第31話

穂香は、朝日くんと会話をした時のことを思い出していた。



――『見えてるうちに、かわいがっておこうと思って』



ずんぐりむっくりのうた猫を愛しそうに撫でながら、朝日くんはそう言っていた。



朝日くんが口にした“見えてるうちに”という言葉に、穂香は引っ掛かりを覚えていた。



まるで、うた猫がいつか見えなくなることを分かっているような口ぶりだったからだ。以前にも、そういう経験があるような。



穂香は考える。




だとするとそれは、この一乗寺下り松の精霊のことなんじゃないだろうか?



子供の頃から仲良く触れ合っていた一乗寺下り松の精霊が、ある日突然見えなくなってしまった。



それゆえに、朝日くんが塞ぎ込んでいたのだとしたら――。




穂香は、目の前にある松の古木をじっと見つめた。



――朝日くんが待っていたのは、和哉くんではなくて、初代一乗寺下り松の聖霊なのではないだろうか?




隣にいる、昂季を見上げた。



今すぐに、この仮説を昂季に話して聞かせたかった。だが女子高生がいる手前、口にするわけにはいかない。




昂季は、朝日くんと和哉くんが再会したことを女子高生に伝えている最中だった。



「え、ほんまですか? よかったぁ」



女子高生は、まるで自分のことのように喜んでいる。



「朝日くん、喜んでました?」



「はい。楽しそうにしてましたよ」



「ほんまに、嬉しいわ……」



女子高生の目もとには、涙すら浮かんでいた。



「彼のこと、すごく大切にされてはるんですね」



しみじみと昂季が言えば、女子高生は面喰ったように「え?」と声を上げる。



「ごめんなさい。なんか、恥ずかしいです……。でも、中学の時くらいからずっと彼のことを見てたから、他人事には思えなくて……」



「中学の時から……」



少女の言葉を反芻するように、穂香は呟いた。

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