第3話 ラッキースケベはそうじゃないだろ

「ふぅ……上手くいかないな」


 ノエルねえの部屋を片付けた俺は、一階に下りた。キッチンでグラスに牛乳を注ぎながら愚痴ぐちをこぼしているところだ。


 新しい家族と打ち解けようとしてみたのだが、義姉に柔らかな膨らみを押し付けられ、義妹から冷ややかな目で見下ろされただけである。


 姉を変な目で見たいようにと努力しているのに、あんな距離感で密着されたら我慢できなくなっちゃうだろ。


 それにシエル……。

 どうもシエルの俺を見る目が厳しい気がする。

 やっぱり再婚には反対だったのだろうか。


 そんな俺の悩みなど吹き飛ばすかのように、魅惑的みわくてき官能かんのうをくすぐるような香りが漂ってきた。


壮太そうた君、お腹すいちゃったの? 待っててね、すぐお夕飯を作るから」


 ほんわかとした声の方を振り向くと、そこには義母になったばかりの莉羅りらさんが立っていた。

 何かこう、いかにもエッチな漫画に出てきそうな、美人で若い人妻という印象の人だ。


 思春期真っ盛りの男子には刺激が強すぎるぞ。


「あっ、大丈夫です、莉羅さん。ありがとうございます」


 俺が他人行儀な挨拶をすると、莉羅さんは頬をプクっと膨らませて不満顔になる。


「もうっ! 壮太君ったら、私たちは家族になったのよ。遠慮はやめてよね」

「そ、そうですね。じゃあ、ちょっとお腹すいたかな」


 俺の返事で莉羅さんは笑顔になった。とても人妻とは思えない可愛らしさだ。

 ついでに話し方はノエルねえと同じで、ほんわか優しそうで色々と許してくれそうな雰囲気がある。


 許してくれそうだがエッチな目で見るのは絶対禁止だ。仮にも母親になる女性だからな。


「ちょっと待っててね。すぐお夕飯を作るから」

「はい、助かります」


 ダイニングの椅子に座り、さっき注いだ牛乳を一気飲みする。照れ隠しのように。

 莉羅さんは、そんな俺をにこやかな顔で見つめると口を開いた。


「良かったわぁ。娘と仲良くしてくれてるみたいで」


 仲良くと聞いてドキッとした。さっきノエルねえに抱きつかれたところが熱を帯び、ドキドキと胸の鼓動こどうが速くなる。


「そ、そうですかね。ノエルねえは元からフレンドリーな性格みたいだし。それに……シエル……シエルさんは、まだ俺を兄だと認めていない気がします」


 俺の話を聞いた莉羅さんは、胸の前で両手をギュッと握る。それは何のポーズだ。


「大丈夫よ、壮太君。あの子、シエルは人付き合いが苦手なだけなの。きっとシエルも壮太君と仲良くしたいと思ってるはずよ」


「そうでしょうか?」


「そうよぉ。だって小さな頃は、あんなに仲良かったじゃない」


 仲が良かった?

 俺とシエルが?

 いつの話だ……?

 思い出せない。

 何で俺は忘れているんだ…………?


「あっ、ごめんなさい。無理に思い出さなくて良いのよ」


 顔を上げると、莉羅さんが俺の近くにきて心配そうな表情で見つめていた。


「えっと、どうも昔の記憶が曖昧でして」

「そうよね。大丈夫。ゆっくりで良いからね」

「はい」

「そうだ、壮太君からシエルに話しかけてあげたら?」

「えっ?」

「きっと喜ぶと思うわよ」


 喜ぶ? 喜ぶのだろうか?

 あのクールで氷の女王みたいな義妹が。


「まあ、考えておきます」

「あとあとぉ、私も気軽に呼んで欲しいわ。愛情を込めてぇ♡」

「はい?」

「そうね。たとえば『リラちゃん♡』とか、『ママぁ♡』とか」

「えっ、嫌です。恥ずかしいし」


 ガァアアアアアーン!

