第2章 恋の嵐

第40話 ライバル襲来

 少女の声がする――――


 そうだ、俺は夢を見ている。

 これはいつもの夢だ。


『うわぁああああ~ん! やだやだぁ! やだよぉ!』


 少女が泣いている。この子は妹の方だな。


『ううっ……ひぐっ……。そうちゃん……私、引っ越すことになっちゃったの……』


 その少女は、溢れる涙をポロポロ零しながら、途切れ途切れに話し続ける。

 話しを聞いている幼い俺は驚きの表情だ。


『えっ、〇〇〇、遠くに行っちゃうのか?』

『うん……ぐすっ』


 少女は涙が溢れる目を擦りながら頷く。


『遠くって言っても、すぐ戻ってこられるだろ? きっとそうだよ』

『ううん、えっとね、すごく遠くなの。もう、そうちゃんと会えないかも……』


 ガシッ!


 小さな俺は少女の肩を掴んだ。


『そんなこと言うなよ! 俺は絶対〇〇〇を忘れないぞ!』

『そうちゃん』

『離れ離れになっても、俺は絶対に〇〇〇を忘れない!』


 それは約束だ。幼いながらも運命のような。


『また絶対会えるから! いつかまた一緒になろう! 約束する。俺はずっと〇〇〇を守ってやるって! だから泣くな! 俺たちはずっと一緒だぞ!』


 もう愛の告白みたいだな。

 小さい頃の俺、とんでもないぞ。

 少女の目が本気になっちゃってるんですけど。


『嬉しい。じゃあ大きくなったら私……そうちゃんのお嫁さんになる』

『えっ、お嫁さんは……ちょっと』


 おぉおおい! 子供の俺、そこで躊躇ちゅうちょするんじゃねえ!

 少女が泣きそうな顔になってるだろ!


『ううっ……やっぱりおねえの方が好きなんだ……』

『ち、違っ! ま、まだ子供だから決められないだけだぞ』

『じゃあ、いつ決めてくれるの?』

『大人になったらな』

『大人っていつ?』


 あの女の子、めっちゃ食いついてくるな。


『ねえ、いつ?』

『そ、そうだな高校生くらいとか』

『分かった。じゃあ高校生になったら返事を聞かせて』

『お、おう』


 おいおいおい、子供の俺! そんな口約束をしちゃって良いのかよ?


『えへへぇ♡ そうちゃんのお嫁さんだぁ♡』


 うわああああぁ! もう女の子がその気になっちゃってるだろ。どうすんだこれ。


『そうちゃん』

『〇〇〇……』


 〇〇〇……〇〇〇……。

 ――――シエル……。



「シエル……」


 体が熱い。だるくて動くのも億劫おっくうだ。

 そういえば……俺は風邪を……。


「ここは……何処だ?」


 目を開けると、そこは見知らぬ……ではなく見飽きた天井。紛れもない自分の部屋だった。


「俺は……夢を見ていたのか? 確か、女の子が……あれ? じゃなくて、雨に濡れて家に帰ってから……」


 思い出した。

 俺はシエルとデートの後、風邪をひいて寝込んだんだった。

 今になって思い返せば、前日の夜から喉の調子が悪かった気もする。


「うっ、体が重い。これマジでヤバいのでは……」


 上半身を起こそうとするが全く動けない。

 視線を下したところで気付いた。俺の胸の上にシエルの頭が乗っていることに。

 動かないのではなく、動けないのだと。


「シエル? あれっ、何で?」


 シエルは俺のベッドに覆いかぶさるようにして眠っている。

 もしかして、看病してくれていたのか?

 俺は自分の頭の上に乗っている濡れタオルを取った。


「シエルが看病か。良いとこあるじゃないか。ん? ちょっと待て。今日は登校日だよな?」


 そう、今年のゴールデンウィークは途中に平日が挟まっているのだ。

 大企業などは11連休などになるだろうが、もちろん学校は登校日なんだよな。


「シエル……学校サボっちゃったのか」


 ガチャ!


