第2話 完璧美人のノエル姉がダサジャージのはずがねえ

 早くも俺の省エネ生活は崩れた。

 新学期は女子に関わらず静かに暮らそうと思っていたのに。


 なんたって一つ屋根の下で、美人姉妹とセクシー義母がダブル……いやトリプルで同居しているのだからな。



 この短期間で俺に起こったイベントをまとめるとこうなる。


「父さんな、タイに転勤が決まったんだ。単身赴任になるけど、家のことは莉羅りらさんに任せてあるから大丈夫だよな」


 突然、父親が外国に転勤になった。いや、たぶん前から決まっていたのだろう。

 俺一人を家に残すわけにはいかないと、再婚を急いだのかもしれない。


 しかし、家族とはいえ最近できたばかりの若い義母と、超美人姉妹に囲まれて暮らすなど、一体全体どういう運命だよ。


 もちろん父親はコミュニケーション不足のままタイへ向け出国してしまう。『莉羅りらさんに手を出すなよ。ははっ』などという笑えない冗談を残して。


 義理の母親とおかしな関係になったら、それはラブコメ展開ではなく官能的な別の作品になってしまう。

 それだけは避けなければ。


 俺は強く心に誓う。莉羅りらさんの色香には惑わされないと。


「うおぉおおおおおお! どうなってんじゃああああ! 俺の嫁は二次元だ! あんな美人姉妹に惑わされたりしないぞ! ましてや義母などに! くぅううううっ!」



 そうこうしている内に姫川母娘の引っ越しも無事終わった。築十五年4LDK一戸建てローン返済中の我が家が賑やかになる。


 今までは留守がちな親父だけで、普段は一人で過ごすことが多かった。

 だけど今は違う。家の中に可愛い女子が居るなんて大事件だろ。


 ただ、莉羅りらさんもノエルねえも、俺に気を遣って気さくに接してくれている。実にありがたい。


「壮太君、これからよろしくね。私を本当のママだと思って何でも言って良いのよ」

「そうちゃん、ずっと一緒だね」


 ずっと一緒とか言うノエルねえだ。そんなの言われたら誤解してしまう。


「よろしく、安曇君」


 シエルは相変わらずクールだが。


 そう、安曇君で思い出したが、姉妹とは新学期から同じ高校に通うこともあり、まだ籍は入れていない。

 同級生から詮索せんさくされないよう配慮らしいのだが。


 同居しているのがバレないように学校生活を送るのが、不安でしかないが。



 ◆ ◇ ◆



 そんな三人の美人母娘と同居して数日経ったある日の午後、俺はプレイしている姉萌えバトルゲーム『オレンジアーネスト』通称『オレアネ』を止め椅子から立ち上がる。


「ふうっ、親父が転勤してからというもの、どうも落ち着かないな。春休みが終われば義理姉妹と同じ高校に通うし……。よし、何か手伝いでもしてみよう」


 家の中に超絶美人が三人も居るなど、緊張するなと言う方が無理がある。

 それが少々コミュ障気味の俺なら尚更だ。


 女子とは関わらないと決めたはずだが、家族になるのだなら関わらない訳にはいかない。いかないのだ。


「そうだ、ノエルねえなら色々許してくれそうだよな」


 俺はノエルねえに何か手伝えることがないか聞きに向かう。

 許してくれそうというのは変な意味じゃないぞ。



 ノエルねえ……成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、そして性格まで優しいという完璧美人だ。

 見た目が良いのに性格も良い。

 なぜ天は二物も三物も与えてしまったのか。



 コンコンコン!


 軽くノックをしてからドアを開ける。

 女子と同居するのならマナーは必要だろう。


「ノエルねえ、入るよ」


 ガチャ!


「ちょ、ちょっと待って! きゃっ! そ、そうちゃん!」


 いきなり俺は間違えた。

 ノックをしてからドアを開けるのではなく、返事を聞いてから開けるべきだったのだ。


 ぐちゃぁああああ!


