクレールを時代の王に押す声が大きい。
そのため、オリオが王になるにはヒュレットとエクレールをなんとかしなければならない。
しかし、最近召喚で功績を上げたエクレールを押す声が日に日に高まってきている。
特に2級聖女を召喚した意味は大きい。2級は実質最高ランクだからだ。
そして、3級の勇者もいるため、さらに後押しになっている。
オリオは考える。聖女1人がこちらにつけば情勢がひっくり返るのではと。
自室にてくつろぐオリオに訪問者が現れる。
「どうした?」
「お耳に入れたいことがありまして」
「話せ」
「陛下が召喚者の1人、ヤマムラシンを処分したいそうです」
「あの、無能者か。それぐらい直ぐに処分できるだろう」
「それが、聖女様がヤマムラシンに執着しているようで、下手に手を出すことができないとか」
「それで?」
「それを第2王女殿下に一任している様子」
「それで、エクレールはどうしている?」
「機を伺っているのか、まだ手を出さないようです。しかし、陛下に催促されているようなので、もう直ぐ動くかと」
「ほほう、貴様はどうするのがいいと思う?」
「処分を失敗させ、殿下が代わりに処分して、王に報告するのがいいかと」
「しかし、聖女に恨まれないか?」
「報告は秘密裏に陛下にだけいくようにするのです。
聖女様へはあくまで事故を装うようにすれば良いかと」
「ふむ」
「そして、その功績を持って聖女様の後ろ盾を殿下に変えるようお願いするのです」
「なるほど、実行部隊はどうする?」
オリオの悪巧みは夜がふけるまで続いた。
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