第41話 ヤンデレかな?

 あまりの衝撃に俺はベッドから飛び出し、玄関に向かおうとしてから立ち止まった。


「って、ままま、マズい! 莉羅りらさん!?」


 俺の心情を理解してくれたのか、莉羅りらさんは大きく頷いた。


「大丈夫よ。インターホンで話しただけだから。同級生に同居がバレちゃうと困るわよね。私は部屋に隠れているわ」

「助かります」


 続いて俺はシエルの方を向いた。


「すまん、シエルも自分の部屋に居てくれ」

蜷川にながわさんに家を教えたんだ?」

「教えてないけど……。俺も事情が分からない。後で説明するから」

「しょうがないなぁ」


 しぶしぶ納得したシエルも自室へ戻る。

 あとは、ノエル姉か?


 素早くスマホを操作し、ノエル姉にメッセージを送る。


『緊急事態! 家に蜷川さんが来たから、ノエル姉は外で時間潰してて』


 スタタタタタッ!


 玄関へ走ってシエルの靴を下駄箱に隠した。俺の家に女物の学生ローファーがあったら変だからな。

 これで完璧なはず――


 全ての準備を整えた俺は、何事もなかったように玄関ドアを開けた。


「はあっ、はあっ、に、にな……がわさん」


 しまった。息が上がりまくってる。何事もないようにしたかったのに、思い切り何かあったみたいだ。

 風邪で息苦しいところに急いで走ったからだな。


「あ、安曇君! だだ、大丈夫?」


 息を切らせた俺に、蜷川にながわさんは心配そうな顔を向けた。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと胸が苦しいだけで」

「安静にしてないと。わ、私、看病するね」

「あの、ちょっと」


 蜷川にながわさんがグイグイくる。すでに靴を脱いで上がろうとしているのだが。


「えっと、今はちょっと……」

「私に任せて。おかゆの作り方を勉強してきたの」

「あの、おかゆはさっき食べたから」

「そ、そうなんだ…‥」


 蜷川にながわさんの顔が曇った。その手にはネギが入ったスーパーの袋がぶら下がっている。

 途中で買い物をしたのだろうか。


「じゃ、じゃあ晩御飯にでも。どうぞ」


 そう言って蜷川にながわさんは、俺にスーパーの袋を手渡す。


「ありがとう。わざわざごめんね」

「良いの。安曇君の役に立ちたいから」


 グイグイッ!


 うわぁ、近い! 凄く近い! お世話したいって顔に書いてあるみたいだ。

 蜷川にながわさんって、こんなグイグイ来るタイプだったのか?


「あの、安曇君のお母様にご挨拶を……」

「あ、えっと、母は仕事で部屋にこもっていて」

「そうなんだ」


 莉羅りらさんを母って呼ぶのは照れ臭いな。普段は名前にさん付けだし。

 実際に莉羅りらさんは在宅ワークらしいのだが。仕事しているとこを見てないので、何をしているのか知らないけど。


 それより蜷川にながわさんはどうしよう? せっかくお見舞いに来てくれたのに、このまま追い返すのも悪いし。

 お茶でも出さないと悪いよな。


 しかもこれ、帰ってくれないやつだよな。蜷川にながわさんの目が、俺をお世話したくてキラキラしてるぞ。


「ちょっと上がってく?」

「うん!」


 蜷川さんの声が弾んだ。

 ああぁああぁ! 俺のバカバカ!

 何で上げちゃうんだよ! シエルが居るのバレたらどうすんだ!?


「そういえば、よく家の場所が分かったね」


 俺は気になることを聞いてみた。


「うん、岡谷君が教えてくれたの」


 岡谷ぁああああ!

 お前のせいで大ピンチなのだが!


 ネギをキッチンに持ってゆくと、袋の中からプリンやスポドリが出てきた。蜷川にながわさんが買ってくれたのだろう。


 蜷川にながわさん……俺のために……。


 俺はネギをテーブルに置くと、プリンが入った袋と冷蔵庫から出したお茶を手に彼女を案内する。


「こっちの階段を上がったところが俺の部屋だよ」

「うん、わ、わわ、私、男の子の部屋に入るの初めてなの」

「そ、そうなんだ」

「この前、私の部屋に呼んだのも安曇君が初めて」


 相談に乗った時の話だな。エッチな本が出てきたりと、彼女の意外な一面を知ったけど。


 カタッ!


