間章:犬 上

 犬を飼い始めた。茶色い毛並みをした仔犬だ。

 この仔犬は特段、素晴らしい犬というわけではない。見てくれは悪くはないが取り立てて優れているわけでもなく、馬鹿ではなさそうだがどちらかといえば浅慮だ。探せば、もっと見目麗しく、賢しい犬はいくらでも見つかるだろう。

 それでも手元に置きたいと思ったから首輪をつけた。

 ずかずかと土足で踏み込んできたかと思えば、屈託のない好意を向けてくる。良くも悪くもこちらの予想を超えてくる仔犬は、三〇〇年という、長い寿命に照らし合わせても短いとはいえない年月で出会った中では、見ていて最も飽きない生き物だったからだ。



     ◇◇◇



 この世には数多の策謀が存在するが、そのいずれも突き詰めれば、いかにして相手の不意を突くかに終始する。太古の日ノ本において、八つの首を持つ巨龍が酒に酔わされて退治されたように。外国とつくにに存在していたという堅牢な城が、たった一体の木馬を引き入れたばかりに呆気なく落とされたように。知恵ある生き物はかくも「想定外」というものに弱い。

 かくして。

〝無面〟という「想定外」の駒を有し、意表を突く側に立っていた者たちの計画は、奴らの想定より遥かに早く尻尾を掴まれたことで呆気なく瓦解する運びとなった。


「いやあ……。無面を裏で操っていたのが、まさか烏丸からすまの次期当主だったなんて」


 まもなく夕時にさしかかろうという刻限。畳敷きの部屋の中。一人の若い男が、疲れを滲ませた声でそんなことを口にする。頭から生えた狼の耳も、尻の辺りから伸びる尾も、疲れたように萎れていた。

 明るい茶色をした短い髪と、軟派な印象を与える黒い目。だらしなく着崩した着物もあいまって軽薄という言葉がよく似合う男は、こま颯太そうたという。


 主人を前にしながら足を崩して座る姿は、代々本家に仕える従僕とは思えない。しかし、そんな従僕を見ても主たる男・神代六花は肩を竦めるだけだ。雪のように白い髪が、動きに合わせて揺れる。

 六花を見て、従僕に甘いと、主としての威厳がないと評する者は多い。オレに言わせれば、この程度のことでいちいち目くじらを立てる狭量な男など、下に付くに値しないと思うが。

 それに、狛颯太は不敬ではあるが忠は篤く何より無能ではない。先刻の捕り物劇でも、烏丸の私兵である破落戸ごろつきや、奴に唆された烏丸の若衆を相手取りながら主の盾を務めていた。相応の技量があるなら、多少素行が悪くても問題ない。それが己の、そして六花の考えだ。

 もっとも希介わたしの場合、こいつのことを言えないというのもあるが。


「希介さんが黒幕だったら、なるほどなあって感じなんすけどね」

「何が言いたい」


 飛んできた話の矛先に対し、短い言葉と軽い睥睨で応じる。大抵の相手はこれで怯むが、狛颯太は平然としている。へらへらとした顔のまま、奴は不謹慎な話を続けた。


「昔から下剋上を隠そうともしない鳳家と、戦国の世だと神代に影武者を任されるほどの忠義心が代々続いている烏丸家。どっちが裏切りそうかって言われたら、まあ前者っすよね」

「元々鳳が上で、神代が下だったんだ。下剋上という言葉は正しくない」

「ほらぁ、こんなこと言ってますよ六花さん。ついでに謀反の芽、摘んどきません?」


 そう言って、狛颯太は六花に話を振る。今しがた別のところから生えた芽を摘み取ったことを思えば、面白みがない代わりに他意を感じさせる冗談だ。狛颯太がこの手の冗談を口にするのが珍しくなければ、場の空気はひりついたものになっていただろう。