「あら、壮太君。目が覚めたのね」


 部屋のドアが開き、小さな土鍋を持った莉羅りらが入ってきた。


「あ、莉羅りらさん」

「あっ、そのままで良いよ。おかゆ作ったの」


 莉羅りらさんはテーブルに土鍋を置くと、俺の上に乗っているシエルを動かしてくれた。


「はい、起きても大丈夫よ」

「ありがとうございます」

「調子はどう?」

「だいぶ良くなりました」


 そう言いながら俺は軽く腕を回した。


「えっと……」


 俺がシエルを見つめていると、莉羅りらさんは俺の疑問に答えるように話し始める。


「この子ったら、壮太君が心配だから学校休むって言い出したのよ。困った子だわ」

「そうだったんですか」


 母親の顔になった莉羅りらさんは、寝ているシエルの頭を撫でる。


「壮太君が風邪をひいたのは自分のせいだって聞かなくてね」

「シエルのせいじゃないのに。前日から喉が調子悪かったんですよ」

「ふふっ、壮太君ってば良い子なんだから」


 莉羅りらさんは俺に優しい笑顔を向けた。


「どうせシエルが迷惑かけちゃったんでしょ。あんなにずぶ濡れで帰ってきて。ごめんなさいね、壮太君」

「そ、そんな。迷惑だなんて」


 あれは俺も悪かったしな。

 シエルの前で蜷川にながわさんと告白の話をしたり、昔の約束を忘れていたり。


 約束?

 そういえば、俺は小さい頃にシエルと約束をしたんだよな。

 うっ……。

 あの時、何か思い出したような気がするのに。


「はい、壮太君、あーん♡」


 ふと視線を莉羅りらさんに戻すと、おかゆをすくったスプーンを俺に向けているではないか。


「自分で食べますから」

「はい、あーん♡」

「えっと」

「あーん♡」


 莉羅りらさんが折れないので仕方なく『あーん』で食べた。


「うふふっ♡ こうしていると学生時代に戻ったみたいだわ♡ 壮太くん♡ 私のことはリラ先輩って呼んで良いのよ♡」

「えっ、嫌です」


 ガァアアアアアアーン!


「およよよぉ~」


 やぱり莉羅りらさんがヘコんだ。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」


 変な擬音が聞こえたかと思ったら、シエルが目を覚ましている。あーんで食べさせてもらったのをバッチリ見ていたようだ。


「お母さん! もう出てって!」

「はいはい。もうシエルったら壮太君を独占してぇ」

「早く」

「分かったわよぉ。私も壮太君とイチャイチャしたいのにぃ」


 バタンッ!


 莉羅りらさんを追い出したシエルが、今度は自分がお世話をするとばかりに土鍋とスプーンを持つ。


「はい、壮太。あーん」


 やっぱりそうきたか!


「自分で食べられるから」

「あーん」


 鬼気迫る表情でシエルは迫ってくる。

 タイプは違うのに行動は母娘そっくりだな!


「ほら、あーん」

「わ、分かった。食べれば良いんだろ」

「んっ、分かればよろしい」


 結局、新妻のようになったシエルが全て『あーん』で食べさせてしまった。新婚さん生活かな?


「くっ、さすがに照れるのだが……」

「は、恥ずかしい……」


 やった本人のシエルまで照れている。


 カチャカチャ――


 土鍋をテーブルに戻したシエルが真顔になる。


「ご、ごめんなさい!」

「えっ?」

「私のせいだよね……」


 シエルの手が震えている。今にも泣きだしそうなくらい。


「シエルのせいじゃないよ」

「でも……」

「元から風邪気味だったんだ。シエルは悪くない」

「う、うん」

「それに、俺が蜷川にながわさんに告白したのが原因だしな」


 キッ!

 シエルの表情が一変する。


「そうだ、元と言えば壮太が悪い」

「お、おい、謝るのか怒るのかどっちかにしろよ」

「思い出したらムカついてきた」


 おいおい、さっきまでしおらしかったのに。


「そもそも何で俺が怒られるんだよ。告白して振られただけなのに」

「えっ、付き合ってないんだ?」

「そうだよ。俺は彼女いない歴イコール年齢だよ」

「ぷっ、ふふっ♡」

「おい、笑うな」


 何だよシエルのやつ。急に嬉しそうな顔をして。

 そんなに俺が非モテなのが楽しいのか?


「そうかそうかぁ。壮太はドウテ……付き合ってないんだ」

「おい、今問題発言しただろ?」

「うへへへっ♡ しょうがないな」

「こら、変な笑いをするな。てか、聞いてないし」


 まったく、シエルのやつめ。やっぱり変な女だな。


 ピンポーン!


 その時、春の嵐がまだ序章に過ぎないのを、俺は知ることになる。ラブコメ戦国時代の幕開けとなるチャイムの音によって。


 コンコンコン!


「壮太君、クラスメイトがお見舞いに来たわよ」

「えっ!?」


 インターホンに出た莉羅りらさんが俺を呼びにきたようだ。


蜷川にながわ明日美あすみさんって方なんだけど」


 その名前を聞いた俺は、ベッドから跳ね起きた。

 な、ななな、なななななな、なんだってぇええええ!






 ――――――――――――――――――――


 ついに来てしまった! シエルと同居している家に!

 これは事件の予感!?

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