第37話 好きな人

 俺の言葉で場の空気が張り詰める。

 

「えっ、な、何で知ってるの?」


 シエルは髪を触りながら落ち着かない様子だ。明らかに焦っている。


 マズい。これ禁句だったか。つい気になって聞いてしまったぞ。

 もう正直に言うしかないか。


「えっと、林間学校の時に聞いちゃった」

「あっ、あの……」


 シエルも気付いた。林間学校の夜、軽沢に告白された時のことを。

 あの時シエルは言ったのだ。『好きな人いるから』と。


「あれ、聞いてたんだ……」


 硬い表情のままシエルが俺を見る。


「ああ、軽沢に言い寄られてる時に……聞こえた」

「そうなんだ……」


 会話が途切れた。空気が重い。

 非情にマズい、何か言わないと。


「えっと、誰? シエルの好きな人って」


 って、俺のバカぁああ! なに直接聞いてるんだよ!

 シエルが困ってるじゃないか。


「な、内緒……」


 シエルの目が泳ぐ。


「ごめん。不躾ぶしつけだったな」

「べ、べつに……」

「シエルなら必ず上手くいくよ」

「えっ?」

「だってシエルに好かれるなんて、誰もが喜ぶはずだろ。俺、応援するよ」


 言い終えてから失敗したと悟った。

 シエルの目が鋭くなっている。これは不機嫌な顔だ。


 しまったぁああああ! またやっちまった。俺はまた間違えたのか?


「ふーん、そうなんだ。壮太は応援してくれるんだ」

「シエルお姉ちゃん、怒ってます?」

「んふっ、べつにぃ」


 一瞬だけにやけ顔になるシエルだが、無理やり険しい表情を作る。

 何だそれは?


「そうかそうかぁ、壮太は私の恋を応援してくれるんだ」

「何かマズかったか?」

「べつにぃ……やっぱり息の根を止めるしかないかな……ごにょごにょ」


 シエルさーん、聞こえてますよー!

 息の根は勘弁してくださいねー!


「と、とりあえず歌おうか? ほら、シエルの美声を聞きたいしさ」


 俺はデンモクをシエルに渡す。

 ここは褒めちぎって姫の機嫌を取るしかねえ。


「ふふん、やっと壮太も私の美声に酔いしれる時がきたようね」


 乗ってきたぞ。意外とチョロかった。



 ジャラァァー!

「あの青い空の向こうに理想の国があるのなら~♪」


 シエルがノリノリだ。新作春アニメの主題歌を歌っている。

 声は綺麗なのに微妙に音程を外していて、何とも言えない微妙さだが。

 むしろ逆にそれが良い。


「ぷっ、ふふっ」

「は?」


 歌い終わってソファーに座ったシエルが、笑った俺をにらむ。


「壮太、バカにしてる?」

「してないしてない」

「今、笑った」

「シエルが可愛いからだぞ……ってヤベッ」


 また口が滑った。クセになりそうなシエルの歌が悪いんだ。


「うっ♡ な、なら許す」

「ご赦免しゃめんいただき光栄です。姫様」

「あー! またバカにしてる」


 ポカポカポカ!


 シエルがノエルねえみたいなポカポカ攻撃をしてきたのだが。ノエルねえのと違って、ちょっと痛いけど。


「おいこら、叩くんじゃない」

「壮太が笑うのが悪い」

「だから歌ってるシエルが可愛いんだって」

「もう騙されないから」


 途中からシエルも笑っている。

 俺も自然に『可愛い』とか口にしているんだよな。

 何だか普通のカップルみたいだ。


「よし、シエルよ、どっちが高得点を出せるか勝負だ!」


 俺が挑発すると、シエルも乗ってきた。


「受けて立つ! あと、シエルお姉ちゃんでしょ!」

「シエルが勝ったら姉と認めてやろう」

「言ったな。もう取り消せないよ」

「おう、代わりに俺が勝ったらシエルは妹だ!」


 姉弟か兄妹かを賭けた戦いが始まる。

 微妙に音程を外しているシエルには負けやしねえ。



 チーン!

