第36話 シエル

 夜になり雨が降り出した天気も、今朝になると雨雲は消えていた。

 今日はシエルとの初デート。少し湿ったアスファルトを踏みしめながら駅前へと向かっている。


 俺の横にはシエル。いつもは張り詰めた感じなのに、今日はご機嫌な顔だ。


「晴れて良かったな。シエル」

「うん」


 俺が声をかけると、シエルは少しイタズラな顔になる。

 そんな表情も魅力的だ。


 ちょっと大胆に襟元が空いた服を着ている。私服が壊滅的にダサいノエルねえと違い、シエルはもファッションモデルのようにオシャレさんだ。

 何を着ても様になる顔とスタイルだよな。


 そんなシエルがニマニマとした顔を俺に向ける。


「シエルお姉ちゃんでしょ」

「おいおい、外だぞ」

「ふふっ、冗談」


 シエルのは冗談なのか本気なのか分からないんだよな。深夜のアレは完全に冗談っぽいけどさ。


 そういえば、今日は催眠しに来なかったな。


 いつも午前零時を回った頃になると、シエルは俺の部屋に忍び込む。耳元で催眠したり、時には添い寝まで……。


 冷静に考えてみるとヤバい話だ。これ立場が逆だったら大問題だろ。義妹の部屋に忍び込む義兄とかな。

 シエルは分かってるのか?


「ん? どうしたの?」


 相変わらずシエルは澄まし顔だ。どの角度から見ても完璧なクール美人。惚れ惚れするような美しさだな。


「何でもない」

「気になる」

「だから何でもないよ」

「むぅ、壮太のばか」


 ぐいっぐいっ!


 シエルが肩で俺を押してきた。

 おいおい、ノエルねえの密着癖がうつったのか。


「ほら、危ないぞ」


 俺はふざけているシエルを歩道側に向ける。


「んっ、壮太が優しい」

「まあな、俺は愛と勇気の断罪天使だからな」

「うん、そだね」


 おい、ボケにツッコんでくれないと照れるだろ。何で普通に返してるんだよ。


「え、えっと、今日は何処に行くんだっけ?」


 俺は照れ隠しで話題を変えた。


「うん、先ず、ゴールデンウィークに公開さればかりの『劇場版・姉天使ゲルトルーデ』を観るでしょ。んで、その後はカラオケとゲーセン」

「盛りだくさんだな」


 楽しそうに話すシエルが微笑ましい。こんな顔もできるじゃないか。普段は氷の女王なのに。


 しかしシエルよ、オタバレしてからというもの、堂々と俺をアニメ映画に俺を誘うとか。やってくれるじゃねーか。

 シエルと一緒にアニメを観れるとか嬉しいぞ。


「何ニヤニヤしてるの?」


 自然と笑みがこぼれていたからだろうか。シエルがジト目で顔を寄せてきた。


「ニヤニヤはしてないだろ」

「してた」

「そうか? シエルとデートできるのなら、大概の男は喜ぶと思うけどな」

「壮太もなの?」


 シエルが俺の目をジッと見つめる。


「俺は……」


 どうなんだろ? 確かにシエルは美人でスタイルも良くて、デートできたら誰でも嬉しいはずだよな。

 でも、俺のはちょっと違うような? 何だろう、シエルを守りたいとか、大事にしたいっていう気持ちなような?


「ねえ、続きは? 俺はの後は?」


 シエルがグイグイ迫ってくる。


「ちょっと待て。自分でもよく分からないんだ。家族として大事にしたいのか、それとも……何なのか」

「そうなんだ」


 シエルは複雑な表情をしている。


「と、とにかく急ごう。映画が始まっちゃうぞ」

「そうだね」


 俺たちは急ぎ足になって駅前に向かった。



 ◆ ◇ ◆



 藤倉駅から一駅隣。辻前駅に隣接する大型ショッピングモール。その中に映画館がある。

 俺とシエルは、最新鋭サラウンドシステム完備の劇場で『劇場版・姉天使ゲルトルーデ』を見ているところだ。


 ズゥウウウウウウーン!

『きゃあああああああああああ!』

『ゲルトルーデぇえええええええ!』


 物語はクライマックス。ヒロインのゲルトルーデが、身を挺して主人公を守る。

 代わりに攻撃を受け倒れるのだが。


 ギュッ!


 おいおいおいおい! シエルが俺の手を握ってきたのだが! それ、無意識なのか?


 ザシュッ!

 深手を負ったゲルトルーデは、主人公の胸の中で眠るように目を閉じる。


『私は……あなたの翼です……何処までも、おそばに居たかった……』


 ギュゥゥ~ッ!

