第5話 ディナータイム

 シンは目が覚める。

見回すとそこは見知らぬ部屋だった。


「ママ……やっぱりいないんだ。うっ、うっ、えーん」


 シンは泣き出してしまった。

すると、慌てた雰囲気と共に、美波が現れた。


「シンくん、大丈夫よ」

「う、う、あのね、おきたら、ママがいるかとおもったの。でも、いなかったから」

「寂しくなっちゃったんだね」

「うん、うっ、うっ、ごめんなさい」

「どうしたの」

「ないちゃって、わるいこみたい」

「泣きたい時は泣いていいのよ」

「でも、ぼくがわるいこだとママにあわせてもらえないかも」

「泣いても悪い子なんかじゃないよ。シンくんは泣いていいからね。心配しないで、いっぱい泣いて」


 美波は、ママに会えるからと励ましてあげたかったが、それは言えなかった。

今の状況は美波にもわからないからだ。


 それでも、シンは泣いて良いと言われて思い切り泣いた。

美波は泣かせてあげることしかできない自分の不甲斐なさに腹が立った。

しかし、現実にはそうするしかないから、泣き止むまで優しく抱きしめてあげることにした。


(こんな子を泣かす英雄召喚が憎らしい)


 現時点で、美波のネイマル王国への評価は最悪だった。

しかし、今反発するのは愚策だと思った。

状況がわかるまでは耐えるしかない。


(と、言っても、もうすでにやらかしてるんだけどね)


 そう考えてると、シンが泣き止んだ。


「シンくん、もう大丈夫?」

「うん、ごめんねおねえちゃん」

「謝らないでいいのよ。本当に気にしないでね」

「ありがとう。おねえちゃんはやさしいね」


 シンの言葉に、美波の顔は綻ぶ。

本当になんとかしてあげたいと思う。


 そこにメイドが入ってきて食事を伝えてきた。


「シンちゃん、ご飯だって。食べられる?」

「うん、食べたい」

「偉いね。じゃあ、一緒に食べに行こうか」

「うん!」


 ベッドから降りると、桐花と玲奈がいた。


「起きたの、シンくん」

「シンくん、おはよう」

「おはよう、えっと」

「私は桐花っていうの。よろしくね」

「私は玲奈、よろしく」

「きりかおねえちゃん、れいなおねえちゃん、よろしくおねがいします」


 シンがぺこりと頭を下げた。


「「可愛いー」」


 2人が抱きついてきた。

ちょっとびっくりしたが、すぐに嬉しくなってきた。


「2人ともディナーでしょ。行かないと」

「そうだね、行かないと」

「行こう」

「シンくんは私と手を繋いでいきましょうね」

「うん!」


 4人はメイドの先導で、ディナー会場に着いた。


 蓮 衛 京太郎の3人はもう来ていた。

3人は、美波を見ると顔を引き攣らせた。

美波は、どうしたのだろうと疑問に思った。


 桐花と玲奈が美波に耳打ちする。


「美波のこと怖がってるんだよ」

「3人とも怯えてたからねぇ」

「あ、そうなの? まあ、仕方ないね。ご飯食べよ」

「「うん」」


 美波は桐花と玲奈とは仲が良かったが、男子3人とは特に仲が良いわけではなかった。

動物園で、同じ班だったのは、美波たち3人は学校ではかなりの美少女だったために、寄ってきただけの男子だった。


 それでも蓮は学校ではイケメンで有名で女子に人気があった。

その蓮は美波を落とすつもりだった。

召喚された時は、勇者と言われ、美波は聖女だったので、恋人同士になるのは確実だと思っていた。

そこに、美波のあの怒気に触れ、すっかり萎縮してしまっている。


 女子たち2人が何食わぬ顔で、席についた。

美波はシンを椅子に座らせてから座る。


 蓮が口を開く。


「やあ、部屋の方はどうだい? 不便してないかい?」


「部屋に入ってから、ずっと美波の部屋にいたから、特に不便は感じてないわ」

「私もだよ」

「私も、特にはないかな」


 今度は衛が口を開く。

「そのガキは本庄が面倒を見てるのか?」

「ガキなんて呼び方やめてくれるかな。シンくんっていうんだから」

「あ、ああ、そうか」

「シンくんは私と一緒の部屋よ」

「そうなんだな。でも、あまり構いすぎるのもどうかと思うぞ」

「何? こんな小さい子をほっとけっていうの?」

「いや、そうじゃなくてな」

「それなら、シンくんが悲しくなるようなこと言うのやめてくれる?」

「わ、分かった」

「どうしたんだ? 美波」

「どうしたって何? 工藤君」

「なんか、いつもと違くないか? いつももっとお淑やかだったじゃないか」

「こんな非常事態にお淑やかでいろっていうの? 友好的だったら、お淑やかでいてもいいわ。でもね、ここの人たちはシンくんを処分しようとした。それなら抵抗するまでよ。それはあなたたち男子も同じ態度だったわ。だから、私はあなたたちを警戒する。私を名前で呼ぶのやめてもらえるかしら、工藤君」

