第39話 約束
ピキッ!
何か不穏な音が聞こえた気がする。
それは春雷を呼び寄せるが如く、一気にシエルの表情が曇った。
『えっとね、ごめん。いきなりだったね』
一方、電話の向こうの
「
『お、おお、落ち着いてるよ』
だから挙動不審なんだって!
「深呼吸をしようか?」
『すーはー……』
しかしシエルが心配だな。今の、聞いてたよな。
まかさ
何度か深呼吸した
『さっきはごめんなさい。あのね、助けてくれたお礼をしたいの』
おい、告白の話はどこに行った!?
「お礼?」
『うん、安曇君は私の恩人だから』
「そんな大袈裟な。気にしなくても良いよ」
『私が気にしちゃうよ!』
いつも大人しい
『だからね、私にできることなら何でもしてあげたいの』
「ななな、何でもとかダメだよ」
ちょっと蜷川さん、軽はずみに『何でも』とか言っちゃダメだって! 男がその気になったら大変なんだぞ。
ただでさえ
しかし彼女は一歩も引かない。
『安曇君になら何されても良いよ』
ちょぉーっと待ったぁあ! それ、どういう意味だよ!?
『ほら、私、安曇君になら触られても大丈夫だったし。それに告白の件も……。安曇君が告白してくれたから。だから、私にできることなら、何でもしてあげたいな。だ、大丈夫だよ。エッチなことも勉強したから。任せて』
任せてじゃねぇー!
やっぱりこの子は真面目なのに思い込みが激しい。
「ちょ、ちょっと待って。だから自分を大切に……」
『また休み明けにね。私、頑張るから。そ、壮太君♡ きゃ、言っちゃった♡』
ツーツーツー――
電話が切れた。
名前呼びと、一方的に『エッチもOK』という問題発言を残して。
どうすんだ……。
ズゥウウウウウウーン!
案の定、シエルの機嫌が悪くなっている。
ただ、いつもの氷の女王や
茫然自失と言っても過言ではないかもしれない。
「あの、シエル?」
声をかけても反応が薄い。何かを考え込むように。
「シエル?」
「壮太……告白って何?」
やっとシエルが口を開いたかと思ったら、一番触れて欲しくない部分だった。
「それは……」
「ねえ、壮太。ねえ……」
シエルの目がマジだ。これは説明しないとどうしようもないか。
ノエル姉にはバレてるし、もう正直に言うしか……。
「実は俺、蜷川さんに告白して……。それで振られてるんだよ。も、もう一年以上前だけどな」
話しを聞き終えたシエルが固まったまま動かない。うなだれるように顔を落とし、その綺麗な濡れた髪が垂れ下がる。
「シエル?」
「……そつき」
「えっ?」
「嘘つきっ!」
シエルが声を荒げた。
いつもクールでダウナー系なシエルが。
「そうちゃん言ったよね? ずっと一緒だって。ずっと私を守ってくれるって。離れ離れになっても、いつかきっと一緒になれるって。それなのに……酷いよ! 他の子と付き合うだなんて!」
シエルの想いが止まらない。あの超美人顔を苦しそうに歪ませて。これまで我慢してきた想いを全て吐き出すかのように。
「シエル、それって……」
ずっと一緒? いつの話だ? ううっ……思い出せない。何で俺は忘れているんだ? 大事な思い出な気がするのに。
ザァアアアアアアア!
ダークブロンドの髪が顔に張り付く。
力なく下がった肩も、光を失った瞳も、全てが痛々しい。
どうして…………。
どうしてこんなことに。
さっきまで楽しそうに笑ってたじゃないか。
映画を観て。オタク的な話で盛り上がって。カラオケで勝負して。ゲーセンでぬいぐるみをゲットして。
シエル……お前の抱えているモノは何なんだよ?
ずっと、ずっとずっと過去に囚われて。
一体、何がお前をそこまで……。
ザァアアアアアアア!
「もうヤダよ。そうちゃんのバカぁああああああああ!」
シエルが走り出した。雨に濡れることも
「おい、待て!」
「バカバカバカぁああああああ!」
プププゥウウウウ――――――――!!
