一一章 教科書はジャパニメーション
「まったく。子どもではないんだからもっと自分の行動を考えろ」
「……はい」
「王妃になりに来たというのなら、日頃の行動に気をつけろ。あんな間抜けな姿を国民に見せては、王族としての威厳はたもてんぞ。王族の生まれなら、それぐらいわかっているはずだろう」
「……はい。まことにもっておっしゃるとおりで」
ノウラは『一言もない』といった様子でちぢこまり、椅子の上にちょこんと座っている。肩をキュッとすぼめて両手を膝の上におき、うつむき加減に頬を赤く染めているのはさすがに、自ら
あのあと結局、ノウラの足のしびれがある程度とれるのをまってから、
それを思えば、ノウラがひたすら恥じ入っているのももっともなのだった。それにしても――。
あの
なにより『世界で二番目の
その姿を見て、
――まあ、このへんで許してやるか。
と、歳上の余裕を見せつけてやる気になった。
「まあいい。反省しているようだし、この話はここまでだ」
そう楽しそうに話すその姿。
侍従長のゾマスや執事が見れば、その姿に驚いたことだろう。
「それより、昼にするとしよう。時間に遅れたことで料理人たちを困らせてしまったからな」
誰かのせいで、と、イタズラっぽく付け加える。その言葉に、ノウラはますます身をちぢこませる。
王宮内における
それでも、わざわざ人を雇ってやらせているのはなにも、権力を振りまわして
なにしろ、地球回遊国家は仕事どころか生活の基盤それ自体をもたない難民を受け入れるために作られた国家。受け入れた人々に職を与えることができるかどうかは国家存続の根幹に関わる重大問題。それができなければ、難民を受け入れたところで日がな一日やることもなくブラブラして過ごす人間が増えるばかり。印象も悪くなるし、治安も悪化する。外部においては観光客の減少につながるし、内部においては扱いや収入の格差から紛争が起きることになりかねない。
そんなことになれば、地球回遊国家どころか『難民を吸収するために人工国家を作る』という試みそのものが
それを防ぎ、国民同士が争うことなく生きていけるよう、財力のある人間はその金を惜しみなく使い、ひとりでも多くの人間を雇うことが国是として掲げられている。
そして、それは、いまは亡き初代王妃である
「国家以前の人類集団において、族長の資格は気前の良いこと。族長たる身には自分の持ち物を惜しみなく人々に分け与えることが求められるし、それができなければ族長として認められない。そして、受けとった側もいちいちお礼なんて言わない。当たり前の権利として受けとる。そんな『常識』が復活すれば、貧富の差なんて消えてなくなる! これぞ、人類が目指すべき未来!」
そう言って、猪突猛進というのもなまぬるい勢いで国是を制定したものである。
そのために、地球回遊国家ではいまでも、機械化すればずっと効率的なところにわざわざ人を配している。
もっとも、それは無駄というわけでもない。人が手ずからサービスを行うことで観光地としての評価を高めているという側面もある。
誰だって自動ドアに迎えられるより、側に立つドア係が笑顔と迎えの言葉とともにわざわざ自分のためにドアを開けてくれる……という方が『特別扱いされている』と思えて満足感があがるというものだ。
街角のコンビニでそんなことをやられても面倒くさいだけだろうが、観光地という非日常を提供する場においてはこれは重大な要素となる。
機械任せにせずに人を雇う。そうすることで、観光客がふえ、つまりは自分の収入もふえる。そのことがわかっているので、地球回遊国家の金持ちたちは
ふたりのメイドが皿を並べて、一礼して去っていった。湯気を立てる
古き良き日本の朝食。
そう呼びたくなるようなメニュー。その内容に、
目を丸くして皿を見つめる
「ビタミンとタンパク質を補給できるメニューということで、料理人に指示しておきました。肉や魚にはあまり食指が動かないということでしたので、植物性の食材だけで」
日本食は植物性の食材が多いので、ヴィーガン食を用意するのも楽でいいですね。
ノウラはそう付け加えた。
「ただ、それだけだと脂質が不足するので、お豆腐にはエゴマ油をかけてもらいました。エゴマ油は脳に効くと言いますからたっぷり食べてください」
先ほどまでのかわいらしい恥じ入った様子はどこへやら、ピンと背筋を伸ばして堂々と、いつもの調子に戻ってそう言うノウラである。自分の子供じみた失態などすでに忘れているらしい。やはり、いい性格だ。
そんなノウラの変貌振りに
「はい、あ~ん」
の、一言とともに。
「なんだ、それは⁉」
ノウラは当たり前のように答えた。
「ですから『はい、あ~ん』です」
と、あくまでも豆腐を載せた匙を
「それはわかってる! なんで、そんなことをするんだと聞いているんだ!」
「なぜと言われましても。これが、日本のカップルの常識でしょう?」
「だから、おれたちはカップルじゃない……いや、その前に、どこでそんなことを覚えたんだ⁉」
「地球回遊国家製のジャパニメーションで、です」
ノウラは『それが常識』と言わんばかりの態度で答えた。
「ナフード王国はジャパニメーションの大量輸入国ですから。王宮には数えきれないぐらいの数の円盤が保管されています。わたしも子どもの頃からたくさん見て、日本の文化や風習を学んだものです。とくに『ラブコメ』と呼ばれるジャンルの作品においては、若いカップルたちが当たり前に『はい、あ~ん』していましたから」
その答えに――。
地球回遊国家の財源とすべく注力してきたジャパニメーションの制作。日本から多くのマンガ家、アニメーターを招き入れ、発展させてきた主産業。それが、こんな『まちがった日本観』を広める結果になっていたとは。
それも、よりによって、自分と結婚することになっている相手がしっかり、すっかり染まっていたとは。
「あれはあくまで二次元の話だ! 現実とはちがう」
ノウラはキョトンと、心から不思議そうな表情を浮かべた。
「もしかして、常識ではないのですか?」
「当たり前だ! 日本ではいちいち『はい、あ~ん』なぞやらん!」
夫婦ならなおさらやらん! と、
「わかりました」
と、ノウラはおとなしくうなずいた。
「では、地球回遊国家の常識としましょう。はい、あ~ん」
「だから、やめいっ!」
その叫びに――。
厨房では、料理人をはじめとする使用人たちが笑い転げていたのだった。
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