「わ、分かった。気をつける。本庄」


 美波は女子2人に向き謝罪する。


「ごめんなさい、桐花 玲奈。雰囲気悪くしちゃったわね」

「いいの。美波の言ってることは正しいわ」

「大丈夫よ美波ちゃん」

「ありがとう」


 そして、シンの方を向き声をかける。


「シンくん、大丈夫? 怖かったかな?」

「だいじょうぶだよ。おねえちゃんがやさしいのしってるよ」

「シンくん。本当にいい子ね」


 女子2人は微笑ましく見ていたが、男子3人は苦々しい顔でシンを見ていた。


 その後、ディナーが運ばれてきた。

異世界の食事は、思っていたよりも普通で、美味しく食べられた。


 部屋に戻った美波とシンは隣り合ってテーブルに座っていた。

美波の頭の中にはいろいろなことが浮かんでは消えていった。


(お城のご飯だから、普通に美味しかったのかしら? でも、明日から憂鬱ね。いよいよ、具体的な話になるだろうし。

シンくんの待遇もちゃんとさせないとな。お父さんとお母さんは心配だな。今頃どうしてるんだろう。もう、学校も行けないのかな。)


 シンが椅子に立って、頭を撫でてきた。


「え? シンくん、どうしたの?」

「おねえちゃんが、さびしそうなかおしてたから。さびしいときはママがこうしてくれたんだよ」

「ありがとうねシンくん」


 美波は椅子に立ったままのシンのお腹辺りを抱きしめた。


「おねえちゃんも、ママにあえなくてさびしいの?」

「ううん、いや、そうね。私も寂しいよ」

「じゃあ、おねえちゃんがさびしいときはぼくがなでてあげるからね。あと、ぎゅってしてあげる」


 そう言うと、シンはギュッと抱きしめてきた。

美波はそれが心地よく、しばらくシンと抱き合った。

やがて顔をあげ、笑顔でシンに声をかけた。


「ありがとうね、シンくん。お姉ちゃん元気出てきたよ」

「よかった。おねえちゃん、かわいいひとだから、わらったほうがいいよ」

「ありがとうシンくん。ところでシンくんはどこでそんな言葉覚えてきたの?」

「ママがおんなのひとにはちゃんとほめてやさしくしなさいっていってたの」

「まあ、シンくんのママは綺麗なだけじゃなくて、とてもいいママなのね」

「うん! ママは世界一だよ」

「そっか、良かったね」


 ノックをしてからメイドが入ってきた。


「ミナミ様、入浴の準備ができております。いかがされますか?」

「じゃあ、入らせてもらおうかな。シンくん、一緒にお風呂入ろうか」

「やったー、おふろだいすき」


 美波がメイドに声をかける。


「桐花と玲奈はお風呂入ったのかな?」

「今声をかけられたはずなので、すぐに行くかと」

「みんなで入れるのかしら」

「大丈夫です」

「それなら、2人と合流しますね」

「ご案内いたします」


 女子3人とシンが風呂に向かっている頃、王の執務室では、王とエクレールが話していた。


「ホンジョウミナミという女は当たりだったな」

「はい、転移初日から、あのような力を発揮するとは」

「あれは手懐ければ、役に立つ。問題は反抗的だったところか」

「はい、ホンジョウミナミはあの無能の子供に執着しているようです。

ディナーの時も、無能に対して苦言を呈した仲間に怒りを現したと報告が上がっています」

「手懐けるには、無能をなんとかする必要があるか」

「そうですね。どうすれば良いか、しばらく様子を見ましょう」

「そうだな。それから判断しても遅くないだろうな」

「はい。それでは、陛下、私はこれで」


 そういうと、エクレールは執務室を出た。

エクレールは長い廊下を歩きながら、1人思った。


(あの、無能は生かしてそばにおいたほうが、ミナミを扱いやすくなるかしら?

それとも、秘密裏に処分したほうがいいかしら?

明日以降のお楽しみね)


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