VS黒幕 四
「はははっ! 君、正直だねえ!」
何がツボに入ったのか、大きな声で笑いながらようやくわたしの上から退いてくれる。手も解放されたので、ほっと安堵の息をつけた。
……いやほんと、急に触らないでほしい。泣くかと思った。
「変わらないなんて聖人ぶったことを言われてたら、本当にそうか試すとこだったよ」
「こっわ……。じゃなくて。本当に変わらない人もいると案外身近にいると思うけど」
「どうだかねえ。ま、いたらいたで面白いと思うかもしれないけど、今は君みたいに馬鹿正直な女の子の方が見ていて面白いかな」
「……えーっと、つまり、許された?」
「まあね。せっかく協力してくれそうな子がいるのに、無下にするのも失礼かなって。それに君みたいな面白い子、滅多に会えるもんじゃないしね」
「う、うわーい」
利用価値があるうちは生かしておこうっていう、物騒な副音声が聞こえる気がする。
こんなに嬉しくない「おもしれー女」認定もない。
ともあれ。ひとまず殺意は引っ込めてくれたらしい。もう一度安堵の息をついてから、わたしは上半身を起こした。
「えっと、それで……………………ヤタでいい?」
「はい?」
「いや、烏丸とも小夜とも呼べないし、なら他の呼び名がいるなあって。八咫烏だからヤタ」
「八咫烏って結構すごい妖なんだけど?」
「だからバレないかなって」
「まあ、それは確かに」
納得してくれたようで、それ以上文句が出ることはなかった。釈然としない顔はされたけど、後で「君が本名で呼ぶから」とかなんとか因縁をつけられたくない。
何が地雷になるかわっかんないからなあ……。推しルートほどやりこんでないのもあるけど、小夜のトゥルーエンドフラグ、未だによくわかってない。
「ところで、そういう君は?」
「へ?」
「名前。勝手に呼び名までつけておいて、教えてくれないなんてことはないよね?」
「あっ、そっか」
うっかりしていた。
「凪だよ」
「どんな字?」
「えーっと……。かぜかんむりの中に、止まるって字が入るやつ」
「あれか。君、凪っていうか時化って感じだけど」
「遠回しにうるさいやつって言ってない?」
「あははは。ところでいいの? 妖にそんなあっさり名前教えちゃって」
「……真名的な意味で?」
「真名的な意味で」
そういえばそういう設定もあった。
でも、ゲームだと名乗る名乗らないの選択肢ってなかったはずだし……。
何よりだ。
「名乗らないのも失礼だし、変なあだ名つけられたくないし」
「無礼なことを言うわりに、変なところで躾がなってるね」
「いやー、礼儀とか全然無視しそうな人に払う礼儀はないかなって……」
「君、本当に僕のことなんだと思ってるの? 一応命の恩人だよね?」
気まぐれ享楽腹黒サイコ男(黒幕)だと思っています。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、わたしはそっと目を逸らした。
「なーぎっ」
「ひょわっ!?」
直後、ノックもなしにドアが開かれた。
素っ頓狂な悲鳴を上げながら、我ながら惚れ惚れする反射神経で小夜あらためヤタにシーツを被せる。丸くなったそれを背中に庇いつつドアの方を見れば、きょとんとした顔の珊と目が合った。
「どしたのナギ。変な顔してるケド」
「えーっと……」
この丸くなったシーツをどう説明したものか。冷や汗だらだらになって必死に考えていると、珊がぴょこぴょこと髪を揺らしながら近づいてきた。
そのままわたしの横に腰を下ろすと、いつものようにハグをされる。わたしの背後を気にする様子はまるでなく、思わず肩から力が抜けてしまった。
こ、これが隠形と幻術の達人……。
焦って損した……。
「ナ、ナンデモナイデス……」
「ふーん?」
「そ、それより珊ねーさん、何か用?」
なんとか話題を変えようと、訪問の理由を問いかける。
ちなみに珊ねーさんという呼び方は、珊たっての希望によるものだ。本人曰く、「娟だけずるい」とのことらしい。何がずるいのかはよくわからない。
「ん? ナギと一緒にお昼寝しよーと思って」
「え。今の時間だと小龍さまのお出迎えに寝坊しそうなんだけど……」
「今日は出迎えいいって辰が言ってたヨ」
「あ、そうなんだ?」
「そーそー。だから一緒にお昼寝」
そう言うと、娟はわたしをホールドしたままベッドに寝転がった。
あ~~~~~。めっちゃ良い匂いするしめっちゃ柔らかい……!
頬に当たるふわふわ谷間の感触に、スケベ男子高校生みたいな感想が浮かんだのも束の間。お出かけから今に至るまでの間に色々ありすぎたからか、すぐにうとうとし始めてしまった。
ヤタをシーツにくるんだままだけど、もうこの部屋にいる理由はないはずだし、後で勝手に抜け出すだろう。見咎められるようなヘマもしないだろうし。
「……ふぁぁぁ」
心配事がなくなると、眠気は一気に強くなる。零れたあくびを了承の証だと思ったのか、珊はいっそう強くわたしを抱き寄せてきた。
珊の抱き枕になりながら、わたしは横目でシーツを被ったヤタを見た。
「……」
こんなものはただのひとりよがりだ。
そう思いつつ、頭がありそうな場所にそっと手を置き、シーツ越しに撫でる。しばらく手を動かした後、重たくなった瞼を下ろした。
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