第53話

「渋谷くん…。」


思わず、手が彼の方に伸び掛ける。


「帰れよ。」


「…。」


「別に言ってもいいよ、学校のみんなに。俺がゲイってこと。川瀬に話したっていい、気持ち悪がるだろうけどな。」






自らを嘲笑うように言った渋谷くんのその姿は、悲しいくらい小さく思えた。






「言わないよ。それに、北斗はそれを知っても、気持ち悪がったりしない。」






渋谷くんの後ろ姿が、ピクリと微かに動いた。


「それに…。」


わたしはドアノブに手を掛けながら、去り際にもう一度渋谷くんに声を掛けた。





「好きな人に想いを伝えられないっていうのは…人間なら誰にでもあることだと思う。何もかもが上手くいかなくて、やけになることも。渋谷くんは、屈折なんかしてない。普通の人間だよ。わたしはこのこと、誰にも話さないよ。」






ドアの隙間から見えた渋谷くんは、チラリとこちらを振り返っていた。


でもわたしはそう言い残すと、静かにパタリとドアを閉めた。

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