第34話

朝日がまだ9歳だった、京都に引っ越して間もなくの頃。



馴染みのない土地や聞き慣れない方言、様々なものが朝日を追い詰めていた。



もともと、内気な性格だった。



かつて、色白で痩せているから女みたいだと、同級生にからかわれたのがトラウマになったのだと思う。



だが、それだけではなかった。



物心ついた頃から、朝日には時々奇妙なものが見えた。



それは人の姿をしていたり、そこにあるはずのない手形だったりした。



学校の廊下の隅っこ、病院のトイレ、駅のホームの陰。それはどれも、決まって朝日以外の人間には見えないのだった。



誰にも言えなかった。



秘密を抱え込んだ朝日は、一人でいることが多かった。



新しいクラスメイトは、暗い朝日と積極的に関わろうとはしなかった。




赤い着物に黄色の帯を締めたおかっぱ頭のその女の子を一目見るなり、朝日はその女の子が“そういうもの”であることに気づいた。



時代錯誤な装いをしていたし、醸し出されるオーラも、朝日のいる世界とは調和していなかった。



だがその女の子は、朝日を見るなりにこにこと近づいて来た。



「こんにちは」



“そういうもの”に話し掛けられたのは初めてのことで、朝日は戸惑った。



“そういうもの”は大体がじっと朝日を見ているだけで、普通こんな風に話し掛けたりはしてこない。



だがその女の子はちゃんと表情もあって、人間の子供と差違がないように思えた。



「……こんにちは。君は誰?」



「前に、この辺りにずっと住んでたの。今は移動して八大神社の中にいるけど、こうやってたまに後輩の様子を見に来てるのよ」



そう言って彼女は幼い顔に精一杯の先輩面を浮かべて、現役の四代目一乗寺下り松を見上げた。



女の子は、初代一乗寺下り松の精霊だった。



何百年も生きた木は精霊になるのだと、得意げに言っていた。



紅い唇が印象的な、目鼻立ちのはっきりとしたかわいらしい女の子だった。



年は、同じくらいに見えた。



「ねえ、本物の宮本武蔵を見たことがある? かっこよかった?」



「ええ、あるわ。目ばっかりがぎらぎらとした、獣みたいな人だった。細い剣を二本振りかざして、あっという間に敵を倒しちゃうの。かっこいいというより、怖かったわ」



「へえ~」

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