第10話 月夜の誓い

(失敗した。シンくんからちょっと目を離したすきに、エクレールにシンくんをどこかに連れていかれちゃった)


 美波は歩いていたウェイトレスを捕まえて、尋ねる。


「シンくんっていう4歳の子を見ませんでしたか?」

「聖女様、申し訳ありません。私は見ていません。」


 探し回ったが、なかなか見つからない。


(エクレール。何を企んでるの)


 美波が探し回っていると、皇良衛が近づいてきた。


「本庄、どうしたんだ?」

「なんでも、いえ、シンくんを見なかったかな」

「ああ、あのガキか」


 美波の目が鋭くなる。

衛は慌てて両手を胸の高さに上げて言う。


「ああ、悪かった。シンだよな。エクレールさんとあっちの扉から出て行ったぞ」

「本当? ありがとう」

「なあ、本庄、後で時間ないか?」

「ごめんなさい。その時間はないの」

「そうか」

「それじゃあ」


 衛は去っていく美波をしばらく見ていた。


 美波は、衛に教えられた扉から出ていくと、廊下を歩いていく。

すると、ある部屋の前に、2人の兵士が立っていた。


「あの……」

「聖女様」

「この部屋にシンくんはいませんか?」

「お答えすることはできませんが、中に確認をとってまいります」

「わかりました。よろしくお願いします」


 1人の兵士が中に入っていき、程なくして出てくる。


「どうぞ中にお入りください」

「ありがとうございます」


 中に入ると、シンがエクレールと楽しそうに話していた。


「シンくん」

「あ、みなみおねえちゃん」


 シンが満面の笑みで、美波のところに来る。


「シンくん、ダメじゃない。勝手にどっかに行ったら」


 それを聞くと、シンが目に見えてシュンとする


「ごめんなさい。おねえちゃんがいそがしいとおもって」

「でも、声をちゃんとかけて」

「……うん」


 すると、エクレールが声をかけてきた。


「聖女様。私がシンを連れ出したのです」

「エクレールさん、シンくんは私のそばにいる事になっていたはずです。勝手に連れ出さないでください」

「みなみおねえちゃん。エクレアはぼくがつまらないっていったからつれだしてくれたの。エクレアをおこらないで」

「シンくん、でもね」


 シンが悲しそうな顔をする。

その顔を見ると、美波は何も言えなくなってしまった。


(シンくん、私は心配で言ってるのに。エクレールのことエクレアとか言ってるし、エクレールはシンって呼んでるし、エクレールは何を考えているの? でも、これ以上は何も言えない)


「分かりました。でも、エクレールさん、これからは私に必ず声をかけてくださいね」

「ええ、分かりましたわ」

「シンくんもこれからは私に言ってね」

「うん! ごめんね、おねえちゃん」

「もう、シンくん、心配したんだから」


 美波がシンを抱きしめる。


「ごめんなさい」

「もう謝らなくていいよ。いい子ねシンくん」

「えへへ、おねえちゃん、あったかい」

「シンくんったら」


 エクレールが空気を変えるように言う。


「さあ、聖女様。主役がいつまでもいないのは良くありませんわ。

戻りましょう」

「はい」

「さあ、シンも行くわよ」

「うん!」


 エクレールがシンと手を繋いで部屋を出て行った。


(何よこの距離感は)


 美波は、若干苛立ちながらついていく。


 大広間の手前に来て、エクレールは言う。


「シン、ここからは私とは手を繋いでいけないわ」

「うん、わかった」

「シンくんこっちにおいで」

「うん」


 美波はシンと手を繋ぎ、やっと安心する。


「シンくん」

「なに?」

「私か桐花か玲奈から離れないようにね」

「うん」

「手を繋ぐのも、私か桐花か玲奈だけよ」

「エクレアとはダメ?」


 少し、悲しそうな顔で見上げてくるシン。


「う、だ、め、じゃ、ないかな。たまにだったらいいよ」

「うん、ありがとう。よかった」

(本当はダメって言いたいのに、言えないー。

エクレールが何を考えてるかわからないから危険だとかも言えない)


 シンは嬉しそうに隣で手を繋いで跳ねるように歩いている。


(ふふ、かわいい)