「うううぅうっ、ゲルトルーデぇ」


 シエルが号泣している。隣り合ったシートのひじ掛け部分で重ねた俺の手を握りながら。


 物語は佳境へと突入する。死んだかに見えたゲルトルーデだが、愛を知った主人公との間に魔法術式的リンクが構築され、超姉天使として復活するストーリーだ――――




「ううっ、すっごく良かった」


 シエルが入場特典のクリアファイルを手に取りながら目を輝かせる。

 同じショッピングモールの中にあるレストランで食事をしながら、俺とシエルは映画の感想で盛り上がっているのだ。


「うん、あの展開は燃えたよな。死んだと見せかけて、スキル覚醒で甦るとか」

「うんうん、良いよね。作画も音楽も良かった」

「それ、作画も気合入ってたよな。さすが劇場版」


 楽しい。シエルとアニメの話で盛り上がれるなんて。まさか、こんな日が来ようとは。


「でも、シエルが俺の手を放してくれないから焦ったぜ」


 俺の一言で、急にシエルが慌て始める。


「ち、ちがっ、あれは手すりを握っただけ」

「手すりじゃなく俺の手を握ってただろ」

「ぐ、偶然! 偶然に壮太の手があったから」


 偶然に手を握るわけないだろ。やっぱりシエルって面白い女だな。


「そういうことにしておいてやるよ」

「もうっ、壮太ムカつく」


 拗ねた顔のシエルも可愛かった。



 ◆ ◇ ◆



 続いてカラオケボックスに移動する。

 ゴールデンウィークとあって混雑していたが、一部屋だけ空いていた。肩を寄せ合うような小さな部屋だが。


「これ、狭くねえか?」


 つい正直な感想が口に出た。


 広さにして三畳くらいだろうか。その狭い部屋にはベッドのようなソファーが大部分を占め、遠慮がちにカラオケ機材と小さなテーブルが置いてあるだけだ。


 シエルと並んで座ると、まるで初めて行ったラブホで固まるカップルみたいになってしまう。


「ううっ、壮太のエッチ」

「おいこら、俺のせいじゃないぞ」


 俺なら分かる。シエルがエッチとか言ってくるのは、実は照れ隠しだ。


 ドキドキドキドキ――


 近い。肩と肩を寄せ合っているので、互いの息遣いや胸の鼓動まで聞こえてきそうだ。

 俺がドキドキしているのがバレるのではと気が気ではない。


『あっ♡ ああっ♡』


 その時、隣の部屋から変な声が聞こえてくる。


 おいおいおい! もしかして、これって如何わしい何かだろ!? カラオケボックスでやるんじゃねー!


「くぅうううぅ……」


 横のシエルが真っ赤になってるじゃないか。

 シエルってエロ方面に免疫無いよな。夜中だけ大胆なのに。


 チラッ、チラッ!


 シエルが俺をチラ見している。おい何だ、その意味深な視線は。

 まるで意識しているみたいじゃないか。


 マズい、俺まで意識してきたぞ。このシチュエーションって、個室に男女二人きりだよな。

 俺まで隣のカップルみたいになりそうだぁああ!


「壮太……」


 とろんとした顔でシエルが俺を見つめる。


「し、シエル……」

「壮太」


 マズいマズいマズい! 何でシエルとこんな雰囲気に! きっと深夜の催眠のせいだ。このままじゃシエルを好きになっちゃう!


 吸い込まれそうなほど美しいシエルの瞳に俺が映っている。

 吐息を感じられるくらい近い二人。密着した肩が熱い。お互いに熱が上がっているのだろうか。


「壮太……わ、私……」


 シエルが近い。全てが美しく愛おしい。

 ダメだぁああああ! これ以上は俺のハートが持たない!


「創成式再現魔法術式展開!」


 俺は緊張に耐えられず異世界アニメの必殺技を口走った。


「は? バカなの?」


 案の定、シエルがジト目で俺をにらむ。やらかした。


「す、すまん。緊張感で……」

「もうっ、壮太はしょうがないなぁ」


 呆れたような顔になるシエル。やめてくれ、超美人の女王顔でにらまれるとダメージがデカい。


 そもそもシエルが悪いんだ。恋する乙女みたいな顔を俺に向けるから。俺に気が無いくせに。だって……シエルって……。


 俺は林間学校でのシエルの言葉を思い出した。


「シエルって好きな人いるんだろ?」


 ついポロっと漏らしてしまった。

 場の空気が一気に張り詰める。






 ――――――――――――――――――――


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