第10話 雇用契約
「……なんでそーなる?オレは捕虜だぞ。雇用なんかしなくても、オレの処遇なんざ好きに決めればいいだろ」
混乱のまま、イレーネはそう呟いた。アンジェロは、わかってないな、という風に指を振る。
「その通りではあるんだが、君、そう簡単にいうことを聞くタイプでもないだろう?」
そういわれてしまえばどうしようもない。実際、イレーネは命がけだとしても脱走を企てる気でいたのだ。素直にうなずいておく。アンジェロは、やっぱりか、とため息をついた。
「それに、先日の戦いで命を懸けて学生をかばったところをみると、与えられた仕事には真摯に向き合うようだ。だったら、きちんと雇用さえしてしまえば、いい働きをしてくれそうだ、と判断した」
「否定はできねーけどよ、いいのか?一応オレ、敵国の国民だぞ。……ほら、そこの扉でさっきのガキがすごい顔してる」
イレーネの発言を聞きつけて、エミリオが大きな音を立てて扉を開く。ずんずんとイレーネに歩み寄ると、大きな声で捲し立てた。
「ガキじゃねーし!……って、なんでわかったんだ。アンジェロ様に手を出したら殺すっていっただろ!」
「なにもしてねーよ」
「じゃあなんで俺が聞き耳を立ててたって気づいたんだよ?能力使っただろ!」
「そりゃ、使ったけどさ……」
「ほら、使ってんじゃねーか!」
ぷんぷんと怒っている様子のエミリオから目をそらす。別に、イレーネとて悪意あったわけではない。扉の外に人の気配があったから、反射的に見てしまっただけだ。イレーネは人の気配に敏感なのだ。
「エミリオ。その辺にしておけ」
今にもイレーネにつかみかかりそうなエミリオをアンジェロが止めた。上司からの静止に、エミリオは不本意そうながら勢いをおとした。まだ不満げなエミリオをみて、アンジェロが苦笑した。
「……2つ持ちか」
「あぁ。重力操作と視野操作」
ここまでバレていては特に隠す必要もない。イレーネは隠すことなく能力を明らかにした。アンジェロは満足そうにうなずく。イレーネの戦力としての価値に自信を持ったようだ。
「ほう、視野操作か。便利だな。……ほら、エミリオ。戦力としては申し分あるまい?」
「まぁ、それは否定しませんが……。でも俺反対ですよ。絶対裏切るって」
「ひでーいわれようだな」
エミリオにはこういわれたが、実際のところイレーネが雇用主を裏切ったことはなかった。重役の護衛に着いたとき、依頼が終わるや否や敵対勢力に雇われたことはあったが、仕事は完遂していたし、裏切りには含まれないだろう。金をケチってイレーネを手放した雇用主が悪いのだ。対してアンジェロは、たとえイレーネを雇ったとしても、そんなミスは冒さないだろう。短期間話しただけのイレーネにも、この指揮官の優秀さはわかっている。
「そういうな。エミリオも私が危ない立場にいることはわかっているだろう?君はよく働いてくれるが、君の能力は戦闘向きとはいいがたい。この際『死神』を雇ってしまえば、かえって安全だ、とは思わないかい?」
「いってることは理解できます。でも……」
「では、試用期間を設けよう。その間に怪しい動きがあれば解雇、ということどうだ?エミリオ、君が監督を務めればいい」
そうアンジェロにいわれて、エミリオは複雑そうな顔そしている。イレーネを雇うことに反対だ。しかし、アンジェロの意見はそうでない。だったら、試用期間のあいだに自分が尻尾をつかめばいい。そう考えているに違いない。雇用される側なのに蚊帳の外なイレーネは、2人のやり取りを面白そうに眺めている。やがて、根負けしたように「それならいいです」とエミリオがいった。
「さて、話はまとまった。もう一度訊ねる。君、私に雇われる気はないか?」
「そうだな……。雇用条件と仕事内容次第だな」
そうはいったものの、イレーネは条件を受け入れる気満々だった。自力で祖国に帰るのは難しそうだし、何より、アンジェロやエミリオと過ごすにはなかなか刺激がありそうだ。退屈しないだろう。とはいえ、仕事内容は気になった。祖国の兵士相手でも戦うことに抵抗はないが、オスカーやルイスが巻き込まれるとなると話は別だ。一応、確認しておきたい。
「主に私の身辺警護を担ってもらう。気づいているかもしれないが、私は国の中でも重用されていてね。国内にも敵が多いんだ」
戦場最前線で戦え、とは言わないから安心してくれ、とアンジェロはいった。それなら特に問題はなさそうだ。
「条件だが、衣食住は保証しよう。給与も一般兵と同じだけ出す。ある程度の自由も認めよう」
「……めっちゃ条件いいんですけど」
交渉事はオスカーが担当していたため、詳しい雇用条件などは知らないが、オスカーの発言からろくな条件を出されたためしがないことはイレーネも把握している。1捕虜に対して出す条件としては破格の部類になるだろう。アンジェロはやっぱり面白い人物らしい。
「オレはそれでいーけど、もっと買いたたかなくていいのか?祖国にいた時はもっとひでー条件出されたぞ?」
「なにを言っている?優秀な人材に見合った報酬を与えるのはあたりまえだろう」
何が問題かわからない、という風に不思議そうな顔をしているアンジェロをみて、イレーネはアンジェロに敵の多い理由が分かったきがした。きっと彼は、汚いことに手を染めたことがないのだろう。それは美徳ではあるが、政敵からはさぞ目障りに違いない。イレーネは愉快そうに笑った。
「わかった。だったらいい。雇われてやるよ。よろしくな、指揮官様」
「……私のはアンジェロという。敬称はつけなくていい。君の性格じゃ無理だろう。……こちらこそ、よろしく頼むよ。『死神』」
「オレはイレーネってんだ。名前で呼んでくれ」
アンジェロとイレーネは笑顔で握手を交わす。その様子をエミリオが面白くなさそうにみていた。
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