第28話 何でも一つお願い聞くって言ったよね

 ガチャ!


 その日の夜――――

 いつものように俺が寝たふりをしていると、シエルが忍び足で部屋に入ってきた。


 やっぱりな。来ると思ってたんだよ。

 蜷川にながわさんと交際疑惑になったり、進藤会長からベタベタされたからな。

 すっごいジト目で見てたし。


 ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――


 シエルは俺の枕元にきてしゃがむ。


「ふーっ」


 だから耳に息を吹きかけるなぁああ!


「壮太……凄いよ……」


 あれっ? 予想してたのと違うぞ。


「壮太は昔と変わってないね」


 昔……? よく覚えていないのだが。


「あの時も、壮太は自分を犠牲にして私を助けてくれたね」


 あの時? あの時っていつだ?


「他人とは関わらないとか言ってたのに、困ってる人がいると助けるんだよね。やっぱり壮太は私のヒーローだよ」


 懐かしい記憶が甦りそうになる。

 幼い頃に感じた想いと景色が。


 うう~ん、あとちょっとで思い出しそうなのに……。


「顔合わせの時……。あのレストランで久しぶりに会った壮太は、私のこと全然覚えてなかったよね」


 そうだよ。俺は忘れてたんだ。シエルのことを。


「最初は悲しかったんだよ。私のこと忘れて、壮太は変っちゃったんじゃないかって。でも違った。壮太は昔のままだね。私の知ってるそうちゃんだ」


 そうちゃん……懐かしい響きだな。

 今でもノエルねえが、そう呼んでるけど。


「壮太、す……すす……」


 お、おお、おい! シエルは何を言おうとしてるんだ!


「す、すす……す……き……んんっ、な、何でもない」


 気になるだろ!


「それはそうと。壮太、蜷川にながわさんと付き合ってるとか噂になってたけど」


 ギクッ!


「どういうことかな? それって裏切りだよね? 他の女と付き合うとか許されないよ。本当に付き合ってたら、もう息の根を止めようかな?」


 待て待て待て待て! 息の根は止めるんじゃねえ!

 話せばわかる!

 いや、話しても分かり合えないのが人間か。

 そういえば『話せばわかる』と言った犬養毅いぬかいつよしは『問答無用』と撃たれたんだったぜ。


 そんな歴史的事件より今はシエルだ。


蜷川にながわさんを助けたのは偉いけど……付き合ったりエッチなことするのは禁止」


 だから付き合ってないんだけど。


「壮太、今夜はお仕置きするからね」


 お仕置きって何だよ!

 シエル、お前が言うと本当に女王様みたいで怖いんだって! その超美人顔が!


 ガサガサガサ――


 ん? はっ? はぁああああああああああ!?

 シエルが俺の布団に入ってきたのだが!


「んしょ、これでヨシ」


 何が『ヨシ』だ! ヨシじゃねーよ!


「壮太、今日はこの体勢でするからね」


 何をするんだよ! 怖ぇーよ!


「壮太ははシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」


 ぎゃあぁああああああああああ! 今日の催眠キタァアアアアアアアアアアア!!

 滅茶苦茶キツい! こんなの耐えられねー!


 腕にシエルの体温を感じる。微かな吐息と風呂上がりのフローラルな香り。美しいダークブロンドの髪が俺の顔にかかってこそばゆい。

 こんなの拷問だ。


 てか、帰宅した時は密着して恥ずかしがってたのに、何で夜中だけ大胆なんだよ!


「ほーら、シエルとキスしたくなったぁ」


 ああああぁああ! やめてくれぇええええ! 本当にキスしたくなるだろがぁああああああ!


「もうっ、壮太になら……キスされても良いのに。試しにしてみ? 怒らないから。ふふっ♡」


 ぜってー怒るだろ! それ、絶対怒るやつだよね? 怒らないからしてみろと言われてするアホかいるかよ。


「壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」


 もう許してぇええええええ!


