一七章 ウェディングドレスを求めて
「
「だから、なんでいきなり寝室に入り込んでくるんだ⁉」
今日もきょうとて、ドアを蹴破らんばかりの勢いで寝室に入ってきたノウラに対し、
ノウラは
「きゃあっ!」
とか、叫んでしまいたくなる
そんなふたりのやりとりを、侍従長のゾマスがドアの向こうの廊下から、困りながらも微笑ましく見守っている。
「いったい、今日はなんなんだ⁉」
「ですから、服を選びに行こうと言っているのです」
「服? なんの服だ、いったい?」
「決まっているではありませんか。わたしたちの結婚式の服です」
「結婚式?」
「はああ~」
と、大きなため息をもらしたのはいたって当然のことだったろう。いや、状況からすれば驚くぐらいに寛大な態度だったと言っていいかも知れない。よりによって、花婿たる身が結婚式のことを忘れていたのだ。花嫁の気質次第では血を見る事態に発展していたかも知れない。
「こほん」
と、侍従長のゾマスが、少々わざとらしく咳払いなどしながら説明した。
「陛下。
「あ、ああ、そうか……」
なんと言っても、れっきとした国王夫妻の結婚式なのだ。それは、諸外国の大使を招いての外交の一環であり、各国との友好関係を深めるための手段でもある。
その結婚式の日取りか迫っており、そのために式で着る衣服を選ばなければならない、と言うわけだ。
「しかし、それなら出来合いの服を適当に……」
「なにをおっしゃっているのです! 一生に一度の女の晴れ舞台、出来合いの服ですませろと言うのですか⁉ それが、夫の言うことですか⁉」
「陛下。はっきり申しあげますが、ノウラさまとのご結婚は政略結婚。すなわち、公務の一環です。である以上、最低限の形式は整えていただかなくてはなりません」
私人としての立場と公人としての責任。
その双方からの連続攻撃。どちらも、あまりにもっともな言い分だったので
ノウラは、そんな
「さあ、まいりましょう。
そうして結局、
王族の結婚式の服選び。
となれば、たとえ国王でなくても専属のデザイナーなりがついて一から作るのが普通だろう。
だが、国王である
なんとなく、それがそのまま伝統のようになってしまい、『専属のデザイナー』など影も形もいた試しはない。
そんな態度が『庶民的で飾らない国王』として、国民から好かれている理由のひとつなのだが。
一応、
「地球回遊国家も様になってきた。おれたちもいまでは国王と王妃だ。少しはそれらしいことをしてもいいんじゃないか?」
しかし、夫のそんな言葉に対し、
「そんな気にはなれないわ。地球回遊国家をはじめたばかりの頃は、自分で釣った魚をさばいて食べていたんだから」
そう言われて
「それもそうだ」
と、納得してしまった。
結局、立場はどうあれ、骨身に染みついた庶民性は抜けることのなかったふたりなのである。
ただ、今回、侍従長のゾマスがふたりを連れてきたのは『その辺の』洋品店ではない。さすがに、ノウラのことをおもんぱかってか市内随一のブティック、ヨーロッパでも有名な老舗洋品店の支店である。
当然、どの服の価格も一般庶民が手を出せるようなものではないし、それ以上に店員の態度の垣根が高い。
一般庶民が入ろうものなら筋肉がスーツを着ているような店員に、問答無用でつまみ出される。店員たちはそのことを自分たちの格式を保つための誇りある行為と信じているし、世間もそれが当然と思っている。
そういう店だ。
そういう店に堂々と入り、店員たちのもてなしを受けて服を選ぶ。
――おれも出世したものだなあ。
と、
ノウラの方はそんな
ノウラは、
その姿は
ノウラは数人の店員に囲まれながら、なんとも楽しそうにウェディングドレスを選んでいる。そんなノウラの姿を見て、侍従長のゾマスはしみじみと口にした。
「ノウラさまはお仕事ばかりに夢中で自分のことは気に懸けない、と噂されておりましたが……やはり、女性ですな。見てください、あの嬉しそうなお顔。見ているこちらまで幸せな気分になってくるではありませんか」
「……うむ」
たしかに、ゾマスの言うとおり。ノウラは本当に嬉しそうにドレスを選んでいる。『世界で二番目の
「……ノウラが喜んでドレスを選ぶべき相手は、おれではあるまい」
「そのお言葉は、ノウラさまに対して失礼と存じますが?」
「歳がちがいすぎる。それに、おれの妻は
「ノウラさまはすべての事情をご存じの上で、陛下とのご結婚を受け入れてくださったのですよ?」
「親に売られたせいだろう」
「本気でそんなことを思っておられるわけではありますまい。あのノウラさまが親に売られたぐらいで唯々諾々と従うような、そんなか弱い女性とお思いですか?」
言われて
結局、ゾマスの言葉に反論できないのだった。
「
突然、ノウラの声がした。
「な、なんだ、いきなり!」
「次のお店に行きましょう」
「次の店? ここで買うんじゃないのか?」
「最初に入ったお店で決めるなど、ショッピングの楽しみを放棄するようなものではありませんか。せっかくの一生に一度の買い物。思いきり、時間をかけて楽しまなくては」
と、思いきり力瘤を作りながら、妙に庶民的なことを言う生まれついての王女さまだった。
「では、ゾマス。次のお店をお願いするわ」
ゾマスは
「……ノウラ。最初に言ったことだが、改めて言っておく。これは、あくまでも政略結婚だ。一度、約束した以上、王妃として迎えはする。だが、それだけだ。お前をおれの妻とすることはない」
「陛下のお心など関係ありません。わたしは妻となります」
「しない」
「なります」
「しない!」
「なります!」
ふたりのそんな言い合いを浴びながら――。
ゾマスの御する馬車はのんびりと氷の市内を走っていくのだった。
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