 結果は俺の惨敗だった。

 いつもより声が出難い気がするんだよ。


「ふふん、私の勝ちぃ!」

「な、何故だぁ……。俺の方が上手かったはずなのに」

「実力の差ね」


 思い切りドヤ顔になったシエルが言う。


「ほら、『シエルお姉ちゃん』って言ってみ?」

「ぐぐっ、し、シエル……お姉ちゃん」

「んふっ♡ んふふっ♡」


 勝ち誇ったシエルが変な笑いを浮かべる。何だそれは。


「ほらほら、『壮太はシエルお姉ちゃんが居ないと生きてゆけません』ほら、言って」

「何だそりゃ」

「敗者は姉の命令に従う。『シエルお姉ちゃんが添い寝してくれないと眠れません』リピートアフターミー?」


 くっ、こいつ調子に乗ってるな。

 ちょっとからかってやるか。


「シエルお姉ちゃん、Eカップの胸を揉ませてください」

「は?」


 ヤベッ! 口が滑った。


「壮太……何で私の胸のサイズを知ってるの?」

「そ、それはだな……」


 シエルが眉をひそめる。


 これはマズいな。まるで俺がシエルのブラを盗み見たみたいじゃないか。不審者一直線かよ。

 シエルが催眠かけてる時に起きてたなんて言えないし。

 適当に誤魔化すしか。


「そうそう、俺くらいのオッパイマスターになると、見た感じで大きさが分かるんだよ」


 ジィィィィィィー!


 ヤバい! 更にシエルのジト目が険しくなった。


「やっぱり息の根止めてみる?」

「それはヤメロ」

「もうっ、壮太はエッチだね」


 シエルがプイッと口を尖らせる。


「下着……壮太に見つからない場所に干さないと」

「おい待て、下着を盗ったりしないから安心しろ」

「ふふっ、欲しいなら欲しいって良いなよ。エッチな壮太」

「だから要らないって」


 これじゃまるで、俺がシエルの下着を狙ってるみたいじゃないか。


「壮太のおっぱいフェチ。ヘンタイ」


 胸を両手で隠したシエルが、ふざけて仰向けに寝転がる。


 おい、夜中に催眠してる時は『触っても良いよ』とか言ってたのに、やっぱり怒るんじゃないかよ。


「ふーん、壮太は私の胸に興味があるんだ?」


 ソファーに寝転がったシエルが、胸を隠していた腕を広げる。そこには重力に逆らうように膨らんだ双丘が……。


「あ、おい、もうその話はやめろ」

「そうなんだぁ、触りたいんだぁー」


 シエルは胸を掴んで持ち上げる。元から美しいラインを描いている膨らみが、グイッと強調されとんでもない破壊力だ。


「俺が悪かったぁー! 許してくれシエルお姉ちゃーん!」


 シエルが俺の失言を引っ張るので、お姉ちゃん呼びで許してもらった。



 ◆ ◇ ◆



 カラオケボックスを出た俺たちは、自然と肩を寄せ合って歩いていた。

 一時はどうなることかと思ったのだが、途中からシエルがご機嫌になり今に至るのだ。


 シエルって一見気難しくて怖そうに見えるけど、意外と単純な気もするんだよな。

 ちょっと褒めたり『お姉ちゃん』って言えば機嫌が良くなるし。



 ゲームコーナーを歩いていると、シエルがとあるクレーンゲームの前で立ち止まる。

 ケースの中には、白くて耳が長いワンコのようなキャラ。断罪天使マジカルメアリーのマスコット、ポコルンだ。


「復刻版限定ポコルンのぬいぐるみ」


 シエルが目で訴えかけてくる。絶対に欲しいと。


「それ、欲しいのか?」


 俺が話しかけると、シエルは軽く溜め息をついた。


「私、クレーンゲーム下手だから」

「じゃあ俺が取ってやるよ」

「ほんと!」


 シエルの声が弾んだ。


「俺に任せとけ。こういうのにはコツがあるんだよ」


 百円でシエルが喜ぶなら安いもんだぜ。



 十数分後――――


「あれっ? おかしいな。ここを引っかければ上がるはずだったのに」


 すぐに取れる予想が外れた。十回目も失敗だ。


「よし、もう一回」

「もういいよ。お金なくなっちゃうよ」


 シエルが心配そうな顔になっている。

 それでも……。


「記念に……。シエルと再び会えて家族になったんだろ。俺は何もしてあげてないから。記念にな」


 俺は小さい頃のシエルを覚えていない。その後ろめたさだろうか。シエルには笑顔でいて欲しいから。


「シエルに喜んでもらえるなら安いもんだ」

「壮太……」


 ガチャ!


 その時、クレーンが思わぬ動きをして、ぬいぐるみを二個掴んだ。


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