その時、公園に面した道路からクラクションが鳴った。
「危ない!」
「えっ?」
「間に合えぇえええええええええええええええ!」
頭が真っ白だ。でも俺の脚は限界を超えて動いた。シエルに向け一直線に。
「俺は、もう二度とシエルを離さないぞぉおおおお!」
ズザァアアアアアアアアアアアアーッ!
ギリギリだった。俺はシエルに飛びつき横に飛んだ。歩道に転がるように。
地面を滑った時に擦ったのだろうか。体があちこち痛い。
でもきっとシエルは無事だろう。俺が下敷きになったから。
「そうちゃん! そうちゃん! そうちゃぁああああぁん!」
シエルの声が聞こえる。
そうだ、シエルの声だ。
あの声はシエルの声だったんだ。
『そうちゃん! そうちゃん! 死んじゃヤダぁああああああ! そうちゃぁぁぁぁーん!』
これは……夢か?
そうだ、俺は夢を見ている。
『そうちゃん! ごめんね! ごめんね! 私のせいで! わぁあああああああぁん!』
何だろう? 凄く懐かしい気がする。
俺は何を………………。
周囲に人が集まってきた。
『子供が轢かれたぞ!』
『誰か救急車を!』
何だろう? この記憶は?
やけに騒がしいな……。
夢……だよな?
「そうちゃん! そうちゃん! 目を開けて! また私が迷惑をかけちゃった! そうちゃぁああああぁん!」
目を開けると、心配そうに俺の顔を覗き込んだシエルがアップになっていた。
ん? 今のは夢だったのか?
俺は無事だよな?
あれっ? シエルが泣いてるぞ。
「シエル、無事でよかった」
俺が声をかけると、シエルはもの凄い勢いで抱きついてきた。
「そうちゃん! バカバカぁああ! 死んじゃったのかと思ったぁあ!」
「ぐえっ! こ、これくらいで死ぬわけないだろ。大袈裟だな」
シエルを抱えながら上半身を起こす。
滑った時に服が破けて擦りむいたみたいだ。ちょっと痛い。
「ごめんね。ごめんね。私、また……」
泣き崩れるシエルを見ていると、何だか分からないけど愛おしさが込み上げてくる。どうしようもない甘く切ない想いが。
そうだ。俺は誓ったはずなんだ。シエルを守ると。
小さな頃の記憶が欠落しているけど、それでもシエルを守るという想いだけは消えていない。
俺はシエルの顔に張り付いた髪をかき上げる。
「怪我はないか?」
「うん、うん……でも、そうちゃんが」
そうちゃんか……懐かしい気がする。
昔、そう呼ばれていたんだよな。たぶん。
シエルを安心させないと。
そうだ、俺はシエルを……。
ガシッ!
シエルの肩を掴む。絶対に離さないという想いを込めて。
「シエル! 無事でよかった。心配させるなよ」
「そうちゃん……」
シエルの瞳が揺れている。宝石のような瞳にキラキラする雫を溢れさせながら。
「言ったろ、俺がシエルを守るって。昔のことはよく覚えてないけどな。これだけは分かるんだよ。シエルが大切だし一緒に居たい。シエルには泣いてほしくないし悲しんでほしくない。ずっと笑顔でいて欲しいから」
ガバッ!
「ぐえっ!」
あちこち痛い体に、シエルのタックルのようなハグが効く。思い切り飛び込んできたのだが。
再び水溜まりに逆戻りだ。
「そうちゃん、そうちゃん、そうちゃぁああああぁぁん!」
「シエル……苦しい……」
シエルが俺の上に乗っているものだから、俺は地面に倒れたままだ。そう、水溜まりに浸かったまま。
早くどいてくれ。
そして俺は風邪をひいた――――
ゴールデンウィーク二日目。俺は風邪で寝込むことになる。
この風邪が、人生最大の貞操危機に直面するなど、誰も知る由もなかったのだがな。
――――――――――――――――――――
幼い頃の記憶と、壮太に強烈な執着をするシエル。
ついにシエルの想いは溢れ出し。
次回、第二章に入ります。
想いが止まらなくなったシエルの催眠は激しさを増し、最強ヒロインのノエル姉が本気を出す。
ヤンデレ属性を付与された蜷川明日美は暴走し、もう負けてられない嬬恋星奈も超積極的に。
果たしてどうなってしまうのか?
もしよろしかったら、作品フォローや星評価で応援していただけると嬉しいです。
モチベが上がります。
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