 それに、狛颯太の言葉自体は間違ったものではない。

 鳳家は今でこそ神代家の重臣という立ち位置だが、千年前は鳳が主で、神代の方が従だった。それが天神イザナミと相対したと語る当時の鳳家当主の意向によって主従が入れ替わったのだから、鳳家側に遺恨が出るのは必然だろう。表向きは忠誠を誓いつつも、かつての地位に返り咲かんという野心を隠そうともしないのが、かつての鳳家だった。


 もっとも、今はその野心は潰えた。鳳の名に連なり、その血を受け継ぐ妖は、己を除いてこの世に存在しないからだ。己が諸共始末した。だからこそ狛颯太も、現当主である希介わたしを前にしてこんな軽口を叩いている。

 あるいは妖狼としての嗅覚が、希介わたしの裏を無意識のうちに嗅ぎ取っているのか。とはいえ、五〇年程度しか生きていない若造に探られて困る腹も立てる腹も持ち合わせていない。今回も呆れたように息をつき、六花を一瞥するに留めた。


誰ソ彼たそがれの翼を失った今、彼ハ誰かわたれの翼まで失っては俺が困るな。そうなれば颯太も今以上にやることが増えて、花街へ遊びに行く時間が減ることになるぞ」

「げっ、それは困るっす」


 六花は声音に真摯な色を残しつつ、からかうような言葉で狛颯太を嗜める。奴が嫌そうに首を竦めたのを見て軽く笑った後、真面目な顔になって話を続けた。


「それに今回の件、希介の働きなくしてこれほど早い火消しは成し得なかった。小夜さよを取り逃がしたことで〝無面〟の正体こそ掴めてはいないが、神代、夜光やこう一族、そして回礼の三すくみを争わせる計画は頓挫したと言ってもいいだろう。希介に与えるとしたら、それは処罰ではなく褒美だ」

「へい、仰る通りで。……しかし希介さんも、この短期間でよく烏丸を処罰できるくらいの材料を集められたっすね。大変だったでしょ」

「最初に伝えたように、回礼がこちらによこしてきた情報あってこそだ。犯人がわかってしまえば、後は目的の絵を完成させられるよう組絵の欠片を繋ぎ合わせればいい」

「回礼かあ……。あそこの頭目、むしろ口実を得たとばかりに嬉々として喧嘩ふっかけてきそうな感じなのに、よく情報回してきましたよね」


 そう言って、狛颯太は怪訝そうに首を傾げる。その疑問には六花も同意見のようで、狛颯太ほど露骨ではないものの、訝しそうに眉根を寄せていた。

 理由は誰よりも知っているが、それを希介わたしの口から言うわけにもいかない。


「さあな。知りたければ本人に聞けばいい」


 そこまで言ったところで、静かに立ち上がる。己の動きを目で追いかけた六花は、窓の外に広がる景色を見て、得心したように笑った。

 先刻まで茜色だった空は桔梗色に染まり、太陽の代わりに双月が天を支配する。

 鳳希介わたしの時間が終わろうとしていた。


「もう夜か。秋は日が暮れるのが早いな」

「仕事が早く終わるから、こちらとしては助かる限りだ」

「ははっ。相変わらずだな、希介は」

「やっぱ希介さんだけ夜は仕事しなくていいの、ずるくないっすか?」

「鳳は私が継ぐ前から神代の彼ハ誰かわたれ……朝と昼を守る翼だ。夜のことは知らん」


 夜を守っていた烏丸がいなくなるが、その穴を恒常的に埋めるつもりはない。六花もそれは重々承知しているようで、困ったように笑うものの、希介わたしを引き留める様子はなかった。けれど、全てを許すわけでもないことは、焔の瞳が物語っていた。


「……小夜の捕縛も大事だが、鬼門の件もある。場合によっては約定に反する命を下すこともあるだろうが、それは理解してもらうぞ、我が片翼」

「心得ている。面倒は好まんが、騒々しいよりはいい」


 最後にそう返したところで、窓枠を跨ぎ、屋根の上に出る。妖力で編んだ服の上から翼を生やすと、そのまま墨色に染まる空へと向かって飛び立った。


 飛行能力を持つ妖は数が少なく、高い飛翔能力ともなるとさらに数が限られる。老骨どもは人の世に寄り添いすぎた弊害だと嘆くが、おかげで飛びやすい。何にも阻まれることなく空高くまで昇り、夕焼けと夜闇を含んだ雲に身を投じた。

 雨になる前の水の気でにおいを落とし、雲を帳に服を編み直していく。

 鳳凰の翼を消し、代わりに龍の力で体を浮かす。体内で龍の気が強まるのに合わせて、幼い時分に折られたために人並みより短い龍の角が隆起する。それに伴って伸び、鱗の色が反映された髪を、妖力を使って三つの束に編み込む。

 その存在がおとぎ話のたぐいになるほど淘汰された〝まざりもの〟に備わりし、特異な変化の力。二つの種族を行き来し、群れに溶け込む擬態能力。呼吸と同じく体に馴染んだそれは瞬きの間に終わり、最後に妖力で作った狐の白面をつけてから降下を始めた。


 目指すは燈京の南東。

 海の外の様式を取り入れつつも日ノ本の名残を残す乾や赤午とも、もう何十年も前から西洋にかぶれきったうしとらとも異なる、大陸の流れを汲んだ建物が並ぶ一帯。大陸から追いやられたか、あるいは大陸に嫌気がさし、この島国に流れてきた流れ者たちが集う場所。

 名を巽。小龍おれが面白いと思ったものを節操なく拾っては捨てるからか、半妖のような逸れや赤午にもいられなくなった者も集まり、この百年で随分と雑多な地区になった。


 そんな巽の中で一際豪奢な建物まで飛んでいくと、露台に一つの影が見える。降下を続け、その影の前に降り立つ。煽情的な大陸の民族衣装を着た花魄かはくの女が、目の前に降り立った己を見て、眠たげな顔を少しだけ嬉しそうに緩めた。


你回来了おかえり


 女――珊の顔を軽く一瞥してから、室内に足を運ぶ。

 すかさず、夜色の外套が差し出される。夜光一族が好んで羽織る西洋の外套に、龍の意匠が縫い付けられた上着からは、焚き染められた香が漂う。希介の好みとは異なるそれを身に纏いながら、再び珊に視線を向けた。


「何か面白いことは」

「んーん、特にないヨ。刺客も来ないし、間者もいない」

「そうか、つまらんことだ。また烏丸の私兵が来ていたら愉快だったろうに」

「小龍は面白いだろうケド、神代とか鳳とか、胃をキリキリさせそ」


 言葉は部下らしからぬものだが、今更こいつに礼節を求めたりはしない。黙って今日の報告に耳を傾ける。一日という周期など本来なら刹那のようなものだが、人間に歩調を合わせた生活をする以上、ある程度意識を割かねば支障が出る。

 面倒だが、退屈よりかはいい。


 ふと、退屈とは対極に位置する仔犬の顔がよぎった。

 茶色い毛並みをした、幼いこいぬ


「仔犬はどうしている」


 普段あの仔犬を呼び立てるのは夜が更けてからだが、今日はあれに問いただしたいことがあった。話を振れば、眠たげな顔をしていた珊は楽しそうに笑う。


「ン。ナギは今日も元気で可愛い。さっきまでお手伝いしてた。連れてくる?」


 頭は緩いが察しは決して悪くない女は、己の意図を正しく理解したのか、そう口にする。しかし己は首を横に振った。そこまで要求するために聞いたわけではない。


「犬がよそでも利口にしているか確認するのも飼い主の仕事だ」

「わざわざ見に行ってあげるんだ? お気に入りだネ」

「そういうお前こそ。普段は俺が何を飼おうとろくな関心も示さんくせに、あの仔犬には随分と懐いたものだな」

「ふふ。ナギとは「ドータン」仲間だからネ」


 そう言いながら、珊は思わせぶりに笑う。意味がよくわからん単語は、大方仔犬が吹き込んだものだろう。あれは気が高ぶると妙なことを口走ることがある。

 本当によく懐いたものだと。小さく鼻を鳴らしてから部屋を出た。


 すれ違う部下に頭を下げられながら廊下を進むこと数分。

 仔犬のにおいを辿った足は、談話室の前で止まった。

 回礼の構成員が歓談や食事を行うために設けた、扉のない大きな部屋。その中を覗き込めば、部下たちに囲まれながら楽しげに話している仔犬が目に留まった。


 側頭部に犬の耳を思わせるくせ毛がついた、茶色い毛並みのこいぬ

 容易く手折れそうな首には、小龍おれの所有物である証として龍鱗の首輪がついている。

 仔犬は、上半身は背広のようにきっちりとした仕立ての良いものでありながら、裳は短く、娼婦のように足を出すというちぐはぐな恰好をしている。己の趣向ではない。最初からああいう恰好をした犬だった。ただ、拾った時の恰好のままでいさせているのは己の意向だ。今まで飼ってきた犬や猫と趣が異なっていても、物珍しい恰好をさせていれば、なぜ手元に置いているかは勝手に納得される。色気のいの字もないような青臭いガキだ、そういう趣味でもなければトチ狂うような馬鹿も出てこないだろう。


 見るからに人懐っこい仔犬は、飼い主がやってきたのにも気づかず、周囲との話を楽しんでいるようだった。相手の話に対しては興味深そうに相槌を打ち、自分から何かを話した時は周囲を笑わせている。仔犬と同じく頭目が来たことに気づかない部下どもは、そんな仔犬を微笑ましそうに見ている。

 たったひと月ですっかりなじんだものだと。その姿を見ながら、小さく肩をすくめた。


 ――――今からひと月前。

 赤午で巡邏をしていた時、己はチンピラ崩れに絡まれている仔犬を見つけた。

 奇妙な恰好をしていたとはいえ、見知らぬ人間の娘が犯されようが売られようが知ったことではない。あの場にいたのが小龍おれだったらすぐ興味を失っていただろう。だが、脆弱な生き物をいたぶって愉悦に浸っている妖のおとこは、希介わたしの癪に障った。

 仔犬を助けてやろうと思った理由はただそれだけだ。

 しかし、その行動は思わぬ方向に転がった。


『シャオ――』


 割って入った希介わたしを見て、仔犬はあろうことか「小龍」と言いかけ、自ら口を塞いだ。

 聞えなかったふりをしたものの、その時感じた動揺は己自身にさえ計り知れない。見知らぬ人間の小娘が、一握りの者しか知らないはずの秘事を口にしかけたのだ。

 何を置いても問いたださねばならない。あらゆる理屈を飛び越えて、そう思った。


 だが、性急に連れ込んだ路地裏で仔犬は気を失った。尋問されかけたことによる恐怖からではない。己の腕に倒れこんできた仔犬の腹から聞こえた虫の音が、その気絶が空腹由来であることを如実に表していた。

 三〇〇年生きてきて、あの時ほど困惑した瞬間はない。

 同時に、自分をここまで困惑させた娘に興味が湧いた。

 秩序を好み、面倒を嫌う鳳凰のさがを飛び越えた関心だった。その日こなすべき仕事はまだあったが、それらを捨て置き、どう扱うにしても事が進めやすい小龍おれの巣へと連れ帰った。


 その判断は間違っていなかった。

 戌井凪と名乗った仔犬は、想像以上に己を楽しませ、同時に困惑させた。

 誰もが疎んじる嘘への嗅覚を、当たり前のように受け入れる姿が解せなかった。

 殺気に怯えながらも、一歩も引かず我を通した姿が気に入った。

 何のてらいもなく向けられる屈託のない好意が不可解だった。

 手元に置いておきたい。小龍おれがそんな結論に至るのはごく自然の流れだった。


 だが、今まで飼ってきた刺客いぬ間者ねこのように、寝首を掻いてくるのを期待するのも、閨での夜伽をさせることもできない。

 だからか積極的に躾をする気もなれず、夜伽の一環として部屋に呼び、元の世界とやらの話をさせるくらいしか相手をしていない。扱いは今までの犬や猫に比べれば雑なものだ。放し飼いのようなものだと思っている。「責任を持て」と、本当の犬猫を拾った時のような小言を娟に呈されたが。


 そんな仔犬は、さほど間を置かず回礼に受け入れられた。

 回礼は他組織に比べれば半妖が多く、妖の組織としては人間というものに比較的甘いのも一助ではあっただろうが、最も大きな要因は仔犬の性根だろう。

 あっけらかんとした物言いと、良くも悪くも物怖じしない人懐っこさ。目上には従順で、「ただ飯食らいは申し訳ない」と、自身にできる仕事を探す勤勉さもある。思ったことをすぐ口に出す悪癖はあるものの、仔犬の言葉は他者を嘲弄するようなものではなく、時に小気味よさを感じさせるものであった。今や群れの子供、あるいは共同の愛玩動物という立ち位置で、珊を筆頭とした部下どもに愛でられていた。


 言うことをきかないだの、周囲から冷遇されているだのといった泣き言を持ち込まれても億劫なだけなので、仔犬が周りとうまくやっている分には文句はない。つまらない厄介事はないに限る。

 だが、あれの飼い主は己だ。他に尻尾を振るのに夢中になって、いつまでも飼い主に気づかないのはいただけない。そろそろ躾てやらんとなと思いながら、談話室に足を踏み入れた。


「おい」


 声を発すれば、水を打ったように歓談が止む。

 雑談に興じていた部下どもは慌てたように背筋を正し、小龍おれに頭を下げる。


「あっ、小龍さま! おかえりなさい!」


 そんな中、仔犬だけが満面の笑みで己を出迎えた。

 不敬な態度ととれなくもない。だが、尻尾を振りながら飼い主を出迎える犬の如く、全身で懐いていることを表す姿を見るのはそう悪い気分ではない。


「仔犬」

「え?」


 そのまま呼びかければ、仔犬はなぜか何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡す。怪訝そうに首を傾げる仔犬の脇を、部下の一人が小突いた。


「いや、お前のことだって」

「……えっ、わたし!?」


 その指摘に、仔犬は本気で驚いたようだった。

 声をかけた男と己を交互に見比べた後、恐る恐る自分を指さす。それに肩をすくめた。


「呼ばれたらすぐに応えろ」

「えーっと……。もしかしたらご存じないかもしれないんですけど、わたし、小龍さまにその呼称で呼ばれたのは初めてでしてぇ……」

「ん。そうだったか?」


 心の底から首を傾げる。

 ずっと仔犬と呼んでいたつもりだったのだが、仔犬曰く、そうではないらしい。そうだったかと思った。そして、思っただけで終わった。


「それがどうした。お前は俺の犬だろう。犬と呼ばれたら自分のことだと理解しろ」

「知ってます? 顔が良ければ何でも許されるわけじゃないんですよ?」

「俺が何をしても許されるのは顔の良し悪しに関係ないだろう」

「俺様通り越して暴君! いやまあ、そんなとこも推してるんですけど……」

「……」


 感嘆と呆れが入り混じった声でそんなことを言う仔犬に、少しだけ眉をひそめる。

 仔犬の不敬な態度が己の機嫌を損ねたとでも思ったのか、周りにいる部下どもは顔を引きつらせ、あるいは血の気が引いた顔をする。中には小声で仔犬に叱責する奴もいた。無論、奴らが思うような理由ではない。最初の日のように例外はあるが、こんな人間のガキの言葉にいちいち目くじらを立てたりはしない。

 ただ、聞きたいことが増えただけだ。


「仔犬」

「はい!」


 二度目の呼びかけに、今度は即座に返事が返る。

 命令を守る姿に満足げに頷いてみせた後、部屋の出口を顎でしゃくった。


「話がある。俺の部屋に来い」


 そんな己の言葉に、仔犬はきょとんとした顔で首を傾げた。

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