第38話 思い出の公園

 ガガガガガ!


 クレーンが変な動きをしている。ぬいぐるみポコルンを二個掴んだまま、ガタガタとアームを揺らして取り出し口へと運ぶように。


「おっ、まさかのダブルでゲットか!」


 クレーンに引っかかったのは白いポコルンと、相方のピンク色をしたペコルンだ。

 二つが絡み合い、まるでキスをしているみたいになる。


「あと少しだよ!」


 シエルも期待で目をキラキラと輝かせている。


 カチャ! パタンッ!


「やったぁああああ!」

「わぁああああーい!」


 俺はシエルと手をポンと合わせて喜び合う。

 すぐに恥ずかしくなって離れるのだが。


「えっと、良かったな。シエル」

「うん、あ、ありがと」


 取り出し口に落ちたぬいぐるみを取ると、シエルに渡す。


「ふふっ、この二人、まるで私と壮太みたい。キスしちゃってたね」


 トクンッ!


 シエルの言葉で俺の胸が高鳴った。


 おい、シエルよ。私と壮太って……何でキスしてるのが俺たちなんだよ?

 まさか深夜のアレ……。


『壮太になら……キスされても良いのに。試しにしてみ? 怒らないから。ふふっ♡』


 シエルの言葉を思い出してしまう。


 まさかな。冗談だよな。そんなはずはない。シエルが俺を好きだなんて……。

 俺はかぶりを振って邪念を追い払った。



 店を出ると辺りは薄暗くなっていた。

 まだ午後四時くらいだが、空が曇っているのだ。


「雲行きが怪しい……。雨が降りそうなだ。急ごう」

「うん」



 電車の中は混雑していた。二人で向かい合って立っていると、後から駆け込んできた人たちに押されてしまう。


 プシュー! ガタンガタンガタン――

 グラッ!


 電車が発車すると俺たちは揉みくちゃにされる。

 他の男がシエルに触れそうになるだけで、俺の心がざわついた。


 嫌だ! シエルに触るんじゃない! 誰にも触らせたくない! 俺が……守らないと!


 グイッ!


「シエル、こっちに」

「えっ、ええっ」


 何を思ったのか、俺はシエルを引き寄せると、壁際に押し込んだ。俺の体でガードするように。

 必然的に二人は抱き合うような格好になるのだが。


「も、もうっ♡ 壮太、強引♡」


 照れたような怒ったような顔のシエルがつぶやいた。


「ご、ごめん……」

「いいけど♡ うくぅ♡」


 どどど、どうすんだ! 何で俺はシエルを抱きしめてるんだよ! 許してくれ、不可抗力だぁああ!


「もうっ♡ 壮太のエッチぃ♡ 触りたいんだ」


 冗談なのか本気なのか、シエルは上気した顔で口を尖らせた。


「わ、わざとじゃないから」

「ふふっ♡ そういうことにしといたげる」

「ホントにわざとじゃないからな」

「あはは♡ 触りすぎ♡」


 くぅううっ! 胸が、胸が当たる……。本当にわざとじゃないんだ。後ろから押されて。

 スペースを開けようと頑張ってるのに、完全に密着状態なんですけどぉおおおお!


「んぁ♡ ちょっと暑いね♡」


 そう言ったシエルの首筋は汗が浮かんでいる。白くすべすべな肌を滑るように。


 ああああぁああ! シエルの匂いがダイレクトに! 大胆に襟元が空いてるから直なのだが!

 理想的にまで綺麗な鎖骨さこつが! ポニーテールにしたうなじが! あと、この抱き合った位置からだと、胸の谷間が見えそうなんですけどぉおおおお!


『次は藤倉~次は藤倉~』


 電車のアナウンスが流れる。やっと到着だ。

 一駅だけで数分のはずなのに、俺にとっては永遠のように長い時間だったぜ。


 電車を降りると、シエルが肩をポンとぶつけてきた。


「もうっ♡ 触りすぎだよ。そんなに私に触りたかったんだ」

「だから違うって」

「ふふん♡ しょうがないなぁ」


 そんなふざけた態度なのに、一瞬だけ真面目な顔になったシエルが言う。


「いつもありがとね」

「えっ?」


 聞き返してもても、シエルはいつもの涼しい顔に戻っている。

 ありがとうって、何のことだろう?


 戸惑う俺だが、シエルの方はスキップするような足取りだ。


「ほら、急ごっ! 雨降っちゃうよ」

「そうだな」



 駅を出てから急いで家まで向かっていた俺たちだが、あと少しの場所で雨が降り出してしまう。


 パラパラパラ――ザァアアアアアアアアア!


