第36話

中空を見つめ立ち尽くしていた朝日は、そういえば、と足もとを見下ろした。



猫の姿が、どこにも見当たらない。



三ヶ月ほど前から朝日にまとわりつくようになった、平安時代の男性貴族のような恰好をしたふくよかな猫だ。



その猫も“そういうもの”であることに、朝日は懐かれてすぐに気づいた。



だがいつも幸せそうに朝日の足もとで眠っている姿や、のそのそと朝日の背後からついてくる姿がかわいらしくて、いつからか朝日はその猫に愛着を持つようになっていた。



一体、いつからいないのだろう。



そういえば和哉と話し込んでいる間、一度も猫の姿を確認していなかった。



松の古木の精霊のように、やはりあの猫も朝日の前からいなくなってしまったのだろうか。



朝日がしんみりとしていると。



「ニャー」



のっそりと、例の猫が姿を現した。



艶やかな青色の着物は、いつ見ても太った猫が着るには不格好で滑稽だ。



「いた……」



ほっとした朝日が、自転車を押しながら猫に近づこうとした時のことだった。



猫の背後から、「朝日くん」と囁くような女の声が聴こえた。



そこにいたのは、セーラー服姿の川岸綾香だった。

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