 今、一瞬だけシエルの部屋のドアが鳴った。

 マズいな。今の話を聞いてたかもしれないぞ。



 部屋に入った蜷川にながわさんは、周囲を珍しそうに見ている。


「その辺に座って」

「うん」


 蜷川にながわさんはテーブルの前にちょこんと座る。

 俺は、そのテーブルの上にプリンと飲み物を置いた。


「あっ、それ食べてね。安曇君……そ、壮太君……に、早く元気になってほしくて。きゃっ♡」

「あ、ありがとう」


 今、俺の名前を言い直したぞ。それ、どういう意味だよ?


「そ、壮太君♡ もう体調は良いの?」

「うん、だいぶ回復したみたい」

「良かった」


 何故か蜷川にながわさんの目が前と違う。すっごいキラキラしているような?

 俺は照れ隠しでプリンを手に取った。


「い、いただきます」

「うん♡」


 グイッ!


 何故か蜷川にながわさんがテーブルの上に身を乗り出した。


「あの……何か?」

「う、うん、わわ、私が食べさせてあげようかなって♡」

「ええっ!」

「あ、ごめっ、嫌だったかな? 男子ってこういうのが好きなのかと思って……」


 それ何処情報だよ?

 でも、シエルや莉羅りらさんも『あーん』してたし、やっぱり正しい情報なのか?


 グイグイッ!


 対面に座っていたはずの蜷川にながわさんは、いつの間にか俺の隣にきていた。


「あの、どうしたの?」

「そ、壮太君の役に立ちたくて」

「ちょっと待った。俺、風呂に入ってなくて汗臭いから」


 熱い視線のまま蜷川にながわさんが迫ってきて、俺は体を引いた。


「ううん、壮太君のなら嫌じゃないよ♡」


 そう言って蜷川にながわさんは、俺の体に顔を寄せる。上目遣いで見つめながら。


 俺が気にするんだけどぉおおおお!


「あ、ああ、あのね!」


 何を思ったのか蜷川にながわさんは上着を脱ぎ始める。


「ちょ、何をしてるの!?」

「わ、わわ、私が壮太君をスッキリさせようかと」

「落ち着いて、蜷川にながわさん!」

「お、おおお、落ち着いてるよ」


 だから、めっちゃ挙動不審なんだって!


「とりあえず服を着よう」

「だ、大丈夫だよ。私がやるから」

「何を?」

「だ、男子って溜まるんだよね。わわ、私、勉強したから」


 何の勉強だよ! それ、何の本を読んだんだよ!?


「は、初めてだけど。頑張るから」


 蜷川にながわさんの細くて華奢な手が俺の下半身に伸びる。


「ちょっと待った!」


 俺は彼女を手を掴んで止めた。


蜷川にながわさん、もっと自分を大切にしないと。男性恐怖症を克服したいのは分かるけどさ、いきなりそういうことしちゃダメだよ。そういうのは付き合ってる人とするまで大事にとっておかないと」


 掴んだ蜷川にながわさんの手が震えている。


「わ、わた、私、また間違えちゃった……」

蜷川にながわさん?」

「ご、ごめんね、壮太君……わ、わわ、わた」

「落ち着いて」

「おお、おち、落ち着いてるよ」


 だから挙動不審なんだって。

 今にも泣きそうな顔をしてるじゃないか。


「ううっ、ぐすっ……」


 蜷川にながわさんの大きな目に涙が浮かぶ。


「そ、そうだ。俺も協力するから。蜷川にながわさんが男性恐怖症を克服できるように」

「ホントっ!」


 泣きそうだった蜷川にながわさんの顔がパッと明るくなった。


「じゃあ、私が手で――」

「それは勘弁してくれ」


 再び伸ばそうとした手を止める。

 蜷川にながわさんの手でスッキリしちゃったら、次の日からどういう顔して会えば良いんだよ。気まずいだろ。


 この子……何か危ういな。

 やっぱり極端というか。心配だな。悪い男に騙されそうな気がする。

 俺が教えた方が良いのだろうか? 男子の考えてることとか。


「んっ、んんっ、あ、あの」


 今度は何だぁああ!

 蜷川にながわさんが、下腹部に手を置いてモジモジしているのですがぁああああ!


「ご、ごめん……壮太君。お、お手洗いを」


 ビックリしたぁああ! トイレだったぁああああ!


「案内するよ。こっち」


 ガチャ!


 ドアを開けた俺は驚愕した。廊下にシエルが居たからである。






 ――――――――――――――――――――


 ヤンデレの兆候を見せ始める蜷川さん。これは危険だ。

 すぐ近くにシエルが居るのに、どうなってしまうのか?

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