VS黒幕 参

「死んだら幽霊になって、へたくそな関西弁のせいで殺されたって言いふらしてやる!」

「――――は?」


 ぴたりと。

 わたしの口元を覆う直前、小夜の手がぴたりと止まった。


「……君、とんでもない脅迫してくるね?」

「言っとくけど本気だからね! 意地でも化けて出て、街中に噂を広めてやるから! 烏丸小夜はへたくそな関西弁がばれたのが恥ずかしくて人の子を殺したって言いふらすから!」


 元の世界なら鼻で笑われて終わる脅し文句だけど、ここは妖が存在する「ゆら恋」の世界。死後の世界も幽霊も一般常識として存在するし、なんなら未練を持った霊魂を鎮めるのが神代一派のお仕事だ。

 何より、小夜自身がさっき「恥ずかしい」と言った。あれがただのポーズなら詰みだけど、少しでも本音が混じっていたなら無視しづらい……はず!


「正直だいぶ勘弁してほしいけど、ここで君の口を塞がない選択肢もないんだよね、これが」

「よくよく考えてほしいんだけど」

「うん?」

「貴方が来るって予想してたのに、なんでわざわざ一人になったと思うの? 罠のつもりだったとしても、貴方がわたしを押し倒したところで誰か助けに入るのが自然じゃない?」

「……」

「ちなみに口封じされそうになるのは想定してたからね」


 まあ、思ったより問答無用すぎて危うくコミュ前にデッドエンドだったけど。

 とはいえ、これをわたしから言われるのは予想外だったらしい。マウントはとられたままだけど、さっきまでよりかは会話してくれそうな雰囲気にはなってきた。


「君自身に、僕と敵対する意思はないと。そう言いたいのかな?」

「話が早くて助かります」

「君、頭目さんの愛玩動物でしょ? 一応、神代一派と回礼って対立してるんだけど」

「貴方、悪事がばれてその神代から追われてる身では……? 推し……小龍さまの首なんて、影響力が大きすぎて許してもらうための手土産にもならないだろうし……」

「……」


 そう言うと、小夜は変な顔をした。

 なんとなくだけど、そこまで知っているのかという驚きとは、ちょっと違う感じがする。どちらかといえば面倒な問題にぶち当たった時に浮かべるようなしかめっ面をした後、気を取り直すように息をついた。


「まあ、いいか。ともかく君は、僕が頭目さんに危害を加えるつもりはないと判断したわけだ」

「仮にそのつもりだったとしても、小龍さまはタイマンなら負けないからね」

「ははっ、信頼が厚いことで。で、だ。それなら君自身はどうなの?」

「わたし?」

「どうして君は僕に肩入れするんだい? もしかして、僕のこと好きになっちゃった?」

「えっ、違うけど」


 あ、またしかめっ面になった。

 ゲームだと滅多にこういう顔しないから新鮮だ。


「……僕を見てきゃあきゃあ黄色い声で鳴くおんなのこに興味ないけど、そんな風に言い切られるのもそれはそれで複雑だね」

「めちゃくちゃかっこいいとは思ってるよ? でも、だからって恋愛的な意味で好きになるかどうかはまた違う話だし……。あと、付き合うなら優しい人がいい」

「僕も優しいけど」

「えっ?」

「…………それより、質問に答えてくれないかな?」

「話の腰を折ったのはそっちでは!?」


 どうしてわたしがそんな言い方をされないといけないのか。

 若干理不尽を感じつつ、わたしは一つしかない返答を口にした。


「えっとわたし、貴方に不幸になってほしくなくて……。だから、できる限りはなんとかしてあげたいっていうか」


 わたしのせいで家から追放されたようなものだけど、烏丸次期当主でいるうちはろくなことしないからなあ……。三組織を争わせようとしたり、その争いを利用して鬼門を開こうとしたり、まひろを人質にとって攻略キャラを殺そうとしたり……。

 そんなわたしの返答に、小夜はいよいよ変なものを見るような顔になった。


「僕と君は初対面のはずだけど」

「まあ、うん」

「そして僕に惚れているわけでもない。ならどうしてだい?」

「どうしてって言われても……」


 さて、どう答えたものか。無い知恵を絞って考えてみるものの、正直に話す以外のアイデアは浮かんでこなかった。


「……わたし、実は未来のことをちょっとだけ知ってて」

「へえ?」

「それによると、貴方はすごくすごーく破滅しやすいの」


 破滅する理由の十割は自業自得なんだけど、それは脇に置いておく。


「それを知ってるのにほっとくことなんてできないじゃない?」

「だから?」

「だからって……。不幸になるかもしれない人がいるなら、なんとかしたいってなるのはおかしいことじゃないと思うけど……」


 好きなゲームのキャラだから、という気持ちがあるのは否定できない。でも、ふた月近くもここで過ごしていればさすがにそれだけじゃなくなってくる。今はどちらかというと、誰かの不幸な未来を回避できるならそれに越したことはないという気持ちが強かった。人の不幸は蜜の味だなんて言葉はあるし、自分が辛い時に幸せオーラを見るともやもやした気持ちになるのは否定できないけど、それでもわたしはやっぱり、不幸よりは幸せな方が良かった。


 何より、わたしには小夜を幸せにする責任がある。


 そんなわたしの言葉に、小夜はぱちぱちと目を瞬かせる。

 その直後、シーツを握りしめていた手を掴まれた。


「……触り方がえっち!」


 さわさわと指の付け根やら手の甲やらを触られ、思わず抗議の声を上げる。だけど、小夜は馬鹿にするようにへらへらと笑うだけだった。


「強がっちゃってまあ」

「…………」

「口で言うほど僕にビビってないわけじゃないくせに、言うに事欠いて僕の不幸をなんとかしたいときたもんだ。随分と上から目線で物を言うじゃないか」

「う……っ。で、でも、幸せになってもらいたいのはほんとのことなので……」

「自分を殺そうとした男なのに?」

「まだ痛いことされてないから……」

「へえ。なら、ここで僕が君に危害を加えたらどうなるかな。痛い目にあわされてなお、僕の不幸をなんとかしたいだなんて大それたこと言えるかな?」

「えっ、普通に無理だと思うからやめてほしい……」


 わたしはまひろみたいに清廉意思強ヒロインじゃない。ここで痛い思いをさせられたら余裕で手のひらドリルする自信がある。


「――――ぷはっ」


 祈るような気持ちで見上げていると、笑っているくせに目がちっとも笑ってなかった小夜が、我慢できないとばかりに噴き出した。

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