「およよよぉ……」


 莉羅さんが変な擬音を出しながら沈んでしまった。お茶目な人だ。



 ◆ ◇ ◆



 食事を終えた俺は部屋でネット動画を眺めながらくつろいでいた。

 もう毎日の日課だ。


 この家は女性三人に俺という家族構成になる。やはり先に風呂に入るのは遠慮してしまう。

 義理姉妹と義母が入ってから、ゆっくりと俺が入浴する。これが一番だろう。


 ラッキースケベを防止するためにも、少し時間をおいてから入るのが安全だ。

 俺は十分に時間が経ったのを確認してから浴室へと向かった。


「ふうっ、やっぱり落ち着くなら風呂だよな。家の中に美少女がウロウロしてると緊張するんだよ……」


 少し愚痴ぐちをこぼしながら浴室へと向かう。最近、愚痴が多いと反省しながら。


 だが莉羅さんやノエルねえが俺に気を遣ってくれているのは感じている。

 きっと、俺が家で孤立しないように気さくに話しかけているのだ。

 そこは感謝しないとな。


 ガラガラガラ!


「あっ!」

「えっ?」


 脱衣所の扉を開けた俺は固まってしまった。

 そこに予期せぬ人が居たからである。


 輝くセミロングの金髪ブロンド。ムッチリと熟れたグラマラスな肢体ボディ。ちょうど脱衣中だったのか下着姿だ。


 しかも下着は大人アダルトな黒いレース。俗に言うセクシーランジェリーだ。

 弾けそうな大きな胸は薔薇ロース柄の刺繍が施さたブラでムッチリと包まれ、プリっとしたヒップには小さめのショーツが張り付いている。


 待て待て待て待て待て! 何で俺はガン見してるんだ!?

 見ちゃダメだ! 見ちゃダメだ! 見ちゃダメだ!


 俺が全く動けずにいると、その下着姿の女性が、申し訳なさそうな感じに声を上げる。


「いやぁ~ん♡ 壮太君のエッチぃ♡」


 そう、そこに居たのは莉羅さんだった。


 何で義姉妹と同居したら義母の風呂を覗いてしまうんだ? ラッキースケベはそうじゃないだろ!

 普通はここで姉妹のどちらかを見てしまう展開のはず。

 これがラブコメアニメだったら、一般層を置いてけぼりで、一部マニアな層にだけ刺さる作品になってしまうぞ。


 とりあえず俺は目を逸らし頭を下げた。

 これ以上、この美しい人妻を見ていると本当に間違いを起こしそうだ。


「す、すみません。もうお風呂済ませたかと思ってまして」

「私こそごめんなさいね。ちょっと後片付けをしてて」

「いえ」

「でも壮太君もオバサンの裸なんてイヤよね」

「い、いえ、莉羅さんは若くて、とても……綺麗です……」

「きゃ♡ 壮太君ってお上手ねぇ。このこのぉ」


 莉羅さんが肘で俺の脇腹をツンツンしてくる。プリっとした胸の谷間が近い。

 止めてくれ。それ以上されると大変なことになってしまう。


 案の定、俺の視線に気付いたのか、莉羅さんがからかってきた。


「もう、壮太君ったらぁ♡ 胸がすきなの? おっぱい揉んどく?」

「そういう冗談はやめてください」

「そ、そうよね。壮太君なら良いかなって思っちゃったけど」

「余計にダメです」

「ごめんなさぁい」


 いつの間にか立場が入れ替わってしまった。悪乗りした莉羅さんが俺に怒られているのだ。

 しかし、積極的に出た莉羅さんだが、実はそれほど余裕もないらしい。

 恥ずかしがっているのか、さっきから体をクネクネしているのだ。大事なところを隠しながら。


「あ、あの、壮太君♡ 困るわ♡ 私にはしげるさんが。あっ♡」


 莉羅さんは俺の父親の名を出した。新婚なのに旦那が単身赴任なのは同情する。

 しかしこの人妻は欲求不満ではないのか?

 いや、冗談だ。

 きっと俺を気遣って、わざと明るくエッチな感じにしているのだろう。

 きっとそうだ。そうでないと困る。


 そんな莉羅さんの夜の生活を心配していると、とんでもないタイミングで事件は起きるのだった。


「お母さん、どうかしたの? 大きな声なんか出して」


 義妹のシエルが脱衣所に入ってきたのだ。

 莉羅さんが半裸で俺といるのをバッチリ見られてしまった。


「不潔…………」


 シエルの鋭くも美しい瞳が、まるでゴミを見るようになっている。


「ちょ、ち、違うんだ……」

「あらあらぁ♡」


 何とか説明しようとする俺だが、莉羅さんは体をくねらせて『あらあら』しているだけだ。

 と言うか、この母親はノエルねえにそっくりだろ。さすが母娘だ。


 こうして俺は、一日に二度のラッキースケベを経験し、義妹のシエルに嫌われてしまったのだった。

 こんなの先が思いやられるぞ。


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