 その日、俺は延々とシエルに催眠され続けた。

 柔らかなシエルの体と、心地よい体温と、めっちゃ良い匂いに包まれながら。



 ◆ ◇ ◆



 チュンチュンチュン――


 窓の外で小鳥が鳴いている。

 まるで朝チュン展開だ。

 俺一人がベッドの中なので、朝チュンではないが。


 今日からちまたはゴールデンウィークだ。

 ゆっくり寝ていたい気もするが、そうもいかない。この家には超可愛い姉妹が居るからな。

 寝ぼけて朝〇ちでも見られたらヤバい。


「くぅううっ……体が重い……。寝不足かな?」


 グイッ!


 体を起こそうとするも全く動かない。


「あれっ? 何だこれ……。そんなに疲れてたのか? そ、それともまさか金縛り……」

「すぅー……むにゃむにゃ。そうちゃん……」


 すぐにそれが金縛りではないことに気付いた。

 俺の上に柔らかなGカップが乗っていたからである…………って、そんな冷静に分析してる場合じゃねぇえええええええええ!


「うっわぁああああああ! ののの、ノエルねえ! 何やってんの!?」


 そう、俺の上に乗っていたのはノエルねえだった。


「ふぁああぁ……そうちゃん?」


 そのノエルねえだが、寝ぼけているのか可愛いあくびをしている。


「朝だよぉ……そうちゃ…………えっ?」


 ごく普通に朝の挨拶をしたノエル姉が、途中から表情が一変する。


「えっ、あ、あの……これはちがくて……ち、違うのよ。ねね、寝込みを襲ったりしてないからね。そ、そう、起こそうとしてね……」


 そうか、寝込みを襲ったのか……って、違ぁああああーう!


「えっと、ノエルねえ、何やってるの?」

「だだ、だから、起こしてあげようかと思って……」

「俺の上に乗って?」

「ち、違うの。そうちゃんの寝顔が気持ちよさそうだったから……」

「寝込みを襲ったの?」

「ち、違うからぁ! 一緒に寝ちゃったの!」


 真っ赤な顔でノエルねえが力説する。一緒に寝ただけだと。


 そうか、一緒に寝たのか。って、一緒に寝ただとぉおおおおおおおおお!

 待て待て待て、落ち着くんだ俺!

 どうせポンコツなおねえのことだから、起こしに来たのに眠気に誘われただけだろう。

 きっとそうだ。


「ノエルねえって、汚部屋でダサジャージで、その上、お寝坊さんだったのか」

「わぁああああ~ん! ダメなお姉ちゃんでごめんね~!」


 泣き真似をするノエルねえ若干じゃっかん、それで誤魔化している気もするが。

 だって、いつもは朝早く起きているからな。


 しかし何だな。夜中にシエルが添い寝催眠してきたかと思ったら、朝になったらノエルねえになってたなんて、一体どんなマジックだよ。

 まあ、シエルは30分くらいしてから帰ったけどさ。


「ううぅ……起こそうとしたのはホントなの。でも、そうちゃんの寝顔を見てたら……一緒に寝たくなっちゃって……ごにょごにょ……」


 ノエルねえが小声で何か言っているが、良く聞こえない。


「とにかく下りてくれ。いつまで乗ってるんだ、このズボラねえは」

「こ、こら、ズボラじゃありません。そもそも、そうちゃんが悪いの」


 何だか俺が悪いことになったぞ。


「そうちゃんったら、シエルちゃんや星奈せいなちゃんばかり構って。全然お姉ちゃんを構ってくれないんだもん。それに、今度はあのショートボブの子と付き合ってるとか噂になってるでしょ」


 えっ? ノエルねえ……嫉妬してるのかな?


「言ったでしょ。ウサギさんは構ってくれないと死んじゃうの」

「またその話か」

「もうっ! これからは毎日お姉ちゃんを可愛がりなさい。可愛がらないとメッだよ」


 どうしたものか。ノエルねえが甘えん坊になっちまったぞ。愛が激しいヤンデレ彼女みたいじゃないか。

 か、彼女…………。


 自分でそう考えていて恥ずかしくなる。

 ノエルねえのような可愛い彼女がいたら、毎日幸せかもしれないと。


 いかんいかん! ノエルねえとは姉弟なんだ。変な気を起こすな俺ぇ!


 しかし、そんな俺の心を惑わすのがノエルねえなのだ。


「そうちゃん、約束したでしょ。何でも一つお願いを聞いてくれるって」






 ――――――――――――――――――――


 ののの、ノエル姉! 何をする気だ!?

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