 俺は見てはいけないモノを見てしまった。

 あの綺麗で可憐で完璧美人のノエルねえの部屋が、こんな汚いはずがない。


 ギィィィィ――

「そっ閉じしないでぇええ~!」


 何も言わずドアを閉めようとした俺を、ノエルねえが必死に止めようとしている。それはもう一心不乱な感じに。


「えっと……引っ越してからまだ数日だけど……」


 部屋の惨状を見た俺がつぶやいた。

 物が引っ越し用の段ボールに入ったままになっており、そこから飛び出た衣服が散らかり放題だ。


 しかも何故かセクシーな色の使用済みブラまで落ちている。

 なぜ使用済みかというと、何となく男のかんだ。


「あの、ノエルねえ……うわぁ……」


 完璧美人の欠点を知ってしまった禁忌きんき的な気持ちだろうか。俺は目を逸らして見ないフリをした。


「ち、違うのよ。これは違うの。ご、誤解しないでよね、そうちゃん。ちょっと忙しくてね」


 言い訳をしようとするノエルねえだが、その姿は更に衝撃的だ。

 着古したようなボロいダサジャージを部屋着にしているのだから。


 何だそのダサいジャージは。ダサ過ぎて何処で買ったのだとツッコみたいレベルだ。

 むしろ一周回って可愛いとさえ思えてしまう。


 俺の視線を感じたノエル姉が慌てて釈明しゃくめいを始める。


「ちちち、違うのよ。これも違うの。これはこれで快適なの。ほら、着古して柔らかくなったジャージって楽だし……」


 クルッと回ったノエル姉だが、大きな胸がボヨンっと弾んで目のやり場に困る。

 というか、お尻の部分が擦り切れて糸がほつれているぞ。少しだけ下着が透けているじゃないか。

 まあ、透けた下着は目の保養にしておこう。


「えへへぇ、引っ越してから最初は気を付けてたんだけどぉ、やっぱりジャージが楽かなって」


 そんなことを言うノエルねえが、両手を合わせて首をかしげる。率直に言って可愛い。超可愛い。

 おっと、義姉をガン見している場合じゃない。

 俺はノエルねえの手伝いに来たのだ。


「えっと、片づけを手伝いましょうか?」

「ホント? ありがとぉ~! そうちゃん優しい」


 ノエルねえは満面の笑みで応えてくれる。そんな笑顔を向けられたら、部屋が汚いとか部屋着がダサいとかどうでもよくなるだろ。


「じゃあ、俺は段ボールの荷物をクローゼットに収納しますね」


 そう言ってゴチャゴチャに散らかっている段ボールから衣類を取り出す。

 赤、黒、紫、ピンク……色とりどりの衣類だ。しかもレース素材なのか、ところどころ透けているときた。


「えっ……えっ……これって……」


 俺はまた間違えた。これはノエルねえの下着だ。

 世間ではパンツとかパンティーとかランジェリーとか呼ばれている男子にとって禁断の宝具アーティファクトである。


「きゃあぁああ! だ、ダメぇええ~っ! それは私がやるからぁ!」


 真っ赤な顔をしたノエルねえが飛び掛かってきた。俺に抱きつくように。


「わああぁ! わざとじゃないんだぁああ!」

「見ちゃダメぇ! 見ないでぇ! 嗅いじゃダメぇ!」

「嗅いでませんって! てか、当たってる! 当たってますって!」


 俺の上に乗ったノエルねえの柔らかな二つの膨らみが当たっている。

 心地よくて良い匂いで天にも昇りそうだ。


「ほら、そうちゃん全部返しなさい」

「返すに決まってますって。使ったりしないから」

「何に使うのかな?」

「だ、だから使わないって」


 何に使うかって? そりゃ……何でもない。

 ノエルねえは俺の上に乗ったままプリプリ怒っている。


「そうちゃん、ごめんなさいは。メッだよ」

「ご、ごめんなさい……」

「はい、よくできましたぁ」


 許してもらえた。というか怒った顔も超可愛いので全く怖くない。むしろ、もっと怒られたい。


 それより問題なのは、ノエルねえの距離感だ。まだ俺の上に乗ったままなのだが。


 このお姉ちゃん、距離感おかしくないか?

 そんな態度だと男は勘違いしてしまうぞ。

 この無防備で隙が多い義姉が、ちょっと心配になる。


 そんなノエルねえの将来に思いを馳せていると、とんでもないタイミングで事件は起きるのだった。


 ガチャ!


「おねえ、どうかしたの? 大きな音がしたけど……」


 妹のシエルが入ってきたのだ。

 俺とノエルねえが密着しているのをバッチリ見られてしまった。


「ちょ、ち、違うんだ……」

「あらあらぁ~シエルちゃん」


 焦る俺だが、上に乗っているノエルねえはのんびりしている。てか、早く下りてくれ。いつまで乗ってるんだこの姉は。


「不潔…………」


 シエルの目が俺を射抜く。まるで氷の女王のような迫力で。


「ち、違うから。これは事故で……」


 バタンッ!


 俺が説明しようとするが、シエルは最後まで聞かずにドアを閉めてしまった。


「あああ……誤解された……」

「大丈夫よ。シエルちゃんって、きっと難しい年頃なのかもぉ」


 こんな時でもノエルねえはマイペースだ。


「あの、下りてくれませんか?」

「そうちゃん、反省した?」

「しました。もう下りてください」

「あぁー! 敬語禁止よ。姉弟なんだからね」

「分かりました! だから下りてぇ」

「だから敬語禁止なの」

「分かった! 分かったから降りろぉおお!」

「もうっ、しょうがないわね。以後気を付けるように」


 やっぱりこの姉の距離感はおかしい。

 こんな調子でスキンシップをされたら体がもたない。

 色々と爆発しそうになってしまうだろ!


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