「うわっ! 急に本降りになった!」

「きゃあっ!」

「あの公園で一休みしよう」


 自宅からすぐ近くにある公園に避難する俺たち。小さな砂場とブランコだけの憩いの場だ。

 東屋あずまやと言うのだろうか。木製のベンチとテーブルがある場所には屋根が付いている。そこで雨宿りしよう。


 ザァアアアアアアア――


「雨、やまないね」


 空を見上げていたシエルがつぶやく。


「天気予報では晴れだったのにな。たぶん通り雨だろ」

「うん……」


 屋根のある部分は小さく、横から雨が吹き込んでいるようだ。

 シエルが寒そうに両手で体を抱えた。


「シエル、もっとこっちに来いよ。そこ濡れるぞ」

「う、うん」


 自分で近くに来させたのに、急に恥ずかしくなってしまう。シエルの濡れた髪が綺麗だからだ。


 シエル……髪綺麗だよな。艶やかなダークブロンドが、雨に濡れて色っぽい。


 頭を動かす度にキラキラしたシエルの髪がハラリと流れる。それはまるで宝石のようで。

 つい油断すると吸い込まれそうになる。

 このままシエルを強く抱きしめたい。そんな衝動に駆られてしまうのだ。


「この公園……」


 ボソッとつぶやいたシエルが俺の方を向く。


「この公園、懐かしいね」

「そういえば……昔遊んでたような?」


 何だかとても懐かしい気がするのに、肝心なことが思い出せない。

 ただ、子供の頃に遊んでいたような記憶がある。


「確か、前は滑り台とかジャングルジムがあったけど、危険だからって撤去されちゃったんだよな」

「そうなんだ」


 シエルは寂しそうな顔をする。

 昔住んでいた頃とは変わってしまったからだろうか。


「あの砂場、よく一緒に遊んでたよね?」


 シエルが指さした方を見る。

 小さな砂場がある。いや、あったというべきか。

 今は閉鎖されたのか、砂と言うより土のようになっている。雑草まで生えていて昔の面影はない。


『はい、あなた。ご飯よ』


 今、一瞬だけ何かの記憶が甦った気がした。


『おねえだけズルい~! 私もおねえになるぅ!』


 この声は……シエルなのか? 何だろう、凄く懐かしいような……。


「壮太」


 声がして振り向くと、シエルがすぐ近くに立っていた。吐息がかかりそうな距離だ。


「シエル?」

「壮太……」


 シエルが熱を帯びたような目で俺を見つめている。

 心なしか顔も上気したように赤い。


「えっ、シエル?」

「壮太……私」


 二人の距離が近付く。顔と顔がくっつきそうなくらいに。


 おい、シエル。どうしちゃったんだ。それって、まるでキス……みたいな。

 ダメだ。昨日ノエルねえと良い感じになったのに、今度はシエルとだなんて。さすがに節操無さすぎだろ。

 気のせいか俺まで熱くなってきたような。体が熱い。


「壮太♡ わ、私……」


 ピロロピロロピロロ――


「うわっ!」

「きゃっ!」


 突然、電話が鳴り俺たちは距離をとる。

 あぶねっ! あのままだったら俺たち……キスしてたぞ。


「あっ、蜷川にながわさんだ」


 スマホの着信画面を見ると、そこには『蜷川明日美』の文字が。

 そういえば、あの事件の時にアドレスを交換していたんだった。


「出ないの?」


 少しジト目になったシエルが言う。

 俺がジッと画面を見つめていたからか。


「じゃあ、ちょっとごめん」


 ピッ!

『あっ、安曇君』


 通話ボタンをタップすると、すぐに蜷川にながわさんの声が聞こえた。


蜷川にながわさん?」

「あ、あの、安曇君、わ、わた、私」

「落ち着いて、蜷川にながわさん」

「おお、落ち着いてるよ」


 だから、めっちゃ挙動不審なんだって。


 グイグイグイ!


 シエルがグイグイ迫ってきた。俺の肩にもたれ掛かるように。

 これじゃ会話内容が聞こえちゃうだろ。


「あ、安曇君……突然電話してごめんね」


 蜷川にながわさんは緊張気味に話し始める。


「あの、え、えっと、あ、ありがとう。助けてくれて」

「ど、どういたしまして」

「それでね、あの……告白してくれた件だけど……」


 蜷川にながわさんの口から、いきなり爆弾発言が出た。嵐を呼ぶ怒涛どとうの春雷が。






 ――――――――――――――――――――


 蜷川さん、まさかの爆弾発言!

 これは嵐を呼びそうな予感です。

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