 歩いていると、桐花と玲奈が近づいてきた。


「美波ちゃん、大丈夫?」

「心配したよ」

「ごめんね2人とも」

「ごめんなさい。ぼくがいなくなったから、おねえちゃんがさがしにきてくれたの」

「シンくん、そうなの? どこに行ってたの」

「それが、エクレールがお菓子を食べに別室に連れて行ってたのよ。

楽しく話していたの。愛称呼びにも変わってたし」

「そうなの? どう言うことだろう」

「なんだろうね」

「まあ、その話は後にしましょう」

「そうね」

「シンくん、今度は離れないでね」

「うん、ごめんねふたりとも」

「いいよ」

「いいわよ」


 それからはシンは誰かのそばにいて離れなかった。

しかし、シンはしきりに外を気にしていた。


「シンくん、外が気になってるの?」

「うん、星が見たいの」

「星? じゃあ、見に行こうか。桐花 玲奈、シンくんが星見たいんだって。行ってくるね」

「私もいくよ」

「私も」


 4人で外に出ていく。

シンは玲奈と桐花に挟まれて、手を繋いでいる。


 外に出ると庭園があり、少し歩くと噴水があった。

そこまでくると、美しい月夜が広がっていた。


(異世界でも月はあるのね)

「この辺でいい? シンくん」

「うん。うわーキレーだねー。お星様いっぱいだよ」

「本当ね。綺麗だわ」

「すごーい」

「綺麗」


 しばらく4人は、星空を眺めていたが、シンが妙にキョロキョロと星空を見ているのに気づく。


「どうしたの、シンくん」

「見つからないんだ」

「何が?」

「北極星」

「北極星はないと思うよ」

「え? なんで?」

「私たちが来たところと、違う場所だから、星も全部違うんだよ」

「そう……なんだ」


 シンがボロボロと泣き始めた。


「え? シンくん、どうしたの?」


 突然のことに、3人ともオロオロする。


「シンくん、どっか痛いの?」

「シンくん、大丈夫?」

「エクレールに何かされたの?」

「ちがうの。ごめんなさい。ないちゃってごめんなさい」


 3人はシンの姿に胸が苦しくなった。

美波が口を開いた


「シンくん、泣きたくなっちゃったかな?」

「うん、ごめんなさい」

「ううん、謝らなくていいの。大丈夫だよ。」

「うっ、うっ」

「我慢しないで、いっぱい泣いていいよ」

「うわーん」


 美波がシンを抱きしめた。シンも美波にしがみついた。

シンが泣き止むまで、美波はそのまま抱き続けた。

桐花と玲奈は黙って見守っていた。


 やがて、シンは泣き止んで顔を上げた。


「おねえちゃん、ありがとうね」

「うふふ、かわいい顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃよ」


 美波がハンカチを出して、優しくシンの顔を拭う。

そして、シンに穏やかに尋ねる。


「シンくん、どうしちゃったのかな? 話せる?」

「うん、あのね。ぼくのなまえのシンはかんじでこころってかくの。

そのなまえのシンはこころのほしってかいてしんせいっていうほしからとったの。

しんせいってほっきょくせいのべつのなまえなんだって」

「それで、さっき北極星を探してたの?」

「うん」

「じゃあ、なんで泣いちゃったの?」

「あのね、ママがいってたの。もし、あえないときがきても、ほっきょくせいをみれば、ママもみているから、こころはいっしょだよって。でも、会えてないのに、ほっきょくせいもないなら、こころもいっしょじゃないんだっておもったの。ママぼくのことわすれちゃうのかなーっておもったんだ」


 美波は涙を堪えた。桐花も玲奈も涙を堪えている。

そして、美波はまたシンを抱きしめた。

美波が言う。


「シンくん。シンくんのママはシンくんのことを忘れないわ。今もシンくんのことを探してるのよ。いつか、シンくんをママのところに帰してあげるからね」


 美波は、してはいけない約束をしてしまった。

できない約束はシンのことも自分のことも傷つける。

だから、こんな約束するのは間違っている。

しかし、美波は決心する。


(いつか、日本に帰ってみせる。シンくんをママに会わせてあげる。必ず方法を見つけてみせる)


「待っててね、シンくん。私がママに会える方法を見つけてあげるから」

「うん!」


桐花と玲奈も続く。


「シンくん、私も手伝うからね。みんなで日本に帰ろうね」

「うん、いっしょにかえろうね」

「帰ったらママに会わせてね」

「うん、ママにあってね。やくそく」


 4人は、日本に帰ることを誓い合った。

シンの顔にもう涙はなかった。

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