第9話

「大丈夫? 席まで戻れる?」



そう聞けば、春馬の目が妖しく光った。



それから、手首に高級そうな革バンドの巻かれた手で、がっしりと二の腕を掴まれた。



その瞬間に、背筋にぞぞって悪寒が走ったのを覚えている。



「ねえ、なんで俺の名前知ってるの? ワンゲルの子?」



恐る恐る頷けば、「ふうん」って言いながら春馬は微かに笑った。



「こんなかわいい子いたんだ。全然気づかなかった」



春馬の手の力は予想以上に強くて、私は身動きが取れない。



「ねえ」



春馬の目が、また妖しい光を灯した。



「この後、一緒にどっかいかない?」



その瞬間、心臓が飛び上がるんじゃないかっていうくらいドクドク鳴った。



春馬は、飲み会の度に女の子をお持ち帰りしている。



恋愛経験の少ない私でも、今夜の春馬のターゲットに自分が選ばれてしまったことぐらい、すぐに分かった。



怖くなって思わず首を振ったら、春馬は心外そうな顔をした。



「何? 俺の誘いを断るつもり?」



何故かそのあと愉快そうに微笑んだ春馬は、冷たい目で私を凝視して、獲物に狙いを定めた蛇みたいに舌なめずりをした。



はっきりと断りたかったけど、出来なかった。



春馬王子の権力は絶体だ。



断れば、どんな制裁が待ち